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“Bang Rajan”

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"Bang Rajan" (2000) Tanit Jitnukul

 タイの史劇映画です。
 興味を持ったきっかけは、何かで目にしたスチル写真が、えらく気に入りまして。口ヒゲ&強面で上半身裸のマッチョたちが、ずらりと並んでこっちを睨み付けている白黒写真で、えらくカッコよくってねぇ(笑)。で、調べてみたら「タイ映画の歴代観客動員数の記録を塗り替えた!」とか「オリバー・ストーンが惚れ込んで配給権を獲得!」みたいな、にぎにぎしい惹句が出てきたもんだから、えいやと思い切ってアメリカ盤DVDを購入してみました。

 タイの史劇映画というと、私は日本盤が出ているもので、『ラスト・ウォリアー』ってのと『セマ・ザ・ウォリアー』ってのを見ています。
 クレジットでは『ラスト…』の監督はタニット・チッタヌクン、『セマ…』の監督はサニット・ジトヌクル、となっている。ところが、今回IMDBで調べて見たら、これ、どっちも同じ人で、この"Bang Rajan"の監督の Tanit Jitnukul なんですね。表記の揺れってのは難しい問題だけど、多少強引でもいいから統一してくれないと、余計な混乱を招きますなぁ。

 で、正直なところ『ラスト…』は、ちょっとウムムな出来でした(笑)。歴史モノかと思っていたら途中から伝奇モノになって、まあそれはそれで構わないんですが、主人公があまりにもトンデモナイ男でして(笑)。まったく、自分を慕う娘を抱いて、妊娠すると腹を裂いて胎児を取り出し、それをミイラにして式神にする……なんて男の、いったいどこに感情移入せいっちゅーんじゃ(笑)。そんなこんなで、先の予測のつかない展開と、行動原理が理解できないキャラクターたちに振り回されて、半ばボーゼンと見ていると「え〜っ、ここで終わりかよ〜っ!」ってな驚愕のエンディングという、かな〜りスットコドッコイな映画(笑)。ま、そのぶんヘンな面白さはあるんで、キワモノ好きの方だったら一見をオススメしますが(笑)。
 それに比べると、『セマ…』の方はだいぶマトモで、農民が兵士になって、紆余曲折がありながらも頭角を現していく様子と、お偉いさんの娘との身分違いの恋とか、恋敵との確執なんかを絡めた、それほどビックリもしない内容。ただ、キャラクターの内面描写がイマイチだったり、エピソードのつなぎがぎこちなかったり、その時代のタイの人々の価値観に馴染めなかったりとかあって、もうひとつモノガタリには乗り切れない。 
 で、この"Bang Raljan"、DVDが届いてから同じ監督だと気付いて、「うわ、失敗した!」とか思ったんですが、ところがどっこい、いざ見てみると、『ラスト…』や『セマ…』とは桁違いに出来が良かった!

 物語の舞台は、18世紀中頃、ビルマ(現ミャンマー)の侵攻に押されている、シャム(現タイ)のアユタヤ王朝末期で、国境近くの村々は、ビルマ軍による掠奪や虐殺の憂き目に晒されている。
 それでも何とか生き延びた村人たちは、タイトルにもなっているバング・ラジャンという村に集結する。村人たちは、王都アユタヤに使者を送って、ビルマ軍に対抗する大砲をくれと頼むが、その願いは聞き入れられない。
 敵の猛攻に晒されながらも、母国からは見捨てられた村人たちは、バング・ラジャンの砦に立て籠もり、自分たちの手でゼロから大砲を鋳造し、数でも力でも圧倒的に勝るビルマ軍に、絶望的な戦いを挑む……ってな具合で、コレ系が好きな人だったら、この筋立てだけで、もうグッとくるのでは。

 映画の構成は、ビルマ軍との戦いという見せ場を作りながら、その合間合間に村人たちの日常の描写を挟み、登場人物のキャラクターを立てていき、枝葉を入れたり寄り道することもなく、クライマックスの大戦闘シーンに繋いでいく。
 基本的には群像劇で、戦いで負傷した村の長、その後を継がせるべく新たに迎え入れた戦士、妻思いの弓の名手と夫に気遣う妻、ちょっと三の線の若造と村娘の恋模様、いつも酔っぱらっているが腕は立つ過去に謎のある戦斧の使い手、村人たちの精神的な中核となっている僧侶……といった多彩なキャラクターが、それぞれ日常的なちょっとしたエピソードを得て、生き生きと動く。神話的な英雄や伝説的な勇者を出すわけではなく、あくまでも、農村の村人たちが生きるために力の限り戦うという軸は外さない。
 戦闘シーンの迫力はかなりのもので、モブやセットのスケール感や戦いの臨場感も充分。流血描写も容赦なしで、切ったり刺されたりの描写はかなり「痛い」し、突く刺すだけでなく「寄ってたかって殴り殺す」なんてシーンなんかは、見ていて「ひぃ〜、この殺され方だけはイヤ〜ッ!」って感じ。虐殺された村人たちの死体の山の描写なんかも、けっこう生々しくてショッキング。
 とはいえ、それらの描写は決してスプラッター趣味や露悪趣味には走らず、リアリズムの重さという範疇にきちんと収まっている。これは、リドリー・スコットの『グラディエーター』などと同様の、おそらくはプライベート・ライアン・シンドロームとでも言うべき現象の一環なんでしょうが、オリバー・ストーンが惚れ込んだというのも納得で、彼の『アレキサンダー』の戦闘描写は、けっこうこの"Bang Rajan"に影響されているような気も。
 そんなこんなで、キャラクターのドラマのような「静」の部分と、アクションやスペクタクルといった「動」の部分のバランスは極めて良く、しかもモノガタリ全体は、娯楽映画的なツボをしっかりと押さえて過不足のない堂々たる筋運び。ただ、仏教的な死生観が濃厚なので、そこを把握しておかないと、ちょっとモヤモヤが残る可能性はあり。
 あと、情緒面の描写が過剰に過ぎるきらいはあって、おかげでせっかくの感動シーンも、心が揺さぶられる前に鼻白んでしまう感がなきにしもあらずではあります。でもまあそれは、くさいと感じてしまった自分の心が汚れていると思うか、民族性の違いだと思って、ガマンしましょう(笑)。
 また、ちょっと全体的に色調補正がキツ過ぎて、シャドウ部がベッタリ潰れてしまっていたり、色カブリを起こして黒が黒じゃなくなっていたりするのは気になりました。監督やカメラの意図と言えばそれまでなんですが、これが気にならないのは、正直いささか無神経な気はします。

 俳優さんたちは、まあとにかく皆さんカッコいいわ(笑)。
 徹頭徹尾腰布一丁の半裸で、ヒゲや刺青もあって、しかもマッチョ揃いとくれば、もう私のツボは押されまくりではあるんですが(特にメインの二人は、もう惚れ惚れ)、それを抜きにしても、皆さん精悍で、実にいい目をしている。強さも弱さもあるキャラクター描写とか、それを堂々と演じている俳優の佇まいとか、戦いの際の剣さばきのケレン味とか、男のカッコ良さは存分に堪能できます。
 まあ良かったら、Bang RajanでGoogleのイメージ検索でもしてみてください。このBlogにアップしたアメリカ盤DVDのジャケ写は、正直あんまり良くないんで。他のスチルを見れば、私がカッコいいカッコいいと連呼しているわけが、もう一目瞭然でしょうから(笑)。
 野郎どもの濃いキャラに押されて影が薄くなりがちではありますが、女優さんたち(目立つのは二人だけだけど)も佳良です。

 というわけで、これが未公開でビデオスルーですらないってのは、何とも惜しい気がします。『ラスト…』と『セマ…』が出ていて、この"Bang Rajan"が出ていないってのは、監督さんにとっても気の毒だと思うんで。
 ただ、この三本では"Bang Rajan"が一番古いってのは、監督の作家性としては、ちょいと問題アリって気もしますけど(笑)。
 米盤DVDはリージョン1、収録はスクィーズ。音声はタイ語で英語字幕付き(字幕のON/OFFはできず出っぱなし)。映像特典等は何もなし。
 ストーリーがシンプルで真っ直ぐなせいもあり、内容把握の難易度も低めなので、よろしかったらぜひご覧あれ。オススメです。

 最後に残酷ネタ。
 え〜、惨殺されるマッチョを見るのが好き、とゆー私の魂の同志諸君。見どころタップリですぞ、この映画(笑)。

“Bang Rajan” DVD (amazon.com)

 YouTubeに米国版予告編があったので、貼っ付けておきます。

ラスト・ウォリアー [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2005-06-03
セマ・ザ・ウォリアー [DVD] セマ・ザ・ウォリアー [DVD]
価格:¥ 5,040(税込)
発売日:2006-03-03

『ヘラクレス/ヘラクレスの逆襲』オリジナル・サウンドトラック

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“Le Fatiche di Ercole / Ercole e la Reggina di Lidia (O.S.T.)” by Enzo Masetti
 マカロニ・ウェスタンやジャーロ映画のサントラ復刻でお馴染みのDigitmoviesから、スティーヴ・リーヴスの『ヘラクレス/ヘラクレスの逆襲』のサントラが、二枚組CDで発売。いや〜、まさかまさかの復刻なので、実に嬉しい。
 音楽はエンツォ・マゼッティ。この二本以外は良く知らない人なので、ちょっと調べてみたところ、イタリア映画音楽の先駆者として尊敬されている人物、とのことで、何と生年は1893年、19世紀生まれの方でした。『ヘラクレスの逆襲』が最後の仕事で、2年後の1961年には既に亡くなっている。う〜ん、これだけキャリアの古い方だと、馴染みがなくても当たり前かも。
『ヘラクレス』も『ヘラクレスの逆襲』も、スペクタクル映画とはいえ、ハリウッド製の本格史劇とは異なり、どこか軽い楽しさや陽性な明るさがあるのが魅力的な作品ですが(キリスト教絡みではないので、辛気くささや説教くささも皆無だしね)、劇判の方も同様で、重厚さや大仰さよりは、親しみやすいポップな楽しさや、ロマンティックさが印象に残ります。
 特にロマンティックさの方は、流麗なストリングスや美しいコーラスの効果も相まって、ラウンジ系のムード・ミュージックにも似た、実にデリシャス・ゴージャスな味わい。中でも二作通じての「愛のテーマ」とでも言えそうな”Con te per l’eternita”(というタイトルだと、今回初めて知りました)は、なかなかの名曲。
 CDの作りは、復刻盤として丁寧に作られています。
 オーケストラ・スコアが収録されたオリジナル・マスターを基に、映画の時系列に併せて再構成されたものらしく、モノラルながら音質的には問題なし。もちろん過去には未発表だった音源も多々あり、珍しいところでは、ミックス違いやデモ音源なども、ボーナス・トラックとして収録。
 一つ残念だったのは、『逆襲』のイオレの歌(演じていたのはシルヴァ・コシナですが、歌は吹き替えで、実際に歌っているのはのMarisa Del Frateという人だそうな)が、権利の関係か収録されていなかったこと。ライナーを読むと、過去にこの二作のサントラ盤は、ナレーションやダイアローグ付きのバージョンとか、Marisa Del Frateの歌が収録されたバージョンが、アナログで出ていたらしいので、どうせならそれも併せて復刻できていれば、もうパーフェクトだったんですけどね。
 あ、でも『ヘラクレス』のアルゴ船の乗組員たちが歌う船乗りの歌が、ちゃんと入ってたのは嬉しかったなぁ。この歌、映画で見るとちょっと唐突でビックリしちゃうんですけど、個人的にはけっこう好きなもので(笑)。
 音以外のジャケット等に関しては、パッケージ自体は何の変哲もない二枚組用のジュエルケースですが、12ページあるブックレットは、なかなか佳良。
 もちろんサイズはCDサイズと小さいんですが、両映画の各国版ポスターやロビーカードの画像が、フルカラーで掲載されています。CDの盤面も、これらの図柄を使ったピクチャー・ディスク仕様で、なかなか美しい。
 白黒のスチル写真も何点か掲載されており、プロモーション用のスチルもあるんですが、多くは舞台裏の楽屋写真なのが、何だか楽しくてヨロシイ。ヘラクレスの扮装のまま、カチンコ持ってふざけているリーヴスとか、撮影担当だったマリオ・バーヴァと談笑しているリーヴスとか、スクリーン上の凛々しさとは異なるくだけた笑顔が実にカワイイ。無防備に大股開きで椅子に座ってるもんだから、パンチラどころかパンモロだし(笑)。
 さて、気になるのがこのCD、”The Italian Peplum Original Soundtracks Anthology Vol.1″ と銘打たれているんですな。で、この「イタリア製ピラピラ映画」って、おそらくはソード&サンダルと同義だと思うんで、するってーと、今後の発売も楽しみに。
 何が出るのかな〜、ワクワク(笑)。
『ヘラクレス』『ヘラクレスの逆襲』サントラCD輸入盤(amazon.co.jp)

『オーメン』

『オーメン』(2006)ジョン・ムーア
“The Omen” (2006) John Moore
 ビックリしました。
 このリメイク、かなりオリジナルに忠実だと聞いていけど、実際に見たら、確かにある意味でオリジナルと「同じ」で、しかもそれが「無意味に同じ」だったから(笑)。
 同じだと言った舌の根も乾かぬうちから、こう言うのもなんですが、実はモノガタリとしての根本的な構造は、オリジナルとは大きく変わっています。
 オリジナルのモノガタリは、最初は小さな「個」のドラマとして始まり、それがやがて「世界」という大きなスケールへと拡がっていく。しかし今回のリメイクは、天体観測からバチカン(……だよね、きっと)の会議という、モノガタリの導入部分から、これが「世界」のドラマであることを示す。ここで説明される現実の事件との結びつきは、いささか強引である感はありましたが、それでも最初から巨大なスケールを提示することで、ある種のワクワク感は感じさせてくれ、これはこれで新機軸としては悪くない。
 ところが、この後がいけなかった。
 多少の現代風のアレンジがあったり、多少のオリジナルではなかった要素が加わってはいるものの、基本的なエピソードは、ほとんどオリジナルのまんま。
 で、これが解せない。
 大使や夫人の苦悩や神父や乳母の怪しさなど、オリジナルで連ねられたエピソードの目的は、全て「信じていた(信じたいと思っている)幸せな(それも人並み以上に幸せなはずの)日常」が崩れていくという効果につながっていた。ところが今回は、初めからアンチ・キリストの出現に触れている以上、もうオリジナルの作劇上でのキモであった、「不穏だけど、考えようによってはどうとでもとれる気配」が次第に積み重なり膨れあがっていくサスペンスや、それに伴う「ひょっとして……いや、まさか……でも……」という人間的な煩悶、つまり、日常が次第に非日常へとスライドしていくサスペンスは、既に無効化している。だって観客には既に、主人公の知り得ないこと、つまり、よりモノガタリの外側からの視点による情報を、事前に提示されているんだから。
 にも関わらず、意義や効果が実質的に喪われているエピソードが、ただただ形骸的に同じようになぞられていく。こんな行為に、いったいどれほどの意味があるというのだ?
 更に言えば、下手にオリジナル通りであるだけに、つけ加わったアレンジの陳腐さや工夫の乏しさも、余計に目に付く。
 例えば、串刺しシーンにトッピングされたアレ。派手派手しい要素をプラスしたかったのかも知れないけれど、アレの位置からしてすごい強引。首切りシーンにしても、今回の首切りに使われるアレは、いかにも首を切るために考えた風の無理矢理感がイッパイ。こんな強引なことをするんだったら、別に「串刺し」や「首切り」にこだわらず、別の殺し方を見せてくれた方がずっと良いし、「串刺し」や「首切り」を四谷怪談の戸板返しみたいな定番として捉えたのなら、もっと「俺ならこう見せる!」という心意気が欲しい。
 新聞記事がインターネットの画像になっていたり、銀塩写真にデジタル画像が加わったり、三輪車がキックボードになっていたりといった「今風の」変更に関しても、正直「……だから?」って感じ。単にメディアやツールが現代風に置き換わっているだけで、置き換わったことによって生まれる効果が何もなく、逆にオリジナルの持っていた効果すらも喪われている部分も。だったら、無理に置き換えなくてもいいじゃん。
 そんなこんなで、全てがひたすら中途半端。アイデアを練るという工夫が、およそ感じられず、オリジナルをなぞることも、新たな解釈を加えることも、どちらもできていない。個々の演出が酷いとかいうわけでは決してないのだが、根本的にドラマに対する考え方が雑すぎる。
 オリジナルを未見であれば、そこそこ楽しめそうだとは思うけど、でもここまでオリジナリティやクリエイティビティやパッションとは程遠い作品は、やっぱり褒める気にはなれない。商品としてはそれなりに楽しめるにせよ、作品としては、作り手の志が低いにも程があるって感じでした。

『ポセイドン』

『ポセイドン』(2006)ウォルフガング・ペーターゼン
“Poseidon” (2006) Wolfgang Petersen
 パニック映画大好きの相棒と一緒に鑑賞。
 まず、導入。カメラが海中から浮上して、ポセイドン号の船体をグルグルと舐めるように撮る。全体を捕らえたロングからワンショットで人物のアップに寄ったり、いかにも昨今のCGIを駆使した絵作りらしいアクロバティックな動きなのだが、映画の導入としてのケレン味はタップリ、クラウス・バデルトの勇壮なスコアもあって気分を盛り上げてくれます。
 引き続き本編に入り、それぞれのキャラクターの紹介は、必要最小限にして手堅くコンパクト。そして、そのキャラクターたちが集合し、新年のカウントダウン・パーティーのシーンになるんですが、このカウントダウンのシーンが、しっかりゴージャスかつロマンチックに見せてくれて、かな〜り良い。『ナルニア』のときにも書いたけど、こーゆー「スペクタクル」を見せてくれる映画って、意外と稀少だからねぇ。『トロイ』に引き続き、ペーターゼン監督に拍手!
 で、そこに大惨事が唐突に襲いかかるんですが、その「華麗な幸福感に満ちたパーティー」と「いきなり襲いかかる大惨事」の、コントラストの見事さといったら! ここはマジで感心!
 これ、この「唐突さ」が重要なんですな。普通は、アクシデントの到来までを、別視点での前振りを入れて、サスペンス的に盛り上げるのが常套手段。ところがこの映画は、ホント前振りらしい前振りもなく、唐突に「それ」が訪れる。その作劇法的な「外し」が、いかにも予期せぬ事故に巻き込まれ、平穏な楽しい日常が突如断ち切られてしまうという、現実的なブッツリ感を醸し出してくれて、実に素晴らしい。もう、拍手喝采もの。
 ……という感じで、タイトルからここまでは、百点満点をあげたい出来映え。
 話が本筋に入ってからは、アクシデントのつるべ打ちに。
 とはいっても、垂れ流しではなく緩急はあるし、迫力も緊迫感もあるし、エピソードの組み方も上手くて、見ていて鼻白むこともない。一緒に見に行った相棒は大喜び、私自身の印象も、満腹感はありつつ、でも胸焼け一歩手前で堅実に押さえている感じで、ここ数年来のパニックもの映画の中ではベストかな。
 で、パニック映画では、アクシデントやアクションといった様子と共に、「危機的状況の中で、いかに人として生きるか」というドラマが描かれるのが常で、オリジナルの『ポセイドン・アドベンチャー』の最大の魅力的はそこいらへんにありましたが、今回は「いかに生きるか」じゃなくて「いかに生き延びるか」で精一杯、「人としてのありかた」を問うている暇はない、といった風情。ロマンとしてのドラマが介在する余地は、ほとんどないといった感じ。
 ただ、かといって同じ監督の『Uボート』みたいな重さや圧迫感があるわけでもなく、ドライに突き放した視点で徹底するというわけでもなく、あちこちでいかにも娯楽大作的なクリシェや、ウェットな視点も混じります。本来であれば、そういった軸のブレはあまり好意的には見られないのですが、この場合のブレは、娯楽映画として成立させるためのバランスを手探りしているようにも見え(そういや『トロイ』も、そんな感じがあったなぁ)、そうなると作家の端くれとしては、その板挟みをいかに捌ききるかという点に興味を惹かれます。
 中でも印象深かったのが、子供の救出劇。他のシーンでは、いかにしてその危機を脱出するかというのが、ちゃんと描かれて説明されているのに、このシーンでは、どうあっても助かりそうにない状況から、どうやって助けることができたという説明が一切ない。それが何だか、監督の「ここは嘘なんだよ、ホントはこの子供は死んじゃうんだよ」という意思表示に見えてくるのが面白い。
 とはいえキャラクター全般は、捌き方は上手いものの、立て方が少々物足りない感もあるので、そこんとこはもうちょっとプラスアルファが欲しかった。特にメインの二人、ジョシュ・ルーカスとカート・ラッセルが弱い。
 ヒロイズム等を避けて普通の人っぽくしたかったのなら、だったら元ニューヨーク(……だったっけ?)市長なんて設定じゃなくてもいいような。往年のオール・キャストもののような華やかさは必要ないにしても、もうちょっと何らかの魅力は出して欲しいなぁ。
 サブキャラの、エミー・ロッサムとマイク・ヴォーゲルのカップルは、それぞれ最近『オペラ座の怪人』『テキサス・チェーンソー』で、いい感じと思っていたので、個人的にはお得気分。
 映画のアタマでは、「小綺麗で無精ヒゲもないマイク・ヴォーゲルは、全く魅力ナシ!」なんて思ったんですが、中盤以降はだんだん薄汚れていってイイ感じに(笑)。でも、水難事故だし上半身くらいは脱ぐかと期待してたんだけど、残念ながら濡れTどまりだった。
 あと、個人的に一番嬉しかったのは、リチャード・ドレイファス!
 だいぶオジイチャンになりましたが、しっかりステキなオジイチャンになってたし、とにかく我がハイティーン時代のアイドル、愛しのリチャード『グッバイ・ガール』ドレイファス様がゲイ役(!)ってだけで、個人的には映画自体がプラス10点くらいアップ。しかもこの役、モノガタリ的には別にゲイである必要も何もない。ゲイだということで特別に役割を背負うこともなく、フツーにゲイなだけ。
 悩めるハムレットでもなく、サイコなシリアル・キラーでもなく、モノガタリにとって都合の良いキューピッドや潤滑油でもない、こーゆー「ただゲイなだけ」のキャラクターを映画で見ると、何だかホッとします。扱いがニュートラルですごく感じがいい。脱出行で、若い男の子に「ハンサム君」とか呼びかけるあたりは、小ネタとしてゲイ的にはお楽しみどころかな。まあ、その後すぐにドツボなんだけど。
 そうそう、このドレイファス演じるゲイのオジイチャン、左耳にダイヤか何かのピアスしているんですが、「片耳ピアス=ゲイ」という「記号」を見たり読んだりするのは、もう20年振りくらいなんで、何だか懐かしかったなぁ。でも、あたしゃてっきり、これは都市伝説の類かと思ってた。
 で、このドレイファス翁が一番キャラが立ってたように感じられた……ってのは、単に私がゲイだから?
 というわけで、「導入の素晴らしさ」+「見せ物的な見応え」+「ゲイ役のリチャード・ドレイファス」ってだけで、もう個人的には充分以上に満足しました。
 軸のブレに関しても、根っこのところで「現実問題として生き延びるには、とにかく希望を捨てず、ひたすら頑張るしかないんだ」という芯は一本通っていたように思えるし、同ネタで別のものを作るという点では、リメイクものとしても興味深い仕上がりでした。

『ロッテ・ライニガー作品集 DVDコレクション』

ロッテ・ライニガー作品集 DVDコレクション【3枚組】 ロッテ・ライニガー作品集 DVDコレクション

 前にここで書いた、発売を知って狂喜乱舞した『ロッテ・ライニガー作品集 DVDコレクション』、到着しました。書籍のような美麗な外箱に入った三枚組で、全部で約490分という満足のボリューム。
 一枚目が問答無用の傑作長編『アクメッド王子の冒険』+ドキュメンタリー『アート・オブ・ロッテ・ライニガー』、二枚目が「世界のお伽話集」でグリムやペローの童話を基にした短編、三枚目が「歌劇とその他の作品集」で『カルメン』『パパゲーノ』『ベツレヘムの星』などの短編という構成になっています。
 ロッテ・ライニガーは、1920年代から50年代にかけて活躍した、影絵によるアニメーション作家。
 アラビアン・ナイトを基調にした『アクメッド王子の冒険』はその代表作で、ディズニーの『白雪姫』に先んじること11年、1926年に制作された世界初の長編アニメーション。今回発売されたものは、1999年に映像修復がなされ、2004年にオリジナル・スコアに基づく音楽が再録音された「完全修復サウンド版」。
 これはもう、何度見てもホント素晴らしい。
 光の中に浮かび上がる黒く繊細なシルエットが描き出す、夢幻の影絵劇。サイレントなのでダイアローグはなく、影絵なので顔の表情もない。色も染色されたモノクロ・フィルムなので、ワン・シーンにキーカラーが一色存在するのみ。
 にも関わらず。レースのように細やかに切り抜かれた美しいシルエットたちが、身振り手振りのパントマイムで演じる芝居の、驚くべき感情表現の豊かさ。フィルムの湛える詩情、夢の恋物語のロマンティックさ、そして仄かに香るエロティシズムは、まさに魔術的。フィルムと同期した音楽も、その魔術の顕現に更に一役買っています。世界初の長編アニメーションとはその誕生の時から、かくもアーティスティックだったのだ。
 単品販売もされているし、近所のTSUTAYAにでもレンタルの棚に並べられていたので、まあとにかく騙されたと思って一度ご覧あれ。
 短編の方は、まだあちこちつまみ見した程度なんですが、シルエットの描き出す美しさは『アクメッド王子』と変わらず。『カルメン』におけるキャラクターのダイナミズムや、『ガラテア』のユーモアとエロティシズムなどにも感心。カラー作品『ベツレヘムの星』も、黒いシルエットの背景を彩る色とりどりの光が、これまた幼い頃に親しんだセルロイドや万華鏡のようで魅せられます。
 特に、影絵ならではのエロティシズムの表現には、興味を惹かれました。『アクメッド王子』の羽衣を奪われたパリバヌー姫や、『ガラテア』の命を吹き込まれた石像など、「ジャングルや街を徘徊する全裸の女性を、男が追いかけ回す」というシーンがあるんですが、これなんかはまさに影絵アニメーションならではの表現ですね。「隠す」必要がないから伸びやかで放埒で陽性で、しかし全てが「隠されている」から秘密めいた翳りのある香りも漂う。実に美しいです。
 もう一つ『ガラテア』で、白い大理石像が「真っ黒になって」命を得て動き始めるシーンに、影絵アニメーションならではのロジックの逆転が感じられて面白かった。というのも、キャラクターの色が「暗くなる」のは、普通は「死の暗示」に繋がる表現ですから。それが、影絵の世界では逆になるというのが、当たり前っちゃあ当たり前なんですが、ちょいと新鮮な驚きでした。立体的な明暗や、目鼻や模様と言った表面のディテールのあるものが「動かない=死」であり、全てが塗りつぶされた黒いシルエットが「動く=生命」という世界は、それだけでも何だか魔術的な気がします。
 一方、トーキーになってから入ってくるナレーションや台詞は、正直なところ邪魔に感じられてしまった。そんなものを入れなくても、物言わぬシルエットの動きだけで、表現としてはもう必要充分に為され得ているという気持が、私の中にあるからでしょう。だから、ナレーションなどの「説明」が、蛇足に感じられてしまう。ただ、そういった意識もあってか、例えば『シンデレラ(1954年版)』では、セリフを喋るのは意地悪な姉たちだけで、メインのシンデレラと王子様は一言も喋らなかったりするのが面白い(笑)。
 余談ですが、この『アクメッド王子』だけではなく、米KINOからDVDが出ているフリッツ・ラングの『メトロポリス』や『ニーベルンゲン』など、オリジナルのスコアが復元されたサイレント・フィルムを幾つか見る機会がありましたが、やはりオリジナル音楽付きは良いですね。一般的なサイレント映画のソフトでありがちな、いかにもありものをテキトーに引っ張ってきました的な、気のないBGM付きで見るのとは月とスッポンです。
 そうそう、サイレント映画と言えば、紀伊國屋書店さんが「クリティカル・エディション」と銘打った高クォリティのDVDを、しかもムルナウの『サンライズ』、ドライヤーの『裁かるゝジャンヌ』、パプストの『パンドラの箱』など、垂涎のラインナップで出していまして、毎回購入しては大満足し、引き続き次を楽しみにしているんですが、今度は7月に、何とベンヤミン・クリステンセンの『魔女 (Hexan)』が出るっていうじゃありませんか!
 ひゃっほ〜い! もう、夢じゃなかろかと、またもや狂喜乱舞しています(笑)。

『ヘラクレス(ワイド版)』+ “Mole Men Against the Son of Hercules”

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 前にドイツ盤フランス盤を紹介した、スティーヴ・リーヴスの『ヘラクレス』ですが、ワイドスクリーン・エディションのアメリカ盤DVDが出たのでご紹介。因みに、アメリカ盤DVDは既に何種類か発売されていますが、いずれもテレビサイズのトリミング版で、ワイド版はおそらくこれが初めて。あ、VHSならワイド版も出ていましたけどね。

 で、気になる品質ですが、おおむねオッケーでした。とりあえずは、キャプチャ画像をご覧あれ。
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 経年劣化による色の変化はあるものの、発色は自然だし、質感などのディテールの再現性もかなり良いのがお判りになるかと。ご覧の通り画面サイズはシネスコで、スクィーズ収録。
 画質は、暗部に若干の潰れがあり、エンコード品質のせいか全体的にちょっと粒状感があるのと、少しボケもあって、フランス盤よりは劣る感はあるものの、それでも色は良く残っています。少なくとも、これまで出ていたテレビサイズのアメリカ盤とは、比べものにならないくらい画質は向上しています。前述の粒状感やボケも、さほど大きくないモニターならまず気にならないであろう程度。
 音声は、割れや歪みがちょっと気になりますし、全体に低いノイズがのっていて、これはフランス盤はもとより、ドイツ盤と比べても落ちるかも。ただ、鑑賞の邪魔になるほどでもないので、まあ許容範囲内といったところでしょうか。でも、米amazonのカスタマー・レビューを見ると、「吹き替えのバージョンがイマイチ」なんつー、マニアックなご意見もあり(笑)。
 尺はフランス盤とほぼ同じ97分。タイトルバックもフランス盤やドイツ盤同様の、赤地に黒の飾り罫に白抜き文字のパターンで、これまでのアメリカ盤のハンナ・バーベラ風(笑)じゃありません。
 リージョン・コードもフリーなので、PALには手を出すつもりがない方であれば、最初の一枚としてオススメです。もちろん、既にテレビサイズ版DVDをお持ちの方も、買い換えの価値は充分アリだと思いますよ。
 日本で売られているPDのDVDの中には、もっと酷い画質のものも幾らでもあるから、どっかの会社がこのマスターを買って、日本語字幕付きの日本盤を出してくれないもんですかねぇ。

 そしてこのDVD、更に2in1のオマケ付き両面ディスクだったりもします。
 で、カップリングされているのが、マーク・フォレスト主演の “Mole Men Against the Son of Hercules” (1961) Antonio Leonviola、伊語原題 “Maciste, l’uomo pi forte del mond”。
 これは「モグラ人間対ヘラクレスの息子」なんてタイトルからも察せられるように、まあ内容的にはけっこうスットコドッコイな映画(笑)。
 要するに、ヘラクレスの息子・マチステが、地底人と戦って打ち負かすんですが、地底人の国にはセクシー女王がいて、案の定それが次第にヒーローに惚れてしまい……ってな、お約束もテンコモリのファンタジー・アドベンチャー。で、ヒーローのマチステがマーク・フォレスト、女王が「ソード&サンダル映画の安い悪の女王ならアタシにおまかせ!」のモイラ・オルフェイ。
 でも、それなりに頑張ってはいて、地下帝国の宝石採掘に使われている巨大機械のスケール感なんか、かなりいい感じだし、話も危機また危機で飽きさせず悪くない。一連の Son of Hercules もの(見たことある方ならお判りだと思うけど、ミョーに脳天気な「♪ざ〜まいてぃ〜さん〜おぶ〜は〜きゅり〜ず……」って主題歌のヤツね)の中では、けっこう上出来な部類ではないかと。
 しかし、個人的に最大の見どころというと、この映画、責め場がかなり良いのだ(またかい)。マーク・フォレストにヒゲがないのは残念だけど、その欠点(じゃないだろ)を補って余りある充実した内容。加えて、メインのマーク・フォレスト以外にも、サブ・ヒーローのポール・ウィンターという黒人ボディービルダーがいまして、これまたタップリ責められてくれるもんだから、もう二倍オイシイ。

 で、具体的にはどんな感じかと言いますと…
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 二人仲良く後ろ手に縛られて、地底人に連行されるマチステ(マーク・フォレスト)とバンゴ(ポール・ウィンター)。画像だと判りにくいけど、後ろ手と喉に繋がって縄が掛けられているあたりの凝り方が、またウレシイ(マニア視点)。この後、互いに戦わせられたり、檻の中に入れられてゴリラだか猿人だかと戦わせられたりします。
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 一度は脱出したマチステだが、バンゴを助けるために罠にかかって再度捕まり、もう一人の仲間も加えて、三人一緒に拷問にかけられる。頭上に石版の重石を次々に乗せられ、重みに耐えかねてマチステが屈んでしまうと、縛られて寝かされた仲間二人を刃が貫いてしまうという仕掛け。
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 このシーン、最初は立っていたマチステがじりじりと膝をついていく様子を、ロングもアップも取り混ぜて、尺も長くタップリとネッチリと見せてくれるので、かなり満足感アリです。
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 マチステは試練に耐えたものの、バンゴは引き続き地下牢で吊されて拷問。
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 他にも、マチステは首枷付きの内側にナイフが突き出した檻に入れられたり、はたまた鉱山の採掘用の重石に押し潰されそうになったり。
 バンゴはバンゴで、初登場シーンからしてボンデージだし、その後も棒状の猿轡噛まされて立木に縛られて囮にされたり、猿轡のままマチステを閉じこめた檻を担いで運ばされたり、そうやってヘタったところを水をぶっ掛けられて足蹴にされたり。
 あと、二人一緒に他の奴隷たちに混じって、鞭打たれながら鉱山採掘の巨大機械を押して回したり、とにかくオハナシの大半が「地底人に捕まっている」状況なので、当然のように、縛られてたり鎖に繋がれてたり檻に閉じこめられてたりするシーンも多い……ってわけです。
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 あと、脇キャラですが、この責め場もお気に入り。地底人だから、日の光に当たるとエライコトになっちゃって悶え苦しむ……ってなシーン。
 ってなわけで、まあ、フィルムは退色しまくっているし、キズやらボケやら当たり前だし、左右も切れちゃっていますが、マッチョの責め場好きには、けっこうお得感アリですよ、この “Mole Men Against the Son of Hercules”。
“Hercules + Mole Men Against the Son of Hercules” DVD (amazon.com)
 因みに、つい先日紹介した “Warriors 50 Movie Pack” にも入っています。画質は似たようなもんですが、エンコードの品質のせいか、今回のDVDの方がちょっとだけマシかなぁ。まあ、あくまでも「ちょっとだけ」ですけど(笑)。

『ヘラクレス 選ばれし勇者の伝説』

ヘラクレス 選ばれし勇者の伝説 [DVD] 『ヘラクレス 選ばれし勇者の伝説』(2004)ロジャー・ヤング
“Hercules” (2004) Roger Young

 前にここで「日活さんあたりが、ちゃんとノーカット版のDVDを出してくれることを願います」と書いた、ホールマーク製のTV版ヘラクレス、願い通り、日活さんからノーカットDVDが発売。いやぁ、割と最近も『NERO ザ・ダーク・エンペラー』ってのを見たら、またもや80分ほどカットされた短縮版でウンザリしていたところなので、全長版で見られるだけでもありがたい(笑)。

 内容は、ホールマークだからファミリー向けのファンタジー・アドベンチャー路線だろうと思っていたら、意外と硬派でした。
 ヘラクレスものの映画って、エピソードの幾つかに伝説からの引用を絡ませたりはするものの、基本的には「ヘラクレス」というキャラクターを借りただけの、完全オリジナルストーリーが多い印象なんですが(スティーヴ・リーヴスの『ヘラクレス』も、この例外ではない)、今回の『ヘラクレス 選ばれし勇者の伝説』は、それらと比較すると、物語自体はかなりギリシャ神話に近付けています。
 もちろん、アレンジは大幅になされてはいるんですが、基本的にギリシャ神話のヘラクレス伝説に則って、その上で「アレとアレの順番を入れ替える」とか「アレとアレをくっつける」といった具合に、エピソードを組み立てている。ギリシャ神話のアレンジ具合を楽しむという点では、過去の類作と比べると、かなりポイントは高い。
 以下、ちょっと具体例が多くなるので、ネタバレが嫌な方は、次の段は飛ばしてください。
 例えば、エリュマントスの大猪やヒュドラのエピソードを「十二の功業」以前に持ってくるとか、臨終の火葬壇のエピソードをメガラとの間の子殺しにくっつけて、それを前半部のクライマックスにしたりしてます。そういった諸々は、なかなか上手いと感じたものもあり、ちと無理矢理といった感じのものもあり。ディオメデスの人食い馬とアマゾンの女王ヒッポリュテをくっつけたあたりは前者、ステュムパロスの怪鳥とヘラの乳房をくっつけたあたりは後者でしょうか(笑)。
 また、個人的に一番興味深く感じたのは、背景にあるゼウスとヘラの諍いを、実際の神々は出さずに、それぞれの神々を信仰している人々の間でのパワーゲームとして処理しているところ。
 更にその背景には、ヘラを「嫉妬深い結婚の女神」ではなく「男権社会によって抑圧された地母神」として位置付けるなど、男権制と女権制の争いといったニュアンスも感じられて、文化人類学的な臭いもするところも面白い。ここいらへん、ちょっと興味を持って調べてみたら、バーバラ・ウォーカーという人の『神話・伝承辞典−失われた女神たちの復権』なんていう、なかなか面白そうな本がヒットしました。意外とこれが元ネタだったりして(笑)。
 で、そういった構造に基づいて、「ゼウス/父・夫・男」であるアムピトリュオンやヘラクレスと、「ヘラ/母・妻・女・母の庇護下にある子の」アルクメネやメガラやイピクレスといったキャラクターが拮抗していく。デルポイの巫女の代わりに、「ヘラ(の代理であるアルクメネ)によって盲目にされた両性具有の預言者ティレシアス」を配するあたりも興味深い。
 更に、モノガタリ全体の裏の軸に「男ではあるが地母神の息子(この場合はヘラの信奉者)」のアンタイオスを置き、それがゼウスの化身と勘違いされるエピソード(つまり、アンタイオスがヘラクレスの本当の父親というわけ)を配し、物語の要所要所に絡めながら、最終的に、男権と女権の争いの不毛さや信仰の本質への問いかけへと繋げていく。
 モノガタリのクライマックスも、ヘラクレス自身の言によって、神話時代の運命論から人文主義への転換がもたらされ、拮抗していた二つの勢力も、ヒュロスとイオレの結婚によって和合するといった具合に、全体の構造はなかなか凝っています。
 ただその反面、これらは神話への考察による神話世界の解体でもあるので、モノガタリの着地点は、ギリシャ神話ともヘラクレス伝説とも程遠い、今どきの人間が喜んで受け入れそうなハッピーエンド(笑)。ここは、好き嫌いが別れそうではあります。私個人の好みで言えば、やはり伝説的な英雄譚は悲劇で幕を降ろして欲しいんですが(笑)。
 さて、こいうった具合にモノガタリの構造はなかなか凝っていて面白いんですが、残念ながら表現がそれと相反している。
 それなりに金もかかっていそうだし、セットや衣装も決して安っぽくはないんですが、それらのデザインの基本にあるのが、いかにもファンタジー、それもぶっちゃけ『ロード・オブ・ザ・リング』の影響が顕著な「それっぽい要素をコラージュしたもの」なので、ギリシャ的な雰囲気は極めて希薄。同時に、『ロード・オブ・ザ・リング』ほど堅牢な世界の作り込みもないので、歴史物っぽい雰囲気もない。
 じっさい、ロケ地がニュージーランドらしく、雪渓を望む雄大な背景に、山の尾根を歩くヘラクレスを空撮、しかもお供は狂言廻し的な役割のショーン・アスティン……なんてシーンを見せられると「……パロディですか?」なんて気もしてしまったのが正直なところ(笑)。流れるBGMも「それっぽい」感じだったし(笑)。
 あと、モノガタリの基本が神話世界の文化人類学的な解体・再構成だから、神様は出てこないのに、でもファンタジー系のクリーチャーは出てくるってのは、そりゃちょっと矛盾してるっしょ(笑)。まあ、マーケティング的に必要だってのは判るんだけどね、それにしても、ステュムパロスの怪鳥とハルピュイアをくっつけてたり、ネメアのライオンをスピンクスにしちゃったりとか、ちょいとやり過ぎの感あり。
 あ、この間の『ナルニア』とは違い、ケンタウロスの顔が人間のそれだったのは、ちょっと嬉しかった。でも、ヘレニズム的ではなく、おそらくネイティブ・アメリカンをイメージしたっぽい感じだったけど(笑)。
 つまり、ファンタジー・アドベンチャー的には、映像的にはさほどけなすような出来ではなく、逆にTVものにしては健闘している部類だとは思うんですが、物語的な面白さが、ファンタジー・アドベンチャー的なそれではなく、前述したような構造に基づいて繰り広げられる、愛憎絡み合うドロドロの陰謀劇風なので、そこいらへんが水と油な感じ。
 もし『ロード・オブ・ザ・リング』っぽくではなく『トロイ』っぽく、ファンタジー的なクリーチャーはなし、衣装や美術は自由度を生かしつつも、古代幻想的な質感を重視する、といった作り方をしていたら、かなり見応えのある良作になっていた可能性もあり。
 けっしてつまらなくはないんだけど、ネタに対して調理法が間違っている感が、どうしても拭えないのが残念でした。
 役者さんは、まずヘラクレス役のポール・テルファーですが……いかんせん顔がねぇ(笑)。良く言えばワイルドな風貌だけど、ウィレム・デフォーみたいなカエル口だしねぇ(笑)。でも、身体はいいですよ。一緒に見ていた相棒も「うん、この身体は『買い』だね!」と言ってました(笑)。神話上の英雄的な風格は微塵も感じられませんが、これはまあ役柄がそういうキャラなんだから仕方なし。
 アムピトリュオン役のティモシー・ダルトンは、「血は繋がっていないけれども、良い父親」という美味しい役どころなので、なかなか魅力的。だいぶ老けたけど、いい感じに年を重ねておられる感じ。
 ヘラクレスの音楽の師匠リノス役に、ショーン・アスティン。リノスが実は生きていて、以後狂言廻しにってのは、悪くないアイデアだとは思うんですが、それにしてはアスティン演じるキャラは、ちょいと軽やかさに欠ける感じ。もっと三の線で良かったのでは?
 お目当てのタイラー・メインはアンタイオス役。モノガタリの裏の要なだけに、力持ちの大男なだけではダメなんだけど、正直言って力不足かなぁ。
 女優陣は、情念ドロドロ系のエリザベス・パーキンス(アルクメネ)とリアンナ・ワルスマン(メガラ)は、いずれも佳良。リーリー・ソビエスキー(デイアネイラ)は、もうちょっと神秘性か野性味か、どっちかが欲しかった。
 ああ、そういや裸の青年二人がベッドインしている、ホモセクシュアル絡みのシーンもチラッとありました。油断していたからビックリした(笑)。ことさらに強調もされず、さらっとした扱いだったのは、いかにも古代ギリシャ世界らしく好印象。
 責め場? ありません(笑)。

“Warriors 50 Movie Pack”

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“Warriors 50 Movie Pack”
 米Mill Creek Entertainmentから出た、ソード&サンダル映画50本セットDVDのご紹介。
 これはいわば激安モノで、簡素なペーパー・スリーヴに入った、表裏合わせて映画を4本ずつ収録した両面ディスク×13枚が、やっぱり簡素な紙箱に入ってます。で、値段は$29.98っつー安さなんですが、Video Universeとかだと更に値引きで、$17.95とかで売られています。
 実は同社の同シリーズでは、”Sci-Fi Classics 50 Movie Pack”という商品に、60年代のB級SFや日本のガメラ映画なんかに混じって、ソード&サンダル映画も何本か収録されていたり、また、ソード&サンダル映画+ターザン映画の”Adventure 10 Movie Pack”なんて商品があり、そのうち紹介しようかなぁなんて思っていたんですが、こんなもんが出ちゃあ、もう意味なしですな(笑)。ソード&サンダル映画だけに関して言えば、真打ち登場ってとこでしょうか。

 まあ、このシリーズは安いだけあって、画質や音質などは決して褒められるシロモノじゃありません。フィルムのキズ、ボケ、退色、音声の歪みなんかは、あって当たり前の世界。パッケージも極めてチープ。
 ただ、アメリカで販売されているソード&サンダル映画のDVDは、ごく一部の例外を除くと、フィルムの状態はズタボロなものばかりなので、それらも画質的には、この”Warriors 50 Movie Pack”とどっこいどっこい。あと、流石に50本もあると、単品ではDVD化されていない(であろう)作品も多いので、まあ値段を考えても、このテのものが好きだったら、けっこうお買い得だと思いますよ。
 中身のレビューは、とてもじゃないけど50本全部見るのは時間もかかるんで、それは後の機会に譲るとして、今回はとりあえずご参考までに、収録先品のリストをば。

スティーヴ・リーヴス主演作
“Hercules Unchained”「ヘラクレスの逆襲」
“The Giant of Marathon”「マラソンの戦い」
“The White Wattior”「怪傑白魔」
“Sandokan, Pirate of Malaysia”

レジ・パーク主演作
“Hercules and the Haunted World”「ヘラクレス 魔界の死闘」
“Hercules and the Captive Women”「アトランティス征服」
“Maciste in King Solomon’s Mine”

ゴードン・スコット主演作
“Samson and the Seven Miracles of the World”
“Hercules and the Princess of Troy”
“Hero of Rome”
“Gradiators of Rome”

マーク・フォレスト主演作
“Son of Samson”「マチステ」
“Goliath and the Dragon”「豪勇ゴライアス」
“Goliath and the Sins of Babylon”「鉄腕マチステ」
“Hercules Against the Barbarians”「ヘラクレス/闘神伝説(ヘラクレス対バーバリアン)」
“Hercules Against the Mongols”「ヘラクレス/モンゴル帝国の逆襲」
“Kindar the Invulnerable”
“The Lion of Thebe”
“Mole Men Against the Son of Hercules”

カーク・モリス主演作
“Colossus and the Headhunters”
“Devil of the Desert Against the Son of Hercules”
“Triumph of the Son of Hercules”

ゴードン・ミッチェル主演作
“Atlas in the Land of Cyclops”「片目の巨人」
“Fury of Achilles”
“Ali Baba and the Seven Saracens”

アラン・スティール主演作
“Hercules Against the Moon Men”
“Hercules and the Masked Rider”

キャメロン・ミッチェル主演作
“The Last of the Vikings”「海賊王バイキング」
“Caesar the Conqueror”

ダン・ヴァディス主演作
“The Son of Hercules in the Land of Darkness”
“The Ten Gladiators”

エド・フューリー主演作
“Ursus in the Valley of the Lions”「獅子王の逆襲」
“Ursus in the Land of Fire”

リチャード・ハリソン主演作
“Gradiators Seven”「七人のあばれ者」
“Two Gladiators”

ブラッド・ハリス主演作
“Fury of Hercules”「ヘラクレスの怒り」

サムソン・バーク主演作
“Vegeance of Ursus”

レグ・ルイス主演作
“Fire Monsters Against the Son of Hercules”

ジョー・ロビンソン主演作
“Thor and the Amazon Women”

リチャード・ロイド主演作
“Vulcan, Son of Jupiter”

ジョルジュ・マルシャル主演作
“Ulyssess Against the son of Hercules”

ピーター・ラパス(ロック・スティーヴンス)主演作
“Hercules and the Tylants of Babylon”

ロッド・テイラー主演作
“Colossus and the Amazon Queen”「アマゾンの女王」

ローランド・キャレイ主演作
“The Giants of Thessaly”

リク・バッタリア主演作
“The Conqueror of the Orient”

ガイ・ウィリアムス主演作
“Damon and Pythias”

アラン・ラッド主演作
“Duel of Champions”

エドマンド・パードム主演作
“Herod the Great”「エロデ大王」

ロジャー・ムーア主演作
“Romulus and the Sabines”「サビーヌの掠奪」

デブラ・パジェット主演作
“Cleopatra’s Daughter”

 ……ってな具合で、リスト後半はマッスル・ムービーじゃないのも混じってますけど、全体的にはなかなか充実しているかと。
 個人的には、高画質な独盤や仏盤は持っているもののセリフが判らないのが残念だったヤツの、英語バージョンが幾つかゲットできたとか、映画自体は珍作の類だけど、責め場がなかなか良いレジ・パークの”Maciste in King Solomon’s Mine”を、DVDで入手できたとか、「ヘラクレスの逆襲」のオンファーレ役でお気に入りだったシルヴィア・ロペスが出ているので気になっていた「エロデ大王」が入っていたりとか、嬉しいポイントはけっこう多々ありでした(笑)。
 あ、因みに、パッケージには”Spartacus and the Ten Gladiators”と表記されているのに、実際に収録されているのは、同じダン・ヴァディス主演でも”The Son of Hercules in the Land of Darkness”だった、なんてミスも発見。まだ中身を全部確認したわけではないので、このテのミスはまだあるかも。
“Warriors 50 Movie Pack Collection” DVD (amazon.com)

『ヘラクレス』フランス盤DVD

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『ヘラクレス』ピエトロ・フランチーシ(1957)
“Les Travaux d’Hercule” (1957) Pietro Francisci
 前にここでドイツ盤DVDを紹介した、スティーヴ・リーヴスの『ヘラクレス』(1957)の、フランス盤DVDを入手したのでご紹介。因みに同盤は既に廃盤っぽく、出遅れて購入しそびれてしまい残念に思っていたんですが、先日amazon.frのマーケット・プレイスに出ていたんで、ようやく購入できました(笑)。

 まず、尺の話から。
 米盤の105分、独盤の88分に対して、この仏盤は97分。IMDbでは Runtime:98 min / USA:107 min とあるので、とりあえずインターナショナル・ヴァージョンとしては全長版ってことでしょうか。
 では、米盤との尺の差は何なのかというと、DVDで見る限りは、一つはオープニング・タイトルとエンド・クレジットの違い。仏盤と独盤のオープニング・タイトルは、赤地に黒の壺絵風の飾り罫の中に白文字でタイトル等が出るというパターンですが、米盤は星座や稲妻のアニメーション仕立て。で、仏盤と独盤にはエンド・クレジットがないんですが、米盤では前述した未使用だった壺絵風のオープニング・タイトルが、エンド・クレジットとして映画の最後に挿入されている。このダブリの有無が、尺の差の一つ。
 ただ、それだけだと8分もの差は出ないので、他に何か米盤にはあって仏盤にはないシーンが何かあるのかとも思いますが、現時点では発見できず。少なくとも、独盤の紹介時に書いたような明白な欠如はないみたいです。
 あと、DVDソフトという点だけに限って言えば、NTSCとPALの違いもあるのかも知れませんね。試しに、米盤と仏盤をタイミングを計って同時に再生してみると、仏盤の方が少しずつ前へ前へとズレていきました……って、なに暇なことやってんだ、自分(笑)。

 次に画質と音声。
 画質は、極めて良好。退色、ボケ、傷等は、ほとんど気にならないレベルで、音声に若干ノイズがのる部分があるくらいで、メジャーのクラシック作品と比較しても遜色はない。米盤の極悪画質に馴染んでいると、もう涙ちょちょぎれんばかりの美麗さ(笑)。下の方に比較用のキャプチャ画像をアップしたんで、ご参考に。
 加えて収録はスクイーズ。ただ、ちょっと良く判らないのが、以前ここで紹介した『海賊の王者』イタリア盤同様に、S-VHS接続で見ると4:3の非スクイーズなしで、コンポーネント接続のプログレッシヴ再生で見ると16:9スクイーズになる。これ、私が知らないだけで、そーゆー規格があるんでしょうかね、DVDに。
 音声は仏語、伊語、英語を収録。字幕は仏語のみ。一つ残念なのは、伊語や英語で再生中は、仏語字幕が強制的に表示されて消せないこと。

 さて、以上のようにソフトとしては大満足……と言いたいところなんですが、一つ腑に落ちないことがあり。ちょっと、米盤独盤仏盤を比較した、キャプチャ画像を見て下さい。
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 画質に関して言えば、米盤は退色してるわボケボケだわ傷だらけだわと、もう悲しくなっちゃうようなレベルなのに対して、独盤と仏盤は実に鮮明なのがお判りかと。特に仏盤は良く、独盤は画像がややボケ気味で、色合いも鮮やかではあるものの、いささか彩度が高すぎて不自然なのに対して、仏盤は画像は締まってディテールの再現性も良く、色合いも自然かつ退色も見られない。
 が、腑に落ちないのは画質の話ではなく、画角なんですな。
 米盤は左右がトリミングされたテレビサイズ、独盤はビスタ、仏盤はシネスコなんですが、米盤や独盤と比べると、仏盤には上下に欠けがある。となるとこのシネスコは、ビスタの上下にマスクをかけたものなのかと思いきや、画面の左右は独盤では入っていない部分がある。う〜ん、どれがオリジナル・サイズなんだろう?
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 タイトル画面を見比べると、まずこれは仏盤のものですが、壺絵風の飾り罫が左右にも入っていて、天地の比率もほぼピッタリ収まっています。
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 次に独盤を見ると、飾り罫は上下のみ。となると、タイトル・デザインを見る限りでは、シネスコを前提として制作されているような気はします。
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 ついでに、アメリカ盤のタイトルはこれ。……って、どーよ、これ(笑)。ハンナ・バーベラのアニメじゃないんだからさぁ(笑)。
 ……とまあこんな具合で、尺と画角に不明点はあるものの、とりあえずこの仏盤、現時点で私が入手した『ヘラクレス』のDVDでは一番ベスト。PALの再生環境がある方だったら、オススメ。
 米盤では色が抜けて見る影もなくなっちゃっているシルヴァ・コシナの居室とか、やはり米盤では色もディテールもベタッと潰れてしまっているアマゾネスの宮殿とか、仏盤で見ると息を呑むほど美しいです。あ、もちろんリーヴスの肌の艶とかもね、もうツヤツヤでスベスベで、頬ずりしたくなるくらい(笑)。私もこーゆー人に、チャリオットで後から抱かれてみたいもんです(笑)。

スタレーヴィチの他のDVD

 先日、ここでラディスラウ(ヴワディスラフ)・スタレーヴィチの新着DVDの紹介をしましたので、ついでに現在所有している他のスタレーヴィチのDVDもご紹介。
 
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“The Cameraman’s Revenge & Other Fantastic Tales / The Amazing Puppet Animation of Ladislaw Starewicz”

 アメリカ盤。
 昆虫の死骸をコマ撮りして、男女不倫の艶笑劇を演じさせるという珍作ながら、アニメーション史的には有名な”The Cameraman’s Revenge”と、病気の少女を助けるためにヌイグルミの犬が大活躍し、詩情からアクションからユーモアからホラーまで、全てがギッチリ詰まった問答無用のエンターテイメント大傑作”The Mascot”が収録されているので、スタレーヴィチ入門用にはベストかも。
 他の収録作は、やはり昆虫を使ったバーレスクといった趣の”The Insects’ Christmas”、内容はメルヒェンなのに、造形面に感じられる、もう押さえても押さえても指の間から滲み出してくるグロ体質が最高な”The Frogs Who Wanted a King”、”Winter Carousel”、実写との絡みが面白い”Voice of the Nightingale”など。

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“Le Monde Magique de Ladislas Starewitch”
 フランス盤。
 前述の”The Mascot (Fetiche Mascotte)”は、こっちにも収録されていますが、他はダブりなし。
 他の収録作は、主演のライオンの造形や表情が素晴らしい、ラ・フォンテーヌの『寓話』を下敷きにした老いたライオン王の悲哀を描いた”Le Lion Devenu Vieux”、イソップの『町のネズミと田舎のネズミ』を下敷きにしつつも、何よりかによりめちゃくちゃグロいネズミの人形が繰り広げる、パーティーの乱痴気騒ぎに目が釘付けになってしまう”Le Rat de Ville et le des Champs”、望みが叶う魔法の花を手に入れる少年の話で、魔法の花が咲く真夜中の森に跋扈するステキなバケモノどもが、もういかにもスタレーヴィチの魅力大爆発な”Fleur de Fougere”。

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“Le Roman de Renard”
 フランス盤。
 中世フランスで大流行した、狐のルナールを主人公とした民話『狐物語』を題材にした長編。キツネ、オオカミ、ライオン、ロバ、ネコ、クマ……などなど、動物キャラクターが勢揃いして、擬人化された中世風の衣装を身に纏い、素晴らしいセットの中で生き生きと動き回ります。美術や画面構成の重厚さや美しさは特筆モノで、その完成度の高さゆえに、マックス・エルンストのコラージュのようなシュールレアリズム美術的な幻想美まで漂う逸品。
 ボーナスとして、動物たちのスペクタキュラーな船旅を描いた短編”Fetiche en Voyage de Noces”や、人形用のデッサン、スチル写真などを収録。