『ヘラクレス 選ばれし勇者の伝説』

ヘラクレス 選ばれし勇者の伝説 [DVD] 『ヘラクレス 選ばれし勇者の伝説』(2004)ロジャー・ヤング
“Hercules” (2004) Roger Young

 前にここで「日活さんあたりが、ちゃんとノーカット版のDVDを出してくれることを願います」と書いた、ホールマーク製のTV版ヘラクレス、願い通り、日活さんからノーカットDVDが発売。いやぁ、割と最近も『NERO ザ・ダーク・エンペラー』ってのを見たら、またもや80分ほどカットされた短縮版でウンザリしていたところなので、全長版で見られるだけでもありがたい(笑)。

 内容は、ホールマークだからファミリー向けのファンタジー・アドベンチャー路線だろうと思っていたら、意外と硬派でした。
 ヘラクレスものの映画って、エピソードの幾つかに伝説からの引用を絡ませたりはするものの、基本的には「ヘラクレス」というキャラクターを借りただけの、完全オリジナルストーリーが多い印象なんですが(スティーヴ・リーヴスの『ヘラクレス』も、この例外ではない)、今回の『ヘラクレス 選ばれし勇者の伝説』は、それらと比較すると、物語自体はかなりギリシャ神話に近付けています。
 もちろん、アレンジは大幅になされてはいるんですが、基本的にギリシャ神話のヘラクレス伝説に則って、その上で「アレとアレの順番を入れ替える」とか「アレとアレをくっつける」といった具合に、エピソードを組み立てている。ギリシャ神話のアレンジ具合を楽しむという点では、過去の類作と比べると、かなりポイントは高い。
 以下、ちょっと具体例が多くなるので、ネタバレが嫌な方は、次の段は飛ばしてください。
 例えば、エリュマントスの大猪やヒュドラのエピソードを「十二の功業」以前に持ってくるとか、臨終の火葬壇のエピソードをメガラとの間の子殺しにくっつけて、それを前半部のクライマックスにしたりしてます。そういった諸々は、なかなか上手いと感じたものもあり、ちと無理矢理といった感じのものもあり。ディオメデスの人食い馬とアマゾンの女王ヒッポリュテをくっつけたあたりは前者、ステュムパロスの怪鳥とヘラの乳房をくっつけたあたりは後者でしょうか(笑)。
 また、個人的に一番興味深く感じたのは、背景にあるゼウスとヘラの諍いを、実際の神々は出さずに、それぞれの神々を信仰している人々の間でのパワーゲームとして処理しているところ。
 更にその背景には、ヘラを「嫉妬深い結婚の女神」ではなく「男権社会によって抑圧された地母神」として位置付けるなど、男権制と女権制の争いといったニュアンスも感じられて、文化人類学的な臭いもするところも面白い。ここいらへん、ちょっと興味を持って調べてみたら、バーバラ・ウォーカーという人の『神話・伝承辞典−失われた女神たちの復権』なんていう、なかなか面白そうな本がヒットしました。意外とこれが元ネタだったりして(笑)。
 で、そういった構造に基づいて、「ゼウス/父・夫・男」であるアムピトリュオンやヘラクレスと、「ヘラ/母・妻・女・母の庇護下にある子の」アルクメネやメガラやイピクレスといったキャラクターが拮抗していく。デルポイの巫女の代わりに、「ヘラ(の代理であるアルクメネ)によって盲目にされた両性具有の預言者ティレシアス」を配するあたりも興味深い。
 更に、モノガタリ全体の裏の軸に「男ではあるが地母神の息子(この場合はヘラの信奉者)」のアンタイオスを置き、それがゼウスの化身と勘違いされるエピソード(つまり、アンタイオスがヘラクレスの本当の父親というわけ)を配し、物語の要所要所に絡めながら、最終的に、男権と女権の争いの不毛さや信仰の本質への問いかけへと繋げていく。
 モノガタリのクライマックスも、ヘラクレス自身の言によって、神話時代の運命論から人文主義への転換がもたらされ、拮抗していた二つの勢力も、ヒュロスとイオレの結婚によって和合するといった具合に、全体の構造はなかなか凝っています。
 ただその反面、これらは神話への考察による神話世界の解体でもあるので、モノガタリの着地点は、ギリシャ神話ともヘラクレス伝説とも程遠い、今どきの人間が喜んで受け入れそうなハッピーエンド(笑)。ここは、好き嫌いが別れそうではあります。私個人の好みで言えば、やはり伝説的な英雄譚は悲劇で幕を降ろして欲しいんですが(笑)。
 さて、こいうった具合にモノガタリの構造はなかなか凝っていて面白いんですが、残念ながら表現がそれと相反している。
 それなりに金もかかっていそうだし、セットや衣装も決して安っぽくはないんですが、それらのデザインの基本にあるのが、いかにもファンタジー、それもぶっちゃけ『ロード・オブ・ザ・リング』の影響が顕著な「それっぽい要素をコラージュしたもの」なので、ギリシャ的な雰囲気は極めて希薄。同時に、『ロード・オブ・ザ・リング』ほど堅牢な世界の作り込みもないので、歴史物っぽい雰囲気もない。
 じっさい、ロケ地がニュージーランドらしく、雪渓を望む雄大な背景に、山の尾根を歩くヘラクレスを空撮、しかもお供は狂言廻し的な役割のショーン・アスティン……なんてシーンを見せられると「……パロディですか?」なんて気もしてしまったのが正直なところ(笑)。流れるBGMも「それっぽい」感じだったし(笑)。
 あと、モノガタリの基本が神話世界の文化人類学的な解体・再構成だから、神様は出てこないのに、でもファンタジー系のクリーチャーは出てくるってのは、そりゃちょっと矛盾してるっしょ(笑)。まあ、マーケティング的に必要だってのは判るんだけどね、それにしても、ステュムパロスの怪鳥とハルピュイアをくっつけてたり、ネメアのライオンをスピンクスにしちゃったりとか、ちょいとやり過ぎの感あり。
 あ、この間の『ナルニア』とは違い、ケンタウロスの顔が人間のそれだったのは、ちょっと嬉しかった。でも、ヘレニズム的ではなく、おそらくネイティブ・アメリカンをイメージしたっぽい感じだったけど(笑)。
 つまり、ファンタジー・アドベンチャー的には、映像的にはさほどけなすような出来ではなく、逆にTVものにしては健闘している部類だとは思うんですが、物語的な面白さが、ファンタジー・アドベンチャー的なそれではなく、前述したような構造に基づいて繰り広げられる、愛憎絡み合うドロドロの陰謀劇風なので、そこいらへんが水と油な感じ。
 もし『ロード・オブ・ザ・リング』っぽくではなく『トロイ』っぽく、ファンタジー的なクリーチャーはなし、衣装や美術は自由度を生かしつつも、古代幻想的な質感を重視する、といった作り方をしていたら、かなり見応えのある良作になっていた可能性もあり。
 けっしてつまらなくはないんだけど、ネタに対して調理法が間違っている感が、どうしても拭えないのが残念でした。
 役者さんは、まずヘラクレス役のポール・テルファーですが……いかんせん顔がねぇ(笑)。良く言えばワイルドな風貌だけど、ウィレム・デフォーみたいなカエル口だしねぇ(笑)。でも、身体はいいですよ。一緒に見ていた相棒も「うん、この身体は『買い』だね!」と言ってました(笑)。神話上の英雄的な風格は微塵も感じられませんが、これはまあ役柄がそういうキャラなんだから仕方なし。
 アムピトリュオン役のティモシー・ダルトンは、「血は繋がっていないけれども、良い父親」という美味しい役どころなので、なかなか魅力的。だいぶ老けたけど、いい感じに年を重ねておられる感じ。
 ヘラクレスの音楽の師匠リノス役に、ショーン・アスティン。リノスが実は生きていて、以後狂言廻しにってのは、悪くないアイデアだとは思うんですが、それにしてはアスティン演じるキャラは、ちょいと軽やかさに欠ける感じ。もっと三の線で良かったのでは?
 お目当てのタイラー・メインはアンタイオス役。モノガタリの裏の要なだけに、力持ちの大男なだけではダメなんだけど、正直言って力不足かなぁ。
 女優陣は、情念ドロドロ系のエリザベス・パーキンス(アルクメネ)とリアンナ・ワルスマン(メガラ)は、いずれも佳良。リーリー・ソビエスキー(デイアネイラ)は、もうちょっと神秘性か野性味か、どっちかが欲しかった。
 ああ、そういや裸の青年二人がベッドインしている、ホモセクシュアル絡みのシーンもチラッとありました。油断していたからビックリした(笑)。ことさらに強調もされず、さらっとした扱いだったのは、いかにも古代ギリシャ世界らしく好印象。
 責め場? ありません(笑)。

『ヘラクレス 選ばれし勇者の伝説』” に1件のフィードバックがあります

  1. B級映画ダッシュ

    ヘラクレス【選ばれし勇者の伝説】(ギリシャ神話)

    【評価】B級レベル度 ☆☆☆ 2006年作品 本編168分 主演 ポール・テルファー ●あらすじ ギリシア神話に登場するゼウスと人間の女との間に生まれた、 ヘラクレスに襲いかかる数々の試練を描いた神話の物語。 神話の6つの試練が描かれています。 これまた、TVシリー…..

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