“Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”

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“Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)” (2006) Derviş Zaim
(トルコ盤DVDで鑑賞→amazon.com

 2006年製作のトルコ/ハンガリー映画。監督はDerviş Zaimという人。
 17世紀、オスマン帝国時代の細密画師の辿る数奇な運命を描いた、寓意的な歴史劇。

 主人公はイスタンブールに住む細密画師。妻と息子を亡くした悲しみから、その面影をいつまでも留めようと、西洋風の写実法(ムスリム伝統下のオスマン帝国では異端的な行為)で二人のポートレイトを描くが、以来それまでの様式化された細密画を描けなくなってしまう。
 そんなある日、主人公はスルタンに呼び出される。罰を覚悟していた絵師だったが、彼に下されたのは罰ではなく、アナトリア地方へ赴き、同地で捕らえられ処刑を待つ身の叛逆の王子の肖像画を、首実検がわりに西洋風の肖像画として描いてこいという命令だった。
 弟子を人質にとられ、兵たちの監視のもと仕方なく同地に赴いた絵師は、その途中で盗賊に襲われたキャラバンの生き残りの娘を拾う。娘も交えた一行は、盗賊や叛乱軍の襲撃の危険に晒されながら、何とか目的地に辿りつき、絵師はいよいよ囚われの王子の肖像画を描くことになる。
 しかし、捕らわれていたのは王子ではなく、その息子だった。スルタンの部下で一行のリーダーである兵士は、厄介ごとを怖れ、真実を知る絵師と、その助手を務めていた例の娘を殺すよう命令するが、そこに王子率いる叛乱軍が襲いかかり…といった内容。

 テーマ的にも表現面もなかなか意欲的な作品で、見応えがありました。
 ストーリーの骨子的は、巻き込まれ型のアクション・アドベンチャーなんですが、実はそれは表層でしかなく、映画の本当のテーマは、その中で起きる様々なエピソードを通じて、細密画とは何であるか、西洋絵画との違いは、いや、そもそも絵とは何であるか、東と西の文化の違いとは……といったことを浮かびあがらせることにあります。
 表現面も、細密画がそのままアニメーションになったり、パンする画面に合成された樹や岩を境に、右と左でカットが切り替わったり、鏡を媒介に現実と虚構を行き来したり……といった技法を用いて、ルネッサンス以降に西洋で確立した絵画文法とは異なる、細密画の持つ時空間の自由さを、映画的に再現しようという試みが見られます。
 というわけでテーマとしては、同じくオスマン時代のイスタンブールの細密画師たちの世界を描いた、オルハン・パムクの小説『私の名は紅』と似ているところがありますが、あちらが殺人事件というモチーフを元に、実に複雑な知の世界を織り上げた『薔薇の名前』のような世界だったのに対して、こちらはもっと平明で、言うならば歴史と文化をモチーフにして語られる、寓意的なお伽噺的といった味わい。

 映画作品としては、いささか意余って力及ばずな感じもなきにしもあらずではありますが(意欲は買うけど力強さや完成度には不満もあり)、なにしろテーマが興味深いのと、スッキリきれいにまとまって後味も上々。
 また、アクション・アドベンチャー的なストーリーと裏腹な、全体を包み込む優しい雰囲気も大いに魅力的。特に、主人公の幼少時の記憶の幻想シーンや、ヒロインとの穏やかなロマンティック・シーンなどは、かなり印象に残ります。
 Wikipediaによると、この”Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”は、Derviş Zaim監督がトルコのアートをモチーフにした三部作の、第一作目にあたるらしいです。
 この後、カリグラフィーをモチーフにした”Nokta (Dot)” (2008)、影絵をモチーフにした”Gölgeler ve suretler (Shadows and Faces)” (2010)と続くそうなので、こうなるとそれらも見たくなりますが、既にトルコでは発売されている”Nokta (Dot)”のDVDは、残念ながら英語字幕なし。ガッカリ……。

“Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)” 予告編

 この予告編だと、何だかスペクタクル史劇系の映画に見えますけど、実際の映画の印象とはかなり異なります。
 次に貼る、感傷的で美しいテーマ曲のPVの方が、映画の印象には近い感じ。前述したような、細密画世界の映画的再現という意欲的な表現の実例も見られます。

 因みに今回、映画を見ている間、相棒が横でず〜っと人質になっているお弟子さんのことを気にしていて、何でそんなに気になるのか尋ねたら「いい男だからもっと出て欲しい」……って、そんな理由かい(笑)
 でもまあ、確かにいい男ではありました(笑)。この人

 この映画とモチーフやテーマに共通点がある、オルハン・パムクの小説『私の名は紅』は、こちら。

わたしの名は「紅」 わたしの名は「紅」
価格:¥ 3,885(税込)
発売日:2004-11

【追記】影絵をモチーフにした”Gölgeler ve suretler (Shadows and Faces)” (2010)は、後日無事鑑賞。感想はこちら