“Gölgeler ve Suretler (Shadows and Faces)”

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“Gölgeler ve Suretler” (2010) Derviş Zaim
(トルコ盤DVDで鑑賞、米アマゾンで購入可能→amazon.com

 2010年のトルコ映画。1960年代のキプロスでの、ギリシャ系とトルコ系住民の民族紛争という悲劇を、トルコの伝統的な影絵劇(カラギョズ)に絡めて描いたもの。タイトルの意味は、Shadows and Faces。
 Derviş Zaim監督によるトルコ伝統芸術三部作の一本で、細密画をテーマにした“Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”(2006)、カリグラフィーをテーマにした”Nokta (Dot)”(2008)に続く、第三作目。

 1963年。キプロス独立後に起きた、ギリシャ系住民とトルコ系住民の間の民族紛争により、故郷の村を追われたトルコ系の影絵師は、娘を連れて別の村に住む弟のところに身を寄せる。しかしその村でも水面下で対立感情が高まっており、数の少ないトルコ系住民は危機感を感じていた。
 影絵師は糖尿病だったが、村を追われる際にインシュリンを持ち出すことができなかった。街に行けば手に入るが、村の近隣の道はギリシャ系の警察に封鎖されており、トルコ系の住民は自由に往来できないために、影絵師の弟は、親しい隣家のギリシャ系夫人に、兄と姪を街の病院まで送ってくれと頼む。
 夫人の息子は反トルコ感情が強く、それに反対するが、夫人はそれを押し切って、影絵師と娘を車で街まで送ろうとする。しかしその路上、検問所で警官たちがトルコ人を袋叩きにしているところに出くわしてしまう。夫人は急いで二人を逃がし、自分は彼らがトルコ人だとは知らなかったと白をきる。
 警察から逃れた影絵師と娘は洞窟に隠れるが、影絵師は娘を洞窟に残して外の様子を見に行ったきり、戻ってこなかった。娘は仕方なく叔父の家に戻り、叔父とギリシャ系夫人の二人を「あなたたちのせいで父が行方不明になった」と責める。
 影絵師の行方が判らないまま、やがて村のギリシャ人とトルコ人の間、特に血気盛んな若い男たちの間に、いよいよ緊張が高まっていく。トルコ人の叔父とギリシャ人の夫人は、それぞれ何とか若い者たちをなだめて大事に至らないよう努力する。
 数では負けるトルコ人たちは、いざというときの自衛のために銃の練習をし、また、自分たちには実は味方が大勢いるのだと見せかけたりするが、それは逆にギリシャ人たちの間に、トルコ人が民兵を組織して反撃にかかるのではないかという疑いを招いてしまう。
 そんな中、不足している灯油を買いに一人で何とか街に行った娘は、不確かながらも父親が亡くなったらしいという情報を得る。村に戻った娘は、遺品となった影絵人形を父の希望通りに埋葬しようとする。
 しかし、それを見た隣家のギリシャ人の若者が、武器を埋めていると勘違いしてしまい、それが切っ掛けとなって悲劇の幕が……という内容。

 この、Derviş Zaim監督のトルコ伝統芸術三部作は、以前に前述の細密画をモチーフとした
“Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”を見て感銘を受けたので、よって今回の”Gölgeler ve Suretler (Shadows and Faces)”も楽しみにしていました(残念ながら”Nokta (Dot)”は、英語字幕付きDVDが出ていないので未見)。
 重いモチーフながらも、全体的には激しさよりも、穏やかな哀しみを湛えた雰囲気で、ある意味で淡々とした作風。後半の悲劇的な展開も、どこか無常観が漂うような、人の世の哀しさを諦念して見つめているような気配が漂っています。
 とはいえ、いわゆる芸術映画一本槍という感じでもなく、起伏のあるストーリーやエモーショナルな展開、スリリングな緊迫感や銃撃戦などもあり、娯楽的な要素もしっかりあって、見応えは十分以上にあり。
 映像も美しく、まず風景や撮影自体が美しいのに加えて、いかにも影絵劇というモチーフらしく、実際の影絵劇以外にも、光と影を活かした演出、シルエットを効果的に使った画面、実景が写真になる凝った場面転換など、表現面での見所も多々あり。
 こういった美点は、前述の”Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”と同じで、しっかり期待通りだったという感じ。

 ラスト、作品(と登場人物)に仄かな救いを与えることによって、それまで語られてきたような、社会的でシリアスな内容の作品全体が、一瞬にして、まるで影絵で演じられる民話のような雰囲気に転じる効果があるんですが、ここはちょっと好みが分かれるところかも。
 個人的には、こういう手法自体はとても好きなんですが、この映画の場合は、モチーフ自体の重さに負けてしまっているかな……という感あり。それによって後味は良くなる反面、ちょっと甘さも感じてしまったのは否めない。
 また、キャラクターの過去のエピソードなど、その造形に深みを与えていると同時に、いささか盛り込みすぎという感もあるし、影絵というモチーフと民族紛争の悲劇というドラマが、必ずしもしっくりと噛み合ってはいない感もあります。
 とはいえ、前述したように見所はたっぷりですし、役者さんも押し並べて良く、美しくてちょっと感傷的な音楽も素晴らしい。

 もう一つ、意余って力及ばずという感もありますが、しかしクオリティは高く見応えも十分。
 モチーフに興味がある方や、ミニシアター系の作品が好きな方ならたっぷり楽しめそうな、大いに魅力的な一本でした。