“Beatrice Cenci”


“Beatrice Cenci” (1969) Lucio Fulci
 ルチオ・フルチ監督の日本未公開映画、フランス盤DVD。

 映画の内容は、16世紀のイタリアで実際にあった事件。美少女ベアトリーチェ・チェンチは、暴君で知られる父親フランチェスコから監禁・凌辱され続け、ついに義母や兄や恋人と共謀して父親を殺害する。しかし、それが発覚。チェンチ家を取りつぶして財産を没収したい教皇庁の思惑も絡み、チェンチ一族は酷たらしい拷問の末、全員斬首されてしまう……っつー、神も仏もない話(でも実話)です。
 ルチオ・フルチって、グロくて汚いだけのホラーを撮る監督というイメージで、実はあんまりいいイメージがなかったんですが、この映画を見たら、少しイメージが変わりました。
 冒頭の移動撮影による、当時処刑場だったサンタンジェロ城周辺の描写、細かなカット割りと極端なクローズアップやパンフォーカスによる、処刑人がベアトリーチェを連行しにくるシーンの緊張感、フランチェスコ・チェンチが男を犬に喰い殺させるシーンの、激しく揺れる手持ちカメラの迫力……などなど、画面に驚くほど力がある。ちょっとビックリです。
 気になって調べてみたら、この”Beatrice Cenci”は、フルチにとって意欲作だったらしいですな。でも観客の反応はブーイングで、評価もされずに落ち込んじゃったらしい。画面のあちこちから、この映画にかける意気込みのようなものは、ひしひしと伝わってくるので、何だか気の毒な気がします。

 ただまあ、諸手を挙げて絶賛というわけでもなく、例えば前述のパンフォーカスが多用されるんですが、厳密にはパンフォーカスではなくって、画面の左右をそれぞれマスク分けしたもの(こういう技法って、何て言うんでしょ?)。だから、マスクの境目にまたがったオブジェクトは、左右でいきなりフォーカスが変わっちゃうので(例えば、人の顔と胸にはピントが合ってるのに、肩だけボケる、みたいな感じになる)、かなり不自然さが気になる。凝っているわりには、感覚が雑。
 あと、過去と現在と時制をカットバックしながらモノガタリが進行していくスタイルなんですが、ちょっと捌ききれていなくて混乱している印象もあり。ただ、これはイタリア語の鑑賞だったので、私が内容を把握しきれていないだけかも知れません。でも、ベアトリーチェの置かれた状況の悲惨さとか、殺人にいたるまで追いつめられていく様子とかは、正直あんまり伝わってこなかったなぁ。

 しかし、映画全体に漂っている「しょせん人の世なんて醜くて汚いんだよ」とでも言わんばかりの、何とも言えない不潔感と厭世観は良かった。これだけでも、前述した不満点を凌駕する価値ありです。
 前述した、犬に人を食い殺させるとか、あるいは拷問シーンなんかに、そういったエグ味があるのは、まあ当然と言えば当然なんですが、この映画の場合、そういったもの以外のちょっとしたシーンでも、ほぼまんべんなく同じグロテスクな雰囲気がある。
 例えば食事のシーンでは、他者の肉を喰らう「欲」としての食欲が露悪的に強調されているような感じだし、裁判官(かな?)が話し合っているシーンとかでも、変に密閉感のある暗い部屋で、しかも汗がだらだら流れてたり。男女共にヌードシーンも多々あるんですが、これまた裸体の美しさなんて微塵もなく、あえて醜悪に撮っている感じ。…まぁこれに関しては、私はヘンタイなので、そういった醜悪な裸体でも、「う、これはけっこうエロいぞ」なんて、別種の美を感じますけど(笑)。
 中でも特に気に入ったのは、被虐者が無惨な拷問を受けている横で、それを大した興味もなさそうに眺めながら、鶏の脚か何かをムシャムシャ食っているヤツがいるあたり。この発想の悪趣味さと凶悪さは、かなりポイント高いです。
 まあ、そんなこんなで、汚穢の美学みたいなものが全体に漂っていて、そういうのが好きな人だったら、けっこうツボな内容だと思いますよ。

 ベアトリーチェ役のアドリエンヌ・ラルッサは、小さな顔に細い顎と大きな目玉に、なんだか神経症的な魅力がある、なかなかの美人です。ホラーやサスペンス映えしそうなお顔。ただ、悲劇のヒロインとして感情移入するには、いまいち清純さや悲劇性には欠けるかも。
 暴君フランチェスコ・チェンチ役のジョルジュ・ウィルソンは、これは秀逸。恰幅のいい身体に、目つきに凄みがある髭面で、好色や強欲でギラギラしている悪漢としての、説得力も魅力もある。ヒゲ熊オヤジ好きには、全裸水浴びシーンのオマケ付き(笑)。
 ベアトリーチェの恋人オリンポ役は、トーマス・ミリアン。この人、私けっこう好きでしてねぇ。基本的な顔立ちはハンサムなんだけど、ギラギラして薄汚れているのが似合う系だし、しかも映画ごとに、例えば『情け無用のジャンゴ』の被虐エロスとか、『走れ、男、走れ』のヘナチョコな可愛さとか、違った魅力を見せてくれる。あと、脱ぎっぷりや責められっぷりもいい(笑)。『情け無用のジャンゴ』の腰布一丁磔責めは、マイ・フェイバリットの一つだし、『走れ、男、走れ』でも、風車の羽に縛り付けられてグルグル回されたり、両手吊りで縛られて脱がされちゃったりしてます(笑)。今回はヒゲなしなのが残念だったけど、でもしっかり脱ぎ場と責め場はあり。……白状すると、私がこのDVDを買った最大の目当てって、このトーマス・ミリアンの拷問シーンだったんですけどね(笑)。

 DVDはフランス盤。ジャケ写からも感じが判ると思いますが、デジパックの外箱入りで、ルチオ・フルチの映画とは思えない高級感(笑)。音声は伊語と仏語、字幕は仏語のみ。スクイーズ収録のワイド。画質は佳良。特典映像で、フルチのドキュメンタリーやインタビューのオマケが、合わせて一時間少々。
 なかなか見応えのある映画なので、日本盤がでて欲しいけど、まあ望み薄でしょうなぁ。どうせなら、『マルペルチュイ』『怪奇な恋の物語』と併せて、「ヨーロッパ・カルト・ホラーBOX」とか銘打って出してくれると嬉しいんだけど(笑)。

 最後に、責め場情報。前述したように、トーマス・ミリアンの拷問シーンあり。
 まずは、拷問柱を背にしてバンザイ縛りで、引き延ばし責め。ロングありアップあり、被虐者の熱演に腕の関節部分に血筋が浮く等の効果もあって、単純な責めながら見応えあり。
 お次は、車輪縛りで焼き鏝責め。これまた、じっくりたっぷり見せてくれます。更に嬉しいのは、引き延ばし責めでは下半身着衣だったけど、焼き鏝責めでは服や下着ではなく、性器のみを布で覆ったスタイルになっているところ。片方の腰が丸ごと裸なのが、何ともエロティック。
 まあ、具体的にどんな感じかは、下の画像をご覧あれ。こんな感じで、マッチョ好きには物足りないでしょうけど、拷問シーンそのものの出来映えは、かなり良いですぞ。