投稿者「Gengoroh Tagame」のアーカイブ

“Pornogami”、他2冊

 私がたまに利用する、画集とかを取り扱っている海外書店で、Bud’s Art Booksってとこがあります。欲しい本が、amazon.comでは取り扱いや在庫がなかったりするとき、ここで見つかったりするので重宝しております。
 で、この本屋さん、今どき珍しく、一度購入するとその後定期的に、120ページもあるフルカラーのカタログを送ってきてくれます。毎回それが届くと、何か面白い画集や写真集はないかな〜、と、ペラペラ捲って探すのが楽しみなんですけど、数日前に届いたそれを見ていたら、思わず大笑いしてしまった本がありまして、それがこの本。

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“Pornogami: A Guide To The Ancient Art Of Paper-folding For Adults” by Master Sugoi
『ポルノガミ:大人のための古典折り紙技法ガイド』マスター・スゴイ著
 よーするに、折り紙でエッチなヤツをイロイロ作っちゃおうという、思わず「エロ紙」とかベタベタなことを言いたくなるシロモノなんですが、いやいや、日本の伝統的な折り紙が海外でブームになっているとか、聞いたことはありましたが、まさかこんな邪進化を遂げていたとは(笑)。著者名からしてチョーあやしい(笑)。
 興味本位で、pornogamiでググってみたら、画像動画も出てくるもんだから、「しょーもね〜っ!(笑)」と思いつつ、でも何か楽しげで、ほのぼのしちゃったり。

 カタログの同じページには、同様にくだらない(褒め言葉です)エロネタの本が幾つかあって、例えば“Naughty Dots”(エロい点々)っつー、白紙に打たれた点を順番通りに結んでいくと、エッチな絵が浮かびあがる(とはいえ、所詮は折れ線グラフで描いたみたいな絵だけど)本とか、“Where’s Dildo?”(ディルドをさがせ!)っつー、ページのどこかに隠れているハリガタを探すゲームとか、エッチな言葉のクロスワードとか、男女別々に描かれているシルエットで体位が合致するのを選ぶパズルとか、そんなゲームが100も載ってる本とかがありまして(笑)。
 まったく、どれもこれもくだらなくて(しつこいようですが、褒め言葉です)、実にヨロシイ(笑)。
 まあ、かといって本を買いたいかというと、流石にそれはちょっと微妙ですけど(笑)。
 でも、三冊とも日本のアマゾンにもあったので、興味のある方はどうぞ(笑)。
『ポルノガミ』
『エロい点々』
『ディルドをさがせ!』

最近聴いているCD

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“Magnificat; Victoria” Wojciech Kilar
 現代ポーランドの作曲家、ヴォイチェフ・キラールの、声楽付き管弦楽曲二曲をカップリング。
 メインを占めるのは七部からなる大曲「マニフィカ〜独唱と合唱とオーケストラのための」(2006)。同作曲者の似た構成の楽曲「ミサ・プロ・パーチェ(平和のためのミサ)」(1999)と比較すると、トラジックな重厚さが控えめになって、清浄感や祝祭的な高揚感が前面に出ている印象。
 第一曲からして、まるで「さあさあ、始まり始まり〜」と言わんばかりの金管のファンファーレに続き、低弦の反復がクレッシェンドしていき、ティンパニが打ち鳴らされて、リタルダンドした後、満を持して合唱の登場……という明快さ。
 かと思えば、ストリングスにソプラノの独唱をフィーチャーした二曲目や、グレゴリオ聖歌風のモノフォニーから始まり、次第に声部が増え、やがて再びストリングスとソプラノの独唱が加わる三曲目は、まんま癒し系のオムニバスCDに入ってても違和感なさそうな美曲。
 他にも、オーケストラによる力強い反復に、バスの独唱が朗々と響く四曲目、金管のスタッカートとティンパニによるカッコイイ導入、緩急を効かせた混声合唱による高揚感が印象的な五曲目、民族風の旋律の反復をバックに、ソプラノとテノールとバスの掛け合いを聴かせる六曲目、バロック風な旋律を、いかにもな金管のファンファーレから、不協和音を伴う現代風のストリングス、古楽風の声楽……などなど、次々と展開していき、シンプルで力強い高揚感を経て、敬虔な清浄感で幕を引く終曲……と、キラールを聴く面白みを堪能しました。
 カップリング曲「ヴィクトリア〜混声合唱とオーケストラのための」(1983)は、NAXOSから出ている『合唱曲と管弦楽曲集』にも収録されています。4分足らずの小品ながら、ハッタリの効きまくったイントロ、問答無用でグイグイ盛り上げる展開、期待を裏切らない大仰な終わり方……と、これまたタマリマセンな一曲。
“Kilar: Magnificat; Victoria”(amazon.co.jp)

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“Epics: The History of the World According to Hollywood” Omnibus
 今昔のハリウッド史劇映画の音楽あれこれを、たっぷり56曲収録した、4枚組オムニバスCD。ただしサントラではなく、プラハ市交響楽団の演奏によるもの。
 もちろん、古くはミクロス・ローザの『ベン・ハー』やエルマー・バーンスタインの『十戒」、アレックス・ノースの『クレオパトラ』やモーリス・ジャールの『アラビアのロレンス』、最近のではヴァンゲリスの『アレキサンダー』やハンス・ジマーの『グラディエーター』やジェームズ・ホーナーの『ブレイブハート』なんて、有名どころも入ってるんですけど、個人的には、マノス・ハジダキスの『スパルタ総攻撃』とか、フランツ・ワックスマンの『隊長ブーリバ』とかいった、好きなんだけどサントラを持っていないのが入っているのが嬉しかった。
 というわけで、ちょっと長くなりますけど、興味のある方へのご参考までに、全収録曲のリストを。
 因みにCDでは、映画の舞台となっている年代順に、曲が収録されているという構成になっているので、以下のリストもその並びで。カナ表記は、allcinema onlineに準拠。
 前述の曲数よりリストの数が少ないのは、同じ映画から複数曲が収録されているものがあるため。
紀元前1万年(ハラルド・クローサー)
十戒(エルマー・バーンスタイン)
アレキサンダー(ヴァンゲリス)
ソドムとゴモラ(ミクロス・ローザ)
スパルタ総攻撃(マノス・ハジダキス)
トロイ(ジェームズ・ホーナー)
クォ・ヴァディス(ミクロス・ローザ)
聖衣(アルフレッド・ニューマン)
ディミトリアスと闘士(フランツ・ワックスマン)
クレオパトラ(アレックス・ノース)
アンソニーとクレオパトラ(ジョン・スコット)
グラディエーター(ハンス・ジマー)
マサダ(ジェリー・ゴールドスミス)
スパルタカス(アレックス・ノース)
ローマ帝国の滅亡(ディミトリ・ティオムキン)
偉大な生涯の物語(アルフレッド・ニューマン)
ナザレのイエス(モーリス・ジャール)
ベン・ハー(ミクロス・ローザ)
銀の盃(フランツ・ワックスマン)
パッション(ジョン・デブニー)
大将軍(ジェローム・モロス)
エル・シド(ミクロス・ローザ)
バイキング(マリオ・ナシンベーネ)
グレート・ウォリアーズ 欲望の剣(ベイジル・ポールドゥリス)
最後の谷(ジョン・バリー)
炎と剣(フランツ・ワックスマン)
隊長ブーリバ(フランツ・ワックスマン)
シー・ホーク(エリック・ウォルフガング・コーンゴールド)
真紅の盗賊(リチャード・アディンセル)……これ、IMDbやallcinema onlineだと、音楽はウィリアム・オルウィンになってるんだけど?
パイレーツ・オブ・カリビアン(クラウス・バデルト)
海賊ブラッド(エリック・ウォルフガング・コーンゴールド)
冬のライオン(ジョン・バリー)
ヘンリー五世(パトリック・ドイル)……ケネス・ブラナー版
ヘンリー五世(ウィリアム・ウォルトン)……ローレンス・オリヴィエ版
クイン・メリー 愛と悲しみの生涯(ジョン・バリー)
エクスカリバー(カール・オルフ)……これ、ちょっと反則(笑)。
女王エリザベス(エリック・ウォルフガング・コーンゴールド)
トゥルーナイト(ジェリー・ゴールドスミス)
ロビン・フッドの冒険(エリック・ウォルフガング・コーンゴールド)
ブレイブハート(ジェームズ・ホーナー)
戦艦バウンティ(ブロニスラウ・ケイパー)
1492・コロンブス(ヴァンゲリス)
征服への道(アルフレッド・ニューマン)
ミッション(エンリオ・モリコーネ)
アラモ(ディミトリ・ティオムキン)……ジョン・ウェイン版
進め龍騎兵(マックス・スタイナー)
アラビアのロレンス(モーリス・ジャール)
ズール戦争(ジョン・バリー)
ラスト・サムライ(ハンス・ジマー)
栄光への脱出(アーネスト・ゴールド)
“Epics: The History of the World According to Hollywood” (amazon.co.jp)

Rainbow Arts 2009

 ご案内をいただいたので、ご紹介します。
 毎年恒例のLGBTのアーティストたちによるグループ展、Rainbow Artsが、本日25日より新宿で始まります。今年で早くも10回目の開催になるそうです。
 お近くにおいでの際は、ぜひお立ち寄りください。
Rainbow Arts 10th Exhibition 2009
日時:2009年7月25日(土)〜8月1日(土)
   7月25日(土) 16:00〜20:00(オープニングパーティー)
   26日(日)〜31日(金) 10:00〜20:00
   8月1日(日) 10:00〜17:00(クロージングパーティー)
会場:全労済ホール スペース・ゼロ(新宿区)
   〒151-0053
   東京都渋谷区代々木2-12-10全労済会館B1
  (TEL 03-3375-8741)
入場料:無料
http://www.rainbowarts.info/

ちょっと宣伝、イギリスで出版された世界のエロティック・コミックスの本

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“Erotic Comics: vol. 2: From the 1970s to the Present Day” Tim Pilcher
 去年、イギリスのジャーナリストだというティム・ピルチャーから取材を受けたんですが、それが無事に出版されたということで、謹呈本が届きました。
 う〜ん、これも1月には出ていたものが、送られてきたのは半年遅れ……まあ、ちゃんと送ってきただけマシか(笑)。
「エロティック・コミックス グラフィック・ヒストリー vol.2 70年代から現在まで」という本で、版元はILEXというイギリスの出版社。デジタル・ペイントのHOW TO本やDTPなどの素材集、ポップ・カルチャーのアート・ブックなんかを出している会社のようで、カタログにはタトゥーのクリップアート集(CD-ROM付き)なんてのもあって、これはちょっと欲しいかも(笑)。ってか、表紙の男が好み(笑)。

 で、この「エロティック・コミックス vol.2」は、ポップ・カルチャーのガイド的なアート・ブックです。
 内容は、「USAのポルノ」「ゲイ&レスビアン・コミックス」「ヨーロピアン・エロティック」「乳首と触手:日本の実験」「オンライン・コミックス」という五つの章に分かれており、私の作品は「日本の実験」の章に数点掲載されています。
 英語のコミックスを中心に、それにヨーロッパの作家などを加えた、全ページフルカラー、大きな図版をふんだんに使って、様々なエロティック・コミックを紹介する内容。
 収録作家は、私も知ってるメジャーどころだと、まず序文からしてアラン・ムーアだったりします。因みに、著者のピルチャー氏とやりとりしていたとき、ちょうどその話が決まって、大コーフンしてるメールを貰ったのを、良く覚えてます(笑)。
 ロバート・クラムも載ってますし、アラン・ムーア&メリンダ・ゲビーの『Lost Girls』、サイモン・ビズレーの描いたエロ絵なんてのもある。
 エロティック・コミックの大御所では、私が勝手に「お尻の神様」と呼んでいる、イタリアのパオロ・セルピエリ。とにかく、女性のお尻を描かせれば天下一品なアーティストなんですが、実は男の肉体やチ○コも激ウマで、嬉しいことにアナル・ファックされている男の絵なんてのも描いてくれるので、私も二冊ほど画集やコミック本を所有しています。
 ゲイ系では、トム・オブ・フィンランド、パトリック・フィリオン、ラルフ・コーニッヒ、ハワード・クルーズ、雑誌『Gay Comix』や『Meatmen』の作家たち、などなど。レスビアン・コミックスが幾つか見られたのも収穫。
 他にも、個人的に気に入ったものを幾つか列挙しますと、『ロケッティア』のデイブ・スティーブンスが描くベティ・ペイジや、マーヴェルものとかを手掛けているフランク・チョーのエロティック・コミックスは、流石の洗練された描線が魅力。
『Cherry』や『Omaha, the Cat Dancer』といった、カートゥーン系のエロティック・コミックスも、日本では見られないタイプなので、なかなか新鮮。特に、デフォルメはカートゥーン系なんだけど、塗りがコテコテなので何とも言えない「濃さ」がある、『SQP』という70年代の本なんて、実にヨロシイ。
 日本の肉弾エロ劇画みたいな画風の『Faust』や、表紙デザインもカッコよければ中の絵もカッコいい『Black Kiss』は、入手可能なんだったら、ぜひ本を買いたいところ。他にも、アメリカのオルタナティブ・コミックとかイギリスのアンダーグラウンド・コミックとか、面白い絵が多々あります。
 ただ、日本に関しての章は、正直、ちょっとアレだな〜、と思う部分アリ。それに関しては、まとめて後述します。

 版形は、LPジャケット・サイズのハードカバー。ページ数は190ページ強。前述したように、全ページフルカラーで、紙質や印刷も上等。
 幸い、日本のアマゾンで購入可能です。ポップ・カルチャー、エロティック・カルチャー、サブカルチャーなんかに興味のある方だったら、問答無用に楽しめるはずなので、そういう方にはオススメです。私の絵も、無修正でドカ〜ンと載ってますんで(笑)。
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“Erotic Comics: vol. 2: From the 1970s to the Present Day”(amazon.co.jp)
表紙違いのアメリカ版もあるみたい。
 先日紹介した、『エロスの原風景』と御一緒に、いかがでしょう?

 では、前述した、ちょっとアレな日本に関する章について。
 まず気になったのは、私の絵は「SHONEN-AI」と「YAOI」の章で使われていていて、それ自体、ちょっとどうよと思うんですが、更に困ったことに、この二つの章に掲載されている図版が、私の絵以外は「小説June」の表紙画像だけ。
 ただ、これに関しては、筆者のピルチャー氏が、やおいとゲイを混同している、というわけではなかったりします。
 じっさいテキストを読むと、例えば「SHONEN-AI」の章では、SHONEN-AIというジャンルは少女マンガのフォーマット内のもので、竹宮惠子の『風と木の詩』に端を発し、青池保子の『エロイカより愛をこめて』や吉田秋生の『BANANA FISH』が生まれたが、今日ではその言葉は既に廃れており、Boy’s Loveという言葉にとってかわられた、と説明したうえで、そのBoy’s Loveには、かつてのSHONEN-AIの要素が含まれるが、ロマンスだけではなくセックスの要素も含まれており、それがYAOIである、などと続けられる。
 そして、次の「YAOI」の章では、こちらもまたBoy’s LoveあるいはBLの源流を、雑誌「June」のmale/male “tanbi” romanceとして、それが「ヤマなし、オチなし、イミなし」の同人誌文化との相互作用を経て、「性的にも直截的なホモセクシュアル・ストーリー」という、現在の形になったとしているので、こうした説明は、決して間違っていないと思う。
 また、私の図版についているキャプションを見ると、私がカバー絵を描いたアンソロジー『爆男』を、ちゃんと「ゲイ・コミック」と明示しているし、拙作『雄心〜ウィルトゥース』を、「ゲイ・コミックとやおいコミックの中間に位置するもの」と解説しているので、これまた正確(ま、これは私本人に取材しているんだから、当たり前なんだけど)。
 一方、やおい寄りの視点からも、本文中には、「ボーイズラブのマーケットは女性や少女をターゲットにしているが、一部のゲイやバイセクシュアルの男性にも読まれている」とした上で、「こだか和麻のような日本のBLマンガ家たちは、西洋の読者に自分たちの作品を説明する際、ゲイではなくやおいなのだと、慎重に区別している」と書いてある。
 というわけで、テキストをちゃんと読めば、筆者はちゃんと、ゲイマンガとやおいマンガを、混同していないということが判るんですけど、でも、だからといって、この二章の図版が、ほぼ私の絵だけだってのは……誤解も生みそうだし、私自身、居心地が悪い(笑)。
 私のところにきた取材も、ゲイマンガ家としてでしたし、質問内容もそういうものだったんですけどねぇ……。
 やおいマンガに関しては正確な論考があるのに、ゲイマンガに関する章はなく、なのに私の絵だけが載ってるってのは、ちょっとモヤモヤ。
 ひょっとすると、権利関係の問題なのかもしれませんね。図版の使用許可をとれるところが、見つけられなかったのかも。
 ピルチャー氏は日本語ができないっぽいし(少なくとも、私とのやりとりは、全て英語でした)、彼に限らず、海外の出版社なりジャーナリストなりが、作家とコンタクトをとりたくて、あるいは、何らかの権利関係をクリアにしたくて、日本の作家やマイナー系出版社に英語でメールを出したんだけど、返事が来ない、みたいな話は、私も何度か耳にしたことがあります。
 ただ「YAOI」の章には、YAOIは既に西洋でも広く知られており、2001年にはサンフランシスコでYAOI-Conも開かれ、出版する会社もここ数年で増えた……なんて書いてあるんだから、海外ルートからでも何とでもなりそうなのに。
 それ以外でも、日本のエロティック・コミックに関しては、前述したようなテキストと図版の齟齬が目立ち、例えば、「LOLICON」の章なんかも、テキスト部分には吾妻ひでおの『海からきた機械』や同人誌「シベール」、内山亜紀、藤原カムイ、雑誌「レモン・ピープル」なんて名前が見られるのに、図版は水野純子の作品や、アメリカで出版された、昆童虫の『ボンデージフェアリーズ』や、唯登詩樹の単行本の書影だけ。
 まあ、ここいらへんは出版コード的に、内山亜紀とかを載せるのが、難しいせいかも知れませんが。
 他に図版で見られるのは、天竺浪人、ふくしま政美、士郎正宗、大暮維人、うたたねひろゆき、玉置勉強、などなど。
 テキストでは、前述したようなモチーフ的な特異性以外にも、日本の出版におけるセンサーシップについて等も書かれており、「松文館裁判」の件が詳細に紹介されていたりします。

“Archetype: The Art of Timothy Bradstreet”

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 最近買った画集、その3。
 やはりアメコミのカバー画や、映画のポスター等のイラストレーションを描いている、ティモシー・ブラッドストリートの画集。どうやら第二画集らしいです。
 この人は、先日のジョー・ジャスコや先々日のボブ・ラーキンとは異なり、もっと若い世代で、絵の雰囲気もぐっと今様です。因みに、ラーキンが1949年生まれ、ジャスコが59年生まれなのに対して、このブラッドストリートは67年生まれ。……うわ、私より年下じゃん(笑)。
 収録作品は、アメコミ「ヘルブレイザー」(これの映画化が『コンスタンティン』)や「パニッシャー」のカバー画(私がこの人の絵を意識したのも、ここいらへんから)、良く判らないけどゲームか何かのヴィジュアル、映画『ブレイド2』(ギレルモ・デル・トロ監督)や『パニッシャー』(トーマス・ジェーン版)のビジュアル、エディトリアル用らしき『ノスフェラトゥ』(ヴェルナー・ヘルツォーク版)、『13日の金曜日』のジェイソン、『悪魔のいけにえ』のレザーフェイス、等々が掲載されています。
 それ以外にも、デジタル彩色作品に関しては、彩色済みのものとオリジナルのモノクロ線画が両方載っていたり、作画資料用の写真、サムネイルやラフスケッチ、コミックスからの数ページなんかも載ってます。
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 とにかく、画面をカッコヨク見せることに長けている人で、明暗構成の妙技と構図の緊張感はバツグン。ポーズの切り取り方とかは、さほどエッジなことはやっていない(というか、逆にシンプルなものが多い)んですが、それを画面構成だけで、問答無用のカッコヨサに仕上げるセンスは、本当にスゴイ。
 基本的に、コントラストの効いた白黒のペン画に、淡彩で彩色していくパターンで、彩色者は別の人(主にグラント・ゴレアシュという人のよう)の場合もあるんですが、油絵(これがまた、めちゃくちゃフォトリアル)やペンシル・ドローイングなんかも、ちょっとあり。
 ただ、私の趣味から言うと、モノクロのペン画や、それに水彩やカラーインクで淡彩を施したものは、文句なしに好きなんですが、デジタル彩色で、しかもかなりコッテリと色を乗せているものに関しては、質感が余りに写真に近すぎて、「これだったら写真を加工したものでいいんじゃないかなぁ……」という感じを受けてしまい、絵としての面白みには、ちょっと欠けるような気はします。
 とはいえ、全体に通じるダークなテイストとは、やっぱ「カッコイイなあ」と思いますけど。

 画集としては、先日の“The Art of Joe Jusko”と同じ版元なので、造本や大きさ、ページ数なども、ほぼ一緒。大判のハードカバーで、頑丈な造りの好画集です。
 テキストは、マット・スターンの前書き、ジム・ステランコの序文、充実したバイオグラフィー(ここにフランク・フラゼッタやバーニー・ライトソンのペン画が載っていて、ハイコントラストなペン画のルーツが判る感じでした)、の他、ページのあちこちに、ギレルモ・デル・トロ、トーマス・ジェーン、ゲイル・アン・ハード、バーニー・ライトソン、ゲイリー・ジャンニ、等々、映画界やイラスト業界の著名人のコメントなんかが載ってます。
“Archetype: The Art of Timothy Bradstreet”(amazon.co.jp)
 これは何故か、日本のアマゾンにもちゃんと在庫があって、しかも割引中。ジョー・ジャスコの画集と同じ版元なのに、どういうわけだろう、この違いは。
 因みに、これと同じ本で値段が倍近くするやつがありますが(これ)、これは「Sgd Ltd版」という表記があるので、おそらくサイン入りの限定版ではないかと。

ちょっと宣伝、人間家畜マンガ描きました

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 21日発売のゲイ雑誌「バディ」9月号に、新作マンガ掲載です。
 タイトルは『人畜無骸(前編)』。「じんちくむがい」と読みます。……駄洒落じゃん(笑)。「前編」とあるように、全三話の予定。
 内容は……え〜、ちょっとヘンな話です。人類が、異種族によって家畜にされている世界の話。
 個人的には、こーゆーのは好きな妄想ですし、このテが好きな方というのも、そこそこお目にかかったりはするんですけど……一般的にはどうなのかなぁ。「ドワーフ」だの「獣人」だのが出てくるだけで、拒否反応を起こす方もおられるだろうし(笑)。
 まあ、ファンタジーっちゃあファンタジーなんですけど、ちょっと思うところあって、設定を完全に西部劇風に描いています。だから、ファンタジー好きって人の趣味とも、ちょっと違うような気がする。これで、貴重なマニア層の票も、獲りそびれてしまうかも(笑)。
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 今のところ、早売りの雑誌を読んだ方からの良い反応が、ちょくちょく入ってきています。普通、ここまでスピーディな反応は、あんまりないんですけどね。
 これは、マニアックなネタゆえの強さでしょうね。海外のファンからも、「こーゆーの待ってました!」という声があるし。
 ただ、ウチの相棒なんかは、このテの素質がないというか免疫がないというか(笑)、そーゆー系統の普通人なので、消しゴムかけしてくれたときも、反応はサッパリでした(笑)。脱糞シーンで喜んだくらい(笑)。
 で、おそらく世間にはそーゆー「普通」の人の方が多いと思うんで(笑)、マニアの同志でマンガが気に入った方は、ぜひアンケート葉書を出してくださいな。「バディ」さんのアンケート葉書は、郵便代もいらないんで。
Badi (バディ) 2009年 09月号(amazon.co.jp)
 では、来月号の中編もお楽しみに。

“The Art of Joe Jusko”

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 最近買った画集、その2。
紹昨日介したボブ・ラーキン同様、アメコミのカバー画などを描いてきた、ジョー・ジャスコの画集。
 経歴を見ると、ちょっと変わった人で、マーヴェルやエピック・マガジンなどでイラストレーションを描いていたかと思うと、その後ポリス・アカデミーに入学して、NYPDの警察官になったりしています。数年後、アートへの情熱が戻ったとかで、警察官からアーティストに復帰はしたようですけど。
 またまた、表紙はご覧のようなセクシーねーちゃん(&シム・シメールみたいなホワイト・タイガー)ですが、中身は、半分くらいは裸のマッチョ絵、それも、ボブ・ラーキン以上に暑苦し〜い野郎絵……ってなパターンです(笑)。

 収録作品は、やはりボブ・ラーキン同様にアメコミ版コナン”The Savage Sword of Conan”のカバー・イラストレーションや、様々なアメコミ・ヒーローの他、エドガー・ライス・バローズのターザン・シリーズのドイツ語版表紙絵(私が初めてこの人の絵を意識したのは、これでした)、同じくバローズの火星シリーズのイラストレーション、セクシーねーちゃん系だとヴァンピレラにシーナにララ・クロフト、はたまたWWFのプロレス関係のイラストレーションなんてのもあります。
 また、下絵やラフスケッチもあれば、古いものではアマチュア時代の未発表作まで掲載されているので、このアーティストの全画業を俯瞰できるような内容になっています。
 巻末には、簡単なHOW TO DRAWページまで付いていて、これは絵描きにとっては興味深く見られるはず。

 画風は、これまたボブ・ラーキン同様、コテコテのアメリカン・リアリズム。
 リアリズム的な上手さという点ではラーキンには及びませんが、細密画的な細部の描き込みとか、後述する筋肉描写への独特なこだわりなどによって、パルプ系のリアル・イラストレーションには余り見られない「アク」があるので、それが独特な個性になっているという特徴があります。原色を多用した、時として毒々しいまでの色彩感覚も、その「アク」を強めている感じ。
 さて、その筋肉描写ですが、サンプルをご覧いただければ一目瞭然のように、あからさまにボディビルダーのそれを指向しています。筋肉の張りや血管の浮きから、作品によってはポーズから肌ツヤにいたるまで、コンテストに出ているのボディービルダーか、ボディービル雑誌に掲載されているようなトレーニング風景の写真みたい(左下の作品なんかその典型)。
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 まあ、マッチョを描く人なら、多かれ少なかれボディービルは参考にするでしょうけど、ここまでボディービルボディービルしている人は、ファンタジー・アート系ではちょっと珍しいかも。かなりフェティッシュというか、マニアックな香りすらします。
 個人的な感覚で言えば、例えばターザンがここまでボディービルダーなのは、ちょっとどうかという気もするんですが、それでも、この徹底したこだわりと描き込み具合には、問答無用の強さと迫力は感じます。ボディービル系のマッスル・マニアの人だったら、なおさらタマラナイ魅力を感じられるかも。

 版形はA4強の大判。ハードカバーの立派な造本で、ページ数も330ページ近くとヴォリュームたっぷり。もちろん、全ページフルカラー。
 テキストも、詳細なバイオグラフィとか作品解説とか、ふんだんに入っています。造本は頑丈だし、印刷も高品質なので、画集としてはわりと理想的な作りかと。その分、お値段もそれなりですが。
“The Art of Joe Jusko”(amazon.co.jp)
 これまた、何故か日本のアマゾンだとマーケット・プレイスしか出ていませんが、アメリカのアマゾンには在庫があるので、送料さえ気にしなければ、ボブ・ラーキンの画集と一緒に注文するってのもアリかも。

“The Savage Art of Bob Larkin (Volume One)”

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 最近買った画集、その1。
 アメコミのカバー画などを描いてきたアーティスト、ボブ・ラーキンの画集。米ウィキペディアによると、どうやら主にマーヴェルで仕事をしていた方のようですね。
 表紙はご覧のようなセクシーねーちゃんですが、中身は下にあるサンプルでお判りのように、半裸のマッチョや暑苦しい野郎どもばっかです。
 前にここここで書いた、コナンのアメコミ”The Savage Sword of Conan”のカバー・イラストレーションや、ドク・サヴェイジ、パニッシャー、ハルク、スター・トレック、スター・ウォーズから、聖書ネタ、西部劇ネタ、ヴェトナム戦争ネタまで幅広く収録。
 この出版社、女性のセクシー・ピンナップ画集ばっか出してるトコなので、表紙だけで中身を確かめずに買ったアメリカのスケベ野郎どもが、ページを開いて激怒しないか、他人事ながら心配になってしまう、そのくらい男絵ばっかだった(笑)。

 画風としては、コテコテのアメリカン・リアリズム、パルプ風味。
 特に目立った個性はないタイプの絵ですが、とにかくリアリズム的に達者なので、それ系が好きな人だったら、文句なく楽しめるはず。作品ごとに出来不出来もなく、職人芸的なイラストレーションを堪能できます。
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 強いて言うなら、いかんせん画風がクラシカルなリアリズムなので、原色使いの奇抜なコスチュームのアメコミ・ヒーロー系は、ちょっと収まりが悪い感じがする程度。あと、パルプ系の色彩感覚(乱暴に説明すると、ちょっとケバくてドギつい感じ)が、私はそーゆーのも大好きなんだけど、苦手な方もおられるかも。

 画集としては簡素な造りで、サイズはA4強の大判ですが、ソフトカバーで、ページ数も64ページと少なめ。
 テキストも、序文(ジョー・ジャスコ)と後書き(アレックス・ロス)のみで、バイオグラフィーすらないのには、ちとビックリ。
 反面、絵は誌面をフルに使って、ページ1〜4点の割合でふんだんに入っているので、薄さのわりには、満足感はけっこうあります
 高級感はないけれど、画集としては、決して悪くないという感じ。
“The Savage Art of Bob Larkin, Volume One”(amazon.co.jp)
 いちおう日本のアマゾンでも扱っていますが、現状マーケット・プレイスのみ。約20ドルの本なのに、5000円以上ふっかけている業者もあるので、要注意。
 アメリカのアマゾンだと、在庫アリなんだけどなぁ……。

 この画集の序文を書いている、同傾向のイラストレーター、ジョー・ジャスコの画集も、最近購入したので、近日中に紹介記事をアップ予定。
 お楽しみに(笑)。

“Madad” Mohamed Mounir

 一昨日からエジプトつながりで、私が大好きなエジプトのポップスのミュージック・ビデオを、YouTubeで見つけたのでご紹介。
 エジプトのベテラン歌手モハメッド・ムニールが、9.11の翌年、2002年に発表した、”Earth…Peace”というアルバムの一曲目で、世界平和を訴えるメッセージ・ソング(反戦歌でもあるので、プロテスト・ソングといった方がいいのかな?)です。
 モハメッド・ムニールは、1954年生まれのヌビア系エジプト人歌手。オフィシャル・サイトはこちら
 80年代末にワールド・ミュージック・ブームに乗って『オー・ババ』という日本盤が発売されたことがあるので、ご記憶の方もおられるかも。他の日本での紹介例は、日本公開されDVDも出ていた(現在は廃盤)ユーセフ・シャヒーン監督のエジプト映画『炎のアンダルシア』くらいなのかな。これに俳優として出演しており、劇中で歌も披露していました。
 正直、私もそんなにたくさん彼の歌を聴いているわけではないんですが、今様のエジプトのポップスと、ヌビア音楽の要素が混じり、更にエレクトロニクスとかも積極に取り入れた(確か、ドイツのエレクトロニクス系ワールド・ミュージックの、ディシデンテンとも繋がりがあったんじゃなかったっけか)、楽しくてダンサブルなポップ・ミュージックを演る人……というイメージでした。
 そんなわけでしたから、件のアルバム”Earth…Peace”を、たまに利用しているアラブ音楽の通販サイトで見つけて、この一曲目”Madad”を試聴したとき、えらくビックリしました。
 私の抱いていたイメージとは全く違う、ゆったりとした雄大な曲調。もちろん、ムニールの声は素晴らしいんですが、それに加えて、凝ったアレンジと感動的な展開。もうイッパツで魅せられてしまい、即CDを注文しました。
 届いてみると歌詞の英訳がついていて(YouTube映像にも、小さくて読みづらいけど、英語字幕が付いています)、それでメッセージ・ソング(宗教歌でもあります)だというのが判ったんですが、読みながら聞いていたら、また泣けちゃってねぇ……。
 というわけで、よく「埋もれた名曲」だの「誰も知らない泣ける曲」だのという言葉を聞きますが、私にとってこの”Madad”は、まさにそんな曲。
 映像版を見たのは、私もYouTubeが初めてなんですが、皆様にもお楽しみいただければ、と。

 アルバム”Earth…Peace”は、amazon.co.jpでは廃盤らしくプレミア値が付いちゃってますが、HMVオフィス・サンビーニャから購入可能のようです。

ちょっと気になる『MW』の話

 手塚治虫原作の映画『MW』が現在公開中だそうな。
 映画そのものについては、プロットから同性愛の部分が完全にカットされたと知った段階で、興味ナシになってしまったので、映画そのものは未見です。ですからこの文章は、映画の内容を論じたものではありません。
 ただ、主人公二人が同性愛の関係にあるかという設定が、なぜ映画では排除されたのかという、その理由について、ちょっと気になる記事を読んだものだから、自分の考えを書いておこうと思った次第。

 その記事とは、こちら。
 週刊シネママガジン/玉木宏の同性愛描写、事務所はOKしていた 
 これによると、

 松橋プロデューサーは(中略)、出資者側から「ホモの部分を出すんだったら金は出せないよ」と言われてやむなく同性愛の描写ができなくなったことを明かした。
 実は玉木宏も山田孝之も、事務所側は同性愛の描写をOKしていた。岩本監督も撮影中は玉木と山田にホモを演じるように毎日のように話していたという。

 ……という事情があったんだそうな。
 う〜ん、作り手(プロデューサーや監督)も演じ手(俳優や所属事務所)も、原作と同じく、同性愛を映画の主要なモチーフとして取り上げたい気持ちがあったのに、出資者がそれを阻害した……ってのは、こりゃかなり根深い問題のような気がする。
 それに加えて、ここにはもっと深刻な問題も潜んでいる。これについては、後ほど詳述します。

 まず、なぜ「ホモの部分を出すんだったら金は出せない」という発想が出てくるのか。
 金にならない、という理由は考えにくい。日本でゲイ・マーケットを期待するのは、以前この記事の後半部分で論じたように、残念ながらあまり現実的ではないが、しかに日本にはゲイ・マーケットより遥かに大きい、やおいとかボーイズラブとかいった、流行り言葉で言えば「腐女子」マーケットがあるのだ。
 じっさい、現在のようにBLというものがオーバーグラウンドな存在ではなかった時代でも、『魔界転生』の沢田研二と真田広之のキスシーンは、マイナスイメージどころか、逆に宣伝になっていたように記憶しているし、『戦場のメリークリスマス』も、またしかり。まあ、いくら腐女子というものは「火のないところに煙を立てる」のが好きなのであって、あからさまに「狙った」ものは逆に萎える(らしい)とはいえ、それでも当代人気の二枚目スターが同性愛のシーンを演じるのだったら、見てみたいという人は多いだろう。
 では、逆に「ホモが出てくる映画は見たくない」層というのが、問題視されるほど多いのか、ということを考えると、これはそもそも「マンガ作品の映画化」なので、取りざたすること自体がナンセンスだ。当然ターゲットとされるであろう、原作マンガのファンが、「同性愛描写があるから見に行かない」なんてワケはないのである。
 そんなことを考えていると、どうしてもこれは、同性愛を扱った映画に出資することが、スポンサーとなる企業にとってマイナスイメージになる、と考えているのではないか、と疑りたくなる。だとすれば、これは立派なホモフォビアである。

 そう仮定すると、ここには問題点が二つある。
 まず一つは、ホモフォビアの存在そのものである。これ自体が、充分にゲイに対して差別的ではあるのだが、まあ、心の中でそう思っているだけで、表出しないでいるのなら実害はない。私が自分で望むと望まざると関わらずゲイであるように、世の中には、とにかくナンダカワカラナイけどゲイが苦手って人がいたって、別に不思議はないかもな、とも思うし。
 ただ、その「表出」というのが、第二の問題点であり、これが前述した「もっと深刻な問題」。
 というのも、残念ながら日本社会においては、ホモフォビアの存在そのものもさることながら、それが表出するのを止めるというストッパーも、ほとんど機能していないように思われるからだ。
 いささか小さな例ではあるけど、例えば松沢呉一さんの記事で知った札幌ラヂオ放送のWikipediaというヤツ。相手を貶めるつもりで「同性愛」という用語を使い(つまりホモフォビアの存在が見られる)、それをパブリックな場で平然と発信する(つまりホモフォビアの表明に全く躊躇がない)、という、二つの姿勢が同時に見られます。
 ホモフォビアを表明することに躊躇いがない、ということから、もうちょっと視点を拡げて、ゲイに対する無知や不見識、あるいは、意識的にせよ無意識的にせよ差別的な言動に対して、そもそもの発言者も、それを伝播するメディアにも、全くストッパーが働いていない例として挙げたいのが、ジャーナリストの北丸雄二氏が「バディ」誌上に書いた記事。
 内容は、日本のテレビドラマで男同士のキスシーンだか何だかを演じた俳優の、記者会見での言動とマスコミのとりあげ方について批判したものでしたが、日本の社会では、こういったことが一般常識レベルでは全く機能していないという、実に判りやすい好例でした。確か、ネット上でも同趣旨の記事を読むことができたような気がしたので、ちょっと探してみたんですが、残念ながら見つけられませんでした。リンク貼りたかったんだけどな。

 つまり、何が言いたいかというと、ホモフォビアの存在も問題だが、それを平然と公言してしまう、ということが、社会通念的にまかりとおってしまう、というのは、もっと大問題なのではないか、ということです。
 自分のホモフォビアやゲイ差別的な姿勢を、宗教組織内や思想団体といったクローズドな場ではなく、パブリックな場で平気で表明するということは、まるで「自分は人種差別思想の持ち主だ!」と胸を張って言っているのに等しい、大いに恥ずべき行為だということが、日本社会の共通認識としては全く機能していない。
 で、ようやく話を戻しますけれど、つまり「ホモの部分を出すんだったら金は出せないよ」という発言は、ホモフォビアの所産ではないかと疑われると同時に、それが問題視されずに平然とまかり通っているのなら、その状況自体が更に大問題だ、ということです。
 本来ならば、そんなことをすれば、それこそ企業のパブリック・イメージを損なうのが、社会のあるべき姿だというのに、現状ではそうはなっていない。それどころか、報道もそれを問題発言として取り上げていない。
 つまり乱暴に言うと、このことからは、日本の社会では、「個人(や企業)がホモフォビアを持つ(表明する)こと」を、「社会も容認している(問題視しない)」という、二重のゲイ差別が伺われるわけです。病巣としては、かなり根深いと言わざるをえない。

 記事では、この出資者というのが何処の誰なのか、具体的には書かれていませんが、これははっきりと公表すべきでしょう。それくらい、問題視すべき発言だと思います。出資者なんだからデカい会社のエラい人なんでしょ? だったら、発言にはそれなりの責任を負ってしかるべきでしょう。
 少なくとも私は、そんなスタンスの会社とか、そんな発言を平気でする人を重役として重用するような会社には、ビタ一文、自分の金は落としたくはないからね。
 政治家の失言とかだけじゃなくて、こういう問題も叩けよな、マスコミ……と思うけど、その肝心なマスコミ自体が、前述したように「無知で差別的であることを恥じないどころか隠そうともしない」状況、更に言えば「何が問題であるかすら気付いていない」状態なわけですから、また堂々巡りになっちゃう。

 まあ、そんな状況下でも

「日頃たまってるうっぷんをこの場を借りて晴らさせてもらうと、出資者には同性愛の描写はありませんよといいながらも、暗喩するように描いているんです。体をタオルで拭いてあげる2人の関係がゲイじゃなくて何なんでしょうか」

 ……と、精一杯の抵抗を見せたらしいプロデューサー氏には、まあその人なりの想いがあるんだろうけれど、しかし、『セルロイド・クローゼット』に出てきた映画の時代じゃあるまいし、21世紀にもなって、今さら「同性愛」を「暗喩」で描いた映画なんて……ねぇ。
 それどころか、《明示されていた同性愛を暗喩に変えて描く》という行為自体が、実はゲイに対して差別的なことなのだ、という自覚は、果たしてあるのだろうか、という疑問が持ち上がってくる。いくら「本当は隠したくなかった」んだとしても、同性愛を「意図的に隠して」描いている以上、それは結果として、前近代的の差別的な同性愛の扱い方と、何ら変わりはないのだから。
 まあ、私も作家の端くれだから、クライアントの意向は大きいというのは判るし、愚痴りたくなる気持ちも判るけど、だったら「同性愛というプロットが排除されたのは、出資者の意向だった」と言った後、「描けなかったけど暗喩云々」と言い訳めいたことを言うのではなく、ただまっすぐに胸を張って「でも、この映画の主人公は、原作マンガと同様に、同性愛関係にあるんです」と言えばいいのに。
 ついでに、主演俳優の方々も一緒に、「僕たちの演じた役はゲイです」と言ってくだされば、もっとヨロシイ。それがスポンサーを怒らせちゃうんなら、そこであらためて議論するなり戦うなりすればいい。
 それが、同性愛者に対して誠実である、ということだと思いますよ。

 まあ、こういった問題の病巣の根深さを、メジャーなレベルで明らかにした、という功績はありますけれどね。
 しかし同時に、発言者も報道者も、多かれ少なかれ同じ病根を共有している、ということまで見えてしまったのが残念でした。
 とりあえず、Gay Life Japanさんの記事など、幾つか物議はかもしているようなので、これをきっかけに、社会全体レベルで少しでも前進してくれるといいんですが……。

 あ〜あ、せっかく昨日、エジプト展のことを書いたから、それつながりで、今日は大好きなエジプトの歌をYouTubeで見つけたので、それを紹介しようと思ってたのに……。
 ま、それは明日にします。久々に長い論考を書いて、疲れちゃった(笑)。