“Passion of Rumi” Shahram Nazeri + Hafez Nazeri
現在におけるペルシア古典声楽家ツートップの一人、シャハラーム・ナーゼリーが、息子ハーフェズ・ナーゼリーと共演したアルバム。
スーフィズムの詩人ルーミーの詩を元に、息子ハーフェズが作曲したもので、小編成のペルシア古典楽器によるアンサンブルの演奏に、父シャハラームの、繊細かつ情熱的な、美しくも力強い歌声が響き渡る。
ハーフェズは、アメリカで西洋クラシック音楽も学んだそうで、なるほど、確かに通常のペルシア古典音楽とは、ちょっと味わいが異なっています。曲調は緩急がはっきりしており、展開もドラマティック。そのせいかシャハラームの歌も、普段より更にエモーショナルな感じもします。
主題の変奏も聴き応えがあるし、西洋的な和声も取り入れられているので、ペルシア古典音楽はもとより、民族音楽全般に馴染みのない方でも、すんなり入り込めそう。神秘的で美しく、哀感を帯びながら情熱的で、ジャンルを問わず、音楽として実に素晴らしい。オススメです。
“Passion of Rumi” Shahram Nazeri + Hafez Nazeri (amazon.co.jp)
“The Art of The Piano” Morteza Mahjubi
1900年生まれのイラン人ピアニスト(1965年没)による、ペルシア古典音楽をピアノで演奏したアルバム。
ピアノが、微分音のある伝統的なペルシア音階(乱暴に言うと、ミとファの間に、もう一つ音があるってこと)に調律されているので、ペルシア音楽やアラブ音楽を聞き慣れない人には、かなり不思議に感じられるかも知れませんが、とにかく優美で美しい音楽。第二集も出ています。
録音が古いので、とうぜん音質もいささかこもり気味ですが、ノイズや歪みは皆無で、逆に、このくぐもったような柔らかさが心地良いくらい。ペルシア古典音楽好きにはもちろん、音響派とか現代音楽、アンビエント好きにもオススメ。
残念ながら、amazon.co.jpやHMVといった大手では、取り扱いがないみたいですが、日本国内で輸入販売しているところも幾つかあるようです。因みに私は、ここで購入。
あと、iTunes Storeでダウンロード購入も可能です。こちら。
“The High Kings” The High Kings
見事なコーラスワークを、アカペラとトラッド楽器のアンサンブルを取り混ぜて聴かせる、アイリッシュ・トラッド、男性4人組。
ケルト的な泣きのたっぷりあるスローバラード、ジグやリールなどの舞曲系、叙事詩的で壮大な曲など、選曲のバランスは申し分なく、演奏も、地味すぎず大仰すぎずといった感じで、実にバランスが良ろしい。
歌い方にグリークラブ的なお行儀の良さがあって、フォークロリックな荒さがないので、トラッドにあまり馴染みのない方でも、すんなりと聴きやすいはず。ケルトっぽいの好きだけど、いっぱいありすぎてどこから手を出していいかワカンナイなんて方には、特にオススメかも。
“The High Kings” The High Kings (amazon.co.jp)
以下三枚は、映画のサントラ。



左が『THE レジェンド 伝説の勇者/Krzesimir Debski』。ハリウッド的なエピック調に、ポーランドっぽい民族性が加味された好スコア。エンドクレジットで流れるポップス調の主題歌も、ちゃんと入っています。
中央が『ファイヤー・アンド・ソード/Krzesimir Debski』。前にここで紹介したサントラ盤と、それとは別売の、劇中歌などを収録した第二集を、一つのパッケージにカップリングした二枚組。
この二つは、日本国内で取り扱っている様子はなし。因みに私は、ポーランドのショップから個人輸入しました。
右が『アラトリステ/Roque Banos』。スパニッシュ・ギターをフィーチャーした哀愁タップリの曲や、宗教歌風の荘厳な曲など、聴き所は様々で聴き応えも大いにありますが、やはり何と言っても、エンディングで流れる”Fanfarre y creditos”が、燃えるわ泣けるわ荘厳だわで、もう最高!
これは、amazon.co.jpでは在庫切れですけれど、タワレコにはまだ在庫があるようなので、欲しい方はお急ぎあれ。こちら。
“Uncensored” by Joe Oppedisano

Joe Oppedisano(ジョー・オッペディサーノ……でいーんだろーか、読み方は?)は、アメリカのカメラマン。
ファッション写真からメールヌードまで、幅広く手掛けている人ですが、何と言っても私にとって魅力的なのは、BDSMやラフ・セックスの香りが濃厚な、一連の野郎系メールヌード写真です。特に、2006年にBruno Gmunderから出た第一作品集”Testosterone”は、ここ数年のメールヌード写真集の中でも、一番といっていいくらいのお気に入りでした。
そんなOppedisanoが、第二作品集”Uncensored”を発表。「無修正」というタイトル通り、セクシャルな表現という意味では、手法の過激さが増し、いわゆるポルノ写真との境界線が、限りなく曖昧になっています。
もちろん、前作”Testosterone”で見られたような、シンプルかつスタイリッシュなメールヌードとか、レザーやユニフォームやボンデージといったフェティッシュ味、暴力的なセックスを連想させる描写などは、今回も健在なんですが、前作はそれらが、あくまでもスタイリッシュなラインを崩さず、ポルノグラフィ的にはギリギリのところで寸止めされていたのに対して、今回はどうやら、そういったスタイルを意図的にはぎ取ったようで、より直截的で生々しく「性」を表現している。
一例を挙げると、例えば”Testosterone”に収録されていた、廃工場内で縛られている警察官の写真は、後ろ手に掛けられた手錠、ダクトテープの猿轡、はだけたシャツと膝まで降ろされたズボンとパンツといった具合に、暴力と性の臭いを濃厚に漂わせながらも、直截的なセックスの描写は、股間に警棒をダクトテープで固定し、それを屹立させるといった具合に、あくまでも比喩的に表現されていた。
ところが、今度の”Uncensored”では、例えば、レザーギャッグをされ、後ろ手に縛られた刺青マッチョの股間には、剥きだしの男根が隆々と勃起している。或いは、両腕を挙げてチェーンで縛られ、汚れた床に座り込んだ全裸の男が、半勃起したペニスの先から尿を迸らせ、その瞬間をカメラが捉えている。
また、路地裏や公衆トイレでは、レザーマンや、レスリングやアメフトなどのユニフォームに身を包んだマッチョたちが、相手の性器に舌を伸ばしていたり、さらにはっきりと口中に入れていたり、はたまたリミングしていたり、と、明白なオーラル・セックスが描かれている。
更に、グローリーホールから付きだしたペニスのアップでは、穴の周囲は白濁した液体で汚れ、公衆トイレの床に這って、尻を突き出している男の肛門からは、白い液体が噴水のように迸り、更には、少し口を開いたアヌスのアップから、白濁液が滴り落ちている、など、疑似ではあるのだろうけれど、あからさまな精液のイメージも登場する。
もちろん、そういった路線と並行して、前作同様の、スタイリッシュで非ポルノグラフィー的な作品も収録されていはいるんですが、前作で見られたような、コンポジションの厳密さや演劇的な人工性は、かなり薄くなっている。まるで、自らの作家性というものを追求していった結果、様式美のような表層的な要素や、パブリック・ベースのファッション性から離れ、よりパーソナルでコアなもの、つまり、作家本人の、個としての欲情を最重要視する、エロティック・アートに接近しているように見える。これは、個人的に大いに好感度が大。
また、エロティック・アートという文脈で言うと、前作でも見られた、トム・オブ・フィンランドへのオマージュ作品が、今回もしっかり入っていました。こういった、自分に影響を与えた先達、それもエロティック作家に対して、公にリスペクトを捧げるという姿勢も好きです。
というわけで、かなりオススメできる写真集です。
中身のサンプルについては、ちょっとこのBlogで紹介するのは憚られるので、とりあえずサンプルが見られるページにリンクを貼っておきます。でも、リンク先で見られるのは、実はこれでも「ソフト」なページだったりします。
この写真集、ありがたいことに日本のアマゾンで扱われているので、欲しい方はお早めにどうぞ。
“Uncensored” Joe Oppedisano (amazon.co.jp)

さて、ついでに前作”Testosterone”についても、今まで書いたことがなかったので、ちょっと紹介してみましょう。
前段でも触れたように、”Testosterone”では、レザー、タトゥー、ユニフォーム、ボンデージ、スポーツ、バイオレンス……といった要素が、フェティッシュかつスタイリッシュに描かれています。
エロティシズムの表現の違いに関しては、前段で述べたこと以外にも、”Uncensored”は、比較的「白日の下に赤裸々にさらけ出す」というようなニュアンスが強いのに対して、この”Testosterone”では、「暗がりの中にひっそり浮かび上がる」といった感じのものが多い。じっさい、写真の背景も黒バックだったり、何かが写り込んでいる場合も、”Uncensored”のそれよりも暗く沈んでいます。
照明も、スポットライト的に明暗をくっきりと浮かびあがらせるものが多く、暗い背景とも相まって、何だかカラヴァッジオのような雰囲気があり、正直に言うと、映像的な質感だけに限って言えば、私はこの”Testosterone”の方が好みだったりもします。
また、”Testosterone”では、取っ組み合い、殴り合い、リンチ、レイプといった暴力的なシーンを、血糊なども使って演劇的に描いた一連の作品があり、こういった傾向も好きだったんですが、残念ながら”Uncensored”では、そうした純粋暴力的な要素は後退しています。
一方、作家性としては、”Testosterone”の段階では、まだ固まりきっていないというきらいがありました。没個性的な作品も、数は少ないものの、混じっていたし、先達からの影響も色濃かった。しかし、”Uncensored”になると、似たようなコンポジションのピンナップでも、性的な誘惑やエクスタシーを示唆する等、表現として、より挑戦的でパワフルなものになっていて、作家性も強くなった。
つまり、改めて二冊並べて見ると、「けっこう好きなカメラマン」だったのが、「大いに興味を惹かれるアーティスト」に変わった、って感じです。
というわけで、どちらの写真集も、単品でも充分に良い内容なんですが、二つ見比べるとより面白くなるので、機会があったら、こちらもぜひ入手をオススメします。
こちらの内容見本は、カメラマン本人のサイトのギャラリー・ページで、収録作品がけっこう見られます。Edge Gallery、Erotic Gallery、Sport Gallery、Tom of Finlandといったコンテンツが、”Testosterone”の主な収録作。
ただ、書籍の方は残念ながら、日本のアマゾンでは扱っていないので、こっちはアメリカのアマゾンにリンクを貼っておきます。
“Testosterone” Joe Oppedisano (amazon.com)
さて、このJoe Oppedisano、今後はどういった方向に進むのか、そこも興味が尽きません。
しかし、”Uncensored”のエピグラフには、フランク・シナトラの言葉が、まるで決意表明のように、力強い手書き文字で引用されています。
内容を簡単にまとめると「自分は、自分が口に出来る量以上のものを口に入れてきたが、いつだって、口に合わないものは吐き捨てた。人間が自分自身でいられないのなら、それは無価値だ。真実を語れ、おべっかは無用だ。自分は、自分が思うままに生きてきた」といった感じ。
これを読むと、もう大いに期待してしまいますね。
“Dictionnaire de l’amour et du plaisir au Japon”

フランスから、アニエス・ジアール(Agnès Giard)の新著、”Dictionnaire de l’amour et du plaisir au Japon”が届きました。昨年暮れには出ていた本なんですが、いろいろトラブルがあったらしく、約一ヶ月半遅れで到着。
前にここで紹介した、同著者による”L’imaginaire érotique au Japon”の、姉妹編といった感じの分厚い大判本で、内容は、日本のエロティック文化の様々な事象を、テキストと新旧織り交ぜた豊富な図版で紹介していく、いわば「日本エロ文化エンサイクロペディア」といった趣。
図版を提供している作家は、北斎や国芳の浮世絵や、責め絵の大家・伊藤晴雨、昭和30年代の風俗雑誌の大物・喜多玲子(別名・須磨利之、美濃村晃)を始めとして、順不同でざっと列記しますと、沙村宏明、根本敬、福満しげゆき、花くまゆうさく、早見純、大越孝太郎、平口広美、金子國義、西牧徹、天野喜孝、奥津直道、宇野亜喜良 、太田蛍一、水野純子、市場大介、荒木元太郎、渡邊安治、エトセトラ、エトセトラ。
で、私も図版を数点提供しているんですけど、どんな風かというと、こんな感じで載っています。

因みにこれは、昨年のフランスで開催した個展に出品した『七人の侍〜侍之参・水』なんですが、べつに「カッパ」という項目ではなく(笑)、「フィストファック」という項目の図版です。例によってフランス語はサッパリ判らないんですが、本文中に私の名前が出ているのを見ると、前にここでちらっと紹介した、この作品に添えた自作解説が参照されているのかも知れません。
というわけで、フルカラーだし、1ページ大、見開き大の図版がバンバン入ってるし、本文を読めなくても画集的にたっぷり楽しめる本なので(個人的には、奥津直道さんの作品の中でも特に好きな、蜘蛛のヤツと鯉のヤツが、1ページ大でデカデカと楽しめるのが嬉しい!)、興味のある方は、amazon.fr.で注文なさるのもヨロシイかと。
ちょっと宣伝、『父子地獄』第四話です

2月21日発売「バディ」4月号に、『父子(おやこ)地獄』第四話掲載です。
まあ、ご覧のように「王道」な展開(笑)。王道がコレだってのも、どうかとは思いますけど、まあそれが作家性というヤツなんでしょう、きっと(笑)。
ちょうど今、フランスで個展をやったギャラリー、”ArtMenParis”のオーナー、オリヴィエ・セリが日本に来てまして、一昨日ウチに招いたときに、「最新作だよ」と『父子地獄』の生原を見せて、「こっちが父親で、これはその息子なの」と説明したら、「鬼畜!」と言われました(笑)。
というわけで、フランス人もビックリの鬼畜な本編を、掲載誌でお楽しみください。
Badi (バディ) 2009年 04月号(amazon.co.jp)
さて、全4〜5話を予定していた、この『父子地獄』ですが、ちょっとエンディング近辺がキツキツになりそうで、まあ入りきらないことはないんですけど、そうするとちょいエロ部分が犠牲になりそうで、どうしたもんかと編集さんに相談したところ、一回延びて全6話ということになりました。
というわけで、残すところ後2回。エンジン全開で気張らねば。
ちょっと宣伝、和モノ(法師×鬼×獣×触手)マンガ描きました
昨日発売の『肉体派 VOL.12 複数プレイ漢全攻略』に、読み切りマンガ描きました。タイトルは『雨降りお月さん』。
お題が「複数プレイ」だったんですが、ちょいと変化球で、画像をご覧いただければお判りのように、高野聖っぽい若めの法師と、鬼やらサルやらヤマイヌやらを絡ませてみました。あ、あと触手も出てきます。
鬼とイヌと触手は、前にもマンガで描いたことがあるけれど、サルは今回が初めて。で、作画にあたって、手元の「動物の描き方」系の本を見たところ、チンパンジーとゴリラの描き方は載ってたんだけど、残念ながらニホンザルはなかった(笑)。で、急遽、写真を見て練習したり(笑)。
とまあ、けっこうマニアックなネタで、エロ描写もしっかりアレなんですけど、実は全体の雰囲気は、意外と「ほのぼの系」だったりします(笑)。
良くわかんないでしょうけど、あとは実際に読んで確かめてみてください(笑)。
肉体派 VOL.12 複数プレイ漢全攻略 (amazon.co.jp)
さて、タイトルの元ネタは、自分の好きな童謡からの引用です。でも、こんな古い唱歌(大正14年)、私のようなオッサンはともかく、イマドキの若人にはあんまり馴染みがないかも知れませんね。
というわけで、どんな曲か聴いてみたい方はこちらをお試しあれ。以前、自分でアレンジして作ったもので、ちょいアンビエントでクラシカルなインスト版です。因みに、原曲は既にパブリック・ドメインになっています。
歌詞の方は、Wikipediaでどうぞ。
オーストラリアの企画展、続報
先日ここでお伝えしました、今月24日からオーストラリアはシドニーで始まる企画展”Boys Life by 30 Japanese Artists”ですが、オープニング・パーティーで、シドニーのニューサウスウェールズ大学のドクターで、私の作品を良く知っているという方が、スピーチをしてくださることになった……と、主催者から連絡がありました。
で、ちょっとビックリ。
というのも、だいぶ前に、同大学の言語学部で日本学を教えているというドクターから、サイト宛てにメールを貰ったことがあったんです。
どういうメールだったかというと、私の作品についての論文を書いているのだが、そこで使用する図版について、正式に私の許諾を得たい、といった内容でした。確か、もう二年くらい前のことです。
そしてつい先日、ようやく研究が完成したとのことで、まだドラフトの状態でしたが、その論文(ちなみに、「田亀源五郎のエロSMマンガにおける男らしさの表現」とゆータイトルでした)の第一稿を送ってくれました。
というわけで、おそらく同じ方なんじゃないかと、主催者に問い合わせてみたところ、やっぱりそうでした。
まあ、どちらも同じシドニーなので、ひょっとしたら企画展を見に行ってくれるかな、なんて、仄かに期待はしていたんですけどね。こうやって、まったく別のルートで進めていた話が、偶然なのか一つに重なったりすると、海の向こうのことだけに、何だか感慨深いものがありますね。
オーストラリアというと、以前にもパースのマードック大学で、アジアにおけるジェンダーと歴史と文化の交錯という括りの中で、拙著『日本のゲイ・エロティック・アート vol.1 ゲイ雑誌創生期の作家たち』についての論文が発表されたことがありました。
自分のやってきた仕事に対して、こういった学究方面からの論文が、同じオーストラリアで二つ出たのは、何だか不思議な気がします。日本を含めた他の国では、まだそういった例は聞いたことがないので。
さて、前述した私のマンガについての論文ですが、流石に私は英語の論文をスラスラ読めるスキルはないし、それどころか、辞書を引き引き読んだって、正確な文意は掴みきれない部分も多々あるんですけど、いちおう読める部分だけ、ざっと目を通してみました。
で、またビックリ。
読み込みがものすごく細かく、かつ正確。私が作品中に配置した、目立たないながらも意味は持たせているといった、半ば自己満足的なディテールについても、しっかりと指摘し、かつ正確に分析されている。それについて、今まで誰からも指摘されたことがなかったことも含まれていたので、ちょっと感激しちゃいました。
この論文が完成したら、何とかパブリックな場でも公開されるといいな、と、願っております。
一つ、余談。
この論文中でも幾度も出てきたんですが、最近、マッチョ系のゲイ文化の周辺で、良くhyper masculineという言葉を目にする。で、これってどう日本語に訳せばいいんだろう、なんて、論文を読みながら、ちょっと考え込んじゃいました。
とりあえず「超男性性」なんて言葉を思いつくんですけど、どうもこれが、何となく落ち着かない感じがする。
まず、そもそもの「男性性」という言葉自体に、何となく違和感があるんですよ。いや、意味性とかそういう問題じゃなく、単純に見た目の話で、「性性」という、同じ漢字が二つ続いた字面が、何だか変。かといって、「重々」とか「軽々」みたいに「男性々」と書くと、もっと変な感じがするし。
次に、hyperが「超」でいいのか、ということ。何となくのイメージですが、hyperにはもっと「過剰な」といったようなニュアンスがあるように感じるんですよね。対して、superが「超越した」って感じ。だから「超」だと、superであってhyperではないような気がする。ま、私の勘違いか、思い過ごしのせいかも知れませんけど(笑)。
あ、でも「チョー気持ちいい」とか「チョーかわいい」なんていう、口語的な「超」には、「過剰」というニュアンスも含まれるような気もするなぁ。
あと、もう一つ。これはまあ、連想ゲーム的というか、些末なことでしかないですけど、「超男性性」という言葉を見ると、反射的にアルフレッド・ジャリを連想しちゃって(笑)。で、あれとはちょっと違うだろう、と(笑)。ま、これは私個人の勝手な思いこみですが(笑)。
まあ、仮にmasculineを「男らしさ」だとすると、この「男らしさ」という言葉からして、そもそも「過剰」に「男」である、といった感じがある。で、それが更に「過剰」になったのが、hyper masculineという言葉だとすると、そんな過剰に過剰を重ねたトンデモナサを、上手く表現するのには、いったい何て言葉が相応しいのかなぁ……なんて、つい延々と考えこんじゃった(笑)。
まあ、べつに私は翻訳家じゃないから、ドーデモイイっちゃあドーデモイイんですけどね(笑)。
『エンド・オブ・ワールド』

『エンド・オブ・ワールド』(2007)パオロ・ポエッティ
“Pompei, ieri, oggi, domani” (2007) Paolo Poeti
イタリア製テレビ映画。
ジャケットと裏の煽り文句からは、どー見ても現代が舞台のディザスター・パニック映画としか思えないんですけど、蓋を開けて見ると、実は中身は西洋史劇とゆー、サギ邦題系(笑)ソフト。
いちおう映画のアタマは、現代のナポリで不穏な地震が起き、これはひょっとして、かつてポンペイを滅ぼしたあのヴェスヴィオ火山が、再び噴火する兆候ではないか……といった、いかにもディザスター・パニック映画の導入っぽい感じで始まります。
で、値崩れしたロック・ハドソンみたいな火山学者と、ジャーロ映画の殺される娼婦役とかが似合いそうな美人大学助手というコンビが、反発しながらも次第に惹かれ合い……ってな、コテコテのラブロマンスの気配を漂わせながら、ポンペイの遺跡に行く。そして美人助手が、抱き合いながら死んだ犠牲者の石膏型を指して、「互いに庇い合っているように見えない? きっとこの二人は、深く愛し合っていたのよ……」なんてカンジで、当時のポンペイの様子を語り始める。
はい、以上イントロ、映画開始からここまで、約8分間。
ここからあと1時間40分、ひたすら古代のポンペイを舞台に、その時代を生きた人々と、それが噴火で滅びるまでのドラマが描かれます。まあ、ビックリ(笑)。
というわけで、現代モノのパニック映画を期待して借りた人だったら、「うが〜、だまされた〜!」ってなること必至なんですけど、史劇好きなら無問題、ってか、却ってお得感あり……かな? 少なくとも、私は嬉しかったけど(笑)。
史劇パートの主人公は、奴隷剣闘士。それが、同じ奴隷の召使い女と恋に落ちたり、そこにポンペイの執政官の妹がちょっかいを出したり、執政官は執政官で、正体不明の謎の奴隷女に入れ込んだり、かと思いきや、妹は兄の側近の軍人にも色目を使ったり……と、「昼ドラですか?」ってな恋愛劇が繰り広げられます。
それと並行して、闘技場での闘いやら、キリスト教徒の受難やらといったドラマが加わってくるんですが、まあ何というか、昔から良くある古代ローマもの映画のお約束シーンを、あれこれツギハギしたみたいなお話(笑)。因みに、エドワード=ブルワー・リットンの『ポンペイ最後の日』とは、全く違う内容。
そんなこんなで、内容的には既視感のオンパレード、キャラクターも類型的なものばかりなので、きっと音声なし字幕なしで見ても、あらかたの筋は把握できるだろうってくらい、コテコテの展開でした(笑)。セットとかのスケール感はそこそこあるし、衣装や小道具も佳良の範疇と言えるんだけど、ストーリー展開の安易さと、キャラクター造形の浅さのせいで、どうも全体的に「安っぽい話」になっちゃってますな。
せっかく、冒頭で現実に存在する亡骸の石膏型なんてのを出したんだから、せめて「この亡骸は主人公たちなのか、それとも他のカップルなのか?」ってことを、もっと上手くミスリードとか混ぜて引っ張るだけで、だいぶ面白くなると思うんだけど、もったいないっス。
ただ、IMDbで調べてみると、これ、元々は三時間あるミニシリーズなんですな。で、このDVDは、それを二時間足らずに縮めたダイジェスト版らしい(またかい)。
となると、展開の安易さは、伏線がカットされたせいかもしれないし、キャラクターの浅さは、エピソードが削られたせいなのかも。三分の一も削られちゃったら、どんな映画だって、無惨な結果になるだろうし。
でも、俳優陣がいずれも、お世辞にも「上手い」とは思えないから、例え完全版になったとしても、やっぱそれほど期待はできないかなぁ(笑)。
まあ、細かい部分に限って言えば、主人公がトラキア人だという設定は、古代ローマの剣闘士の種類に「トラキア剣闘士(トラークス)」ってのがあったことを踏襲しているんだろうし、ポンペイ滅亡の約10年前、ユダヤ戦争におけるエルサレム陥落を絡めたキャラクターがいたり、『クオ・ヴァディス』を意識したのか、キリスト教徒の指導者が「マタイ」(字幕ではマシュー)と「トマス」という意味深な名前だったり……と、ちょっと面白い要素や着眼点も、そこそこあります。
あとはまあ、剣闘士が主人公ですから、裸のマッチョはいっぱい出てくるし(笑)、前述したように、イマドキ珍しいくらいにアナクロな、ソード&サンダル映画的な「ツボの押さえ方」をしてくるので、往年のマカロニ史劇ファンとしては、ついつい頬がゆるんでしまう(笑)。宴会シーンでダンスシーンなんつー「お約束」を、21世紀の映画で見られるなんて、もうビックリ! ただし、踊りのド下手さにもビックリしたけど(笑)。
そういう作りなので、そのテのマニア向けサービス(なのか?)は、なかなか行き届いています(笑)。
主人公はなかなかのマッチョで、着ているチュニックも、破れたのか生地が伸びたのか、ルーズタンクトップみたいなシルエットになっていて、着衣でも肌見せはバッチリ(笑)。養成所での訓練や闘技場での殺し合いの他にも、剣闘士どもの集団入浴シーンまで、マニアが見たがるシーン(ホントか?)は、ちゃんと押さえてくるのが嬉しい(笑)。
もちろん主人公の責め場も、伝統に則って(笑)ちゃんとあります。これは、最後にまとめて後述。
役者さんですが、主人公の奴隷剣闘士は、なかなか良い身体をしてますし、胸毛もあるし、無精ヒゲだし、薄汚い系の長髪だし、割といい感じ。顔も、まあ『L’UOMO VOGUE』の表紙とかに載ってそうな、そこそこのハンサム。身体も含めると、『EXERCISE FOR MEN ONLY』とか『MEN’S EXERCISE』に載ってる、フィットネス・モデルみたいな感じかな。
他の役者はね〜、う〜ん……(笑)。
いちおう有名どころでは、現代パートで年長の火山学者を演じているのが、マチュー・カリエールだったりしますけど、はっきり言ってドーデモイイ役だし、そもそも、この現代パート自体が、「別に。なくてもいいじゃん!」ってなどーでも良さだからなぁ(笑)。だいいち、この構成だったら絶対に、(以下ネタバレなので反転)最後に現代のヴェスヴィオ山も噴火すると思ったのに、けっきょく何もなく、学者と助手の三文恋愛ドラマでお話しが締めくくられたのには、もー、チョーびっくり(笑)。
やけにアゴが長いヒロインを筆頭に、お色気要因の女性陣も、イマイチ美人には見えないか、美人っちゃあ美人なんだろうけど、安っぽかったり(笑)。主人公の剣闘士仲間には、そこそこオイシソウなのもいるんだけど、役柄的に刺身のツマにすらなってないからなぁ(笑)。
というわけで、あまり他人にオススメするようなもんでもないんですが、懐かしのB級史劇好きの方と、コスプレ・マッチョ好きの人だったら、かなり楽しめると思いますし、史劇だったらとりあえず見てみたいという方でも、さほどハチャメチャなナンチャッテ史劇ってわけでもないので、見ても損はないと思いますよ。
エンド・オブ・ワールド [DVD](amazon.co.jp)
さて、では責め場関連。
まずは、奴隷である主人公が暴れ回っているところに、通りかかった興行主が目を付け、投網で取り押さえられたところを、奴隷剣闘士にするために買うんですが(……って、ホントお約束パターンだな)、檻状の馬車の上、横木に両腕を縛られたボンデージ姿で、ポンペイまで連行。
もう一つ、ヒロインの奴隷娘が、剣闘士養成所で酒をこぼして鞭打たれそうになる。そこに主人公が助けに入り(……って、またベッタベタのお約束)、反抗の罰として、テーブルに腹這いに押さえつけられて、裸の背中をフロッギング。
まあ、展開も古風なら、見せ方も古風で、イマドキのCGIや特殊メイクで、エグいものを見せてくれるわけではないです。鞭打ちシーンはミミズ腫れすらないし、後半の闘技場での殺し合いシーンでも、切った刺したの瞬間は、アングルで隠したり返り血で表現したりという奥ゆかしさ(?)なので、そーゆー意味では物足りない(ヘンタイ)ですけど、ま、個人的にはけっこうお得感アリでした(笑)。
ロブ・クラークのカレンダー、下半期分公開
以前ここで紹介した、Rob Clarkeの”Year of the Dog 2009 Calendar” ですが、下半期六ヶ月分のPDFが、robclarke.netで公開されました。
ダウンロードフリーなので、ぜひどうぞ!
因みに私は、10月がお気に入り(笑)。
武内条二先生の作品掲載誌収集にご協力ありがとうございました
過日、『日本のゲイ・エロティック・アート vol.3』の刊行に向けて、ネットを通じて皆様にご協力をお願いいたしました、武内条二先生のイラストレーションが掲載されている、雑誌のバックナンバー等の収集の件について、ご報告いたします。
2009年2月12日、ポット出版にて、皆様がお送りいただいた資料の数々を、取り纏め整理しましたところ、『日本のゲイ・エロティック・アート』シリーズで武内先生の画業をご紹介するにあたって、その編集に既に充分な量が集まっているという、喜ばしい結論に達しました。
ご協力いただいた皆様、ひとまずこの場を借りて、あつく御礼申し上げます。
また、ホームページやブログ等で、呼びかけにご協力くださった皆様も、本当にありがとうございました。
おかげさまで、『アドンと』『ムルム』の各新旧のバックナンバーはもとより、『全国プレイゾーンイラストマップ』掲載のカットおよび折り込みピンナップ、更には、最初期の『薔薇族』掲載作の切り抜きや、非ゲイメディアでのお仕事にいたるまで、当初の予想を遥かに上回るスピードで、量も質も充実した、貴重な資料を集めることができました。
実際の出版時期に関しては、これからまだまだ作業が山積みであり、いついつにすぐ出せるとは申し上げられないのが心苦しいのですが、どうか気長にお待ちいただけるよう、お願いいたします。
今後のおおまかな流れを説明いたしますと、まず、他の収録予定の先生方の作品を集め、掲載作品のセレクト、解説文のための取材、執筆、翻訳、最終的な編集、といった作業を経て、ようやく出版ということになります。
これらの作業工程のうち、実務や事務的なことなど、スタッフに助けてもらえる部分以外は、全体の構成からテキストの執筆など、主な作業は全て私一人で、それも、マンガ連載やイラストレーションの仕事の合間を縫ってやらなければなりません。正直なところ、かなりのオーバーワークを覚悟しなければならず、遅れが出ないと言い切る自信はありません。
しかし、出来る限りの努力はいたしますし、いざ出版された暁には、既刊の二冊同様、待った価値はあると思えるような、芸術的にも資料的にも充実した内容に、きっといたします。
どうか皆様、それまでいましばらくお待ち下さい。
それでは、繰り返しになりますが、ご協力本当にありがとうございました。
オーストラリアの企画展に作品を出品します

今月末からオーストラリアのシドニーで開催される、日本人ゲイ・アーティスト30人を集めた企画展、”Boys Life by 30 Japanese Artists”に、原画数点と限定プリント一点を出品します。
これは、オーストラリアのメルボルンに拠を置く会社Mayumi Internationalが企画したもので、毎年シドニーで開かれる、世界最大のLGBTフェスティバル、マルディ・グラの一環として開催される企画展です。
会場は、シドニー市内にあるTap Gallery、会期は2月24日から3月8日まで。開場時間は12:00〜18:00、無休。オープニング・パーティーは2月25日の18:00〜20:00。
プレスリリースは、こちら(英文)。
マルディ・グラのサイト内での紹介ページは、こちら。
参加アーティストのリストは、こちらで確認できます。
残念ながら、私自身はスケジュールの関係もあって現地には行かれませんが、マルディ・グラ見物にシドニーに行かれるという方は、ぜひ足をお運びになってください。