“Avan Ivan”

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“Avan Ivan” (2011) Bala
(イギリス盤DVDで鑑賞→Ayngaran

 2011年制作のインド/タミル映画。“Sethu”“Pithamagan”“Naan Kadavul”など、シビアかつ神話的な内容の話題作・異色作を撮り続け、賞獲りの常連でもある鬼才バラ監督が、コメディに初挑戦した作品。
 タイトルの意味は「あいつ、こいつ」。

 とある南インドの貧しい村に、代々続く泥棒の家系があり、腹違いの息子二人がいた。
 弟は頭より先に手が出るタイプで、盗みの腕も一人前。斜視の兄は性格が穏やかで、盗みの腕はからっきしのかわり、演技や踊りに才があり、役者になることを夢見ていた。二人は互いの生みの母が仲が悪いこともあって、終始いがみあい、特に弟はぼんやり者の兄のことを馬鹿にしていた。
 この地方には古くからの地主がいて、かつて財産をだまし取られて今は零落しているものの、住民たちからは未だ《殿》と呼ばれて慕われていた。家族のいない《殿》は、この兄弟を我が子のように可愛がり面倒を見ていた。
 そんな中で、兄が《殿》のお祝いの踊りに女装で紛れ込んで袋叩きにあったり、弟の盗みの嫌疑が兄にかかったり、兄は女性警官に、弟は女学生に、それぞれ恋をしたり……といった、様々な出来事が描かれる。
 しかしある日、悪党一味が近在の牛を勝手に集めて、精肉して売りさばこうとしているのを《殿》が発見する。この件は警察に通報され、無事ことなきを得たのだが、今度は弟が婚約した例の女学生が、実はかつて《殿》の財産をだまし取った仇敵の娘だということが発覚し、《殿》と弟の関係にひびが入ってしまう。
 一方、いったんは解決したかに思えた牛泥棒の一見も、悪党どもはそのことで《殿》に恨みを抱き、やがて恐ろしい悲劇が襲いかかる……といった内容。

 コメディということで、全体の五分の四くらいは、細々とした《笑いのための笑い》のエピソードが続き、途中、兄を馬鹿にしていた弟が兄を見直すことになるエモーショナルなエピソードなんかも挟みつつ、クライマックスでいきなり怒濤のシリアス展開になり、いかにもバラ監督らしい、死とバイオレンスが炸裂します。
 で、まずコメディ部分ですが、いかんせん笑いのツボのずれとか、只でさえ早口のタミル語がコメディだと更に早くなり、英語字幕も猛スピードで内容を追い切れなかったりということもあり、さほど面白いとは思えなかった……というのが正直な印象。
 では、兄弟の確執や互いの恋、《殿》を中心にした疑似家族的なエピソードなど、エモーショナル部分はどうかというと、これは演出の巧みさもあってシーン単位では見せるんですが、どうも個々のエピソードがブツ切りで終わってしまい、互いにリンクして盛り上がるまでは至らないのが残念。
 しかし、クライマックスのシリアス展開部分は、容赦のないショッキングな描写、ガツンとくる鮮烈な映像の数々、畳みかけるようなパワフルな展開……と、やはり圧倒的で、流石ここは傑作”Pithamagan”や力作”Naan Kadavul”を撮ったバラ監督の作品……という感じ。
 とはいえ、やはり全体のストーリー的な散漫さは痛く、例えば兄弟が代々続く泥棒一族の生まれという設定は、ストーリー的には全く生かされていない感があるし、いがみ合う二人の生母とかも同様で、ぶっちゃけこれは、孤児を引き取った没落地主の話でも充分描ける内容。

 ただ、前述したクライマックスの良さと、もう一つ、冒頭の歌舞シーン(女装の兄が《殿》の宴会で歌い踊る)が素晴らしく、映画の頭とケツを充分以上に満足のいく内容で締めているので、結果、総合的な印象もかなり底上げされる感があって、途中のイマイチ感と比べると、鑑賞後の満足感はわりとあり。
 あと、兄役のヴィシャル、弟役のアーリヤ、《殿》役のG.M.クマールといった、メインの役者の良さは特筆モノ。特に終始斜眼で通すヴィシャルは、女装のダンサーから知恵遅れ風の好漢を経て、神話の登場人物のような鬼気迫る演技を見せるクライマックスに至るまで、拍手喝采の力演。
 余談。
 基本コメディ映画なのに「雨の中で太った毛深いお爺さんが、両手で股間を隠しただけの全裸で立たされ、家畜のように鞭打たれながら泥濘の中を這い回る」なんていう、実にシリアスな責め場もあります。

 というわけで、残念ながら諸手を挙げて絶賛とはいかず、監督の作家性にも迷いが感じられる部分などもありますが、部分的な見所は大いにあり……といった印象。
 バラ監督の作品の中では、決して出来の良い方ではありませんが(完成度的には、ちょっとイマイチだった“Nandha”よりも、正直更に落ちる印象)、それでもラストは忘れがたいです。
 予告編。

 冒頭の、女装した兄が《殿》の宴会で歌い踊るシーン。こういった土俗的な鮮烈さはこの監督の持ち味の一つだと思うし、コメディにこだわらずストレートな人情劇にしてくれれば良かったのに……と、ちと残念な気も。