“The String (Le fil)”

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“The String (Le fil)” (2009) Mehdi Ben Attia
(米盤DVDで鑑賞→amazon.com英盤DVDあり)

 2009年製作のフランス/ベルギー/チュニジア映画。
 フランスからチュニジアに帰国した白人とアラブ人ハーフのゲイ男性が、母の使用人のアラブ青年と恋に落ち…という内容のゲイ映画で、母親役が往年のスター、クラウディア・カルディナーレ。

 主人公のマリクはフランスに留学し、以来同地で働いていたが、父親の死を切っ掛けにチュニスの実家に戻り、そこで使用人として働いていたアラブ人の青年、ビラルに心惹かれる。
 母や祖母は、マリクとの再会を喜びつつ、彼の結婚、そして子供の誕生を望むが、マリクは夫を亡くして心痛の母を労りながらも、幼い頃から自分の自由を縛ってきた社会的なしがらみを再意識せざるをえず、自分がゲイだとカムアウトすることができない。マリクは自分の気持ちを押し隠しつつ、時に町に出て男遊びなどもするのだが、母親との関係はどこかギクシャクしてしまう。
 そんなおり、マリクの仕事の同僚でレスビアンのカップルが、人工授精で子供を作ることを決める。生まれる子の法的な父親となるために、マリクはカップルの片割れと結婚することにして、母親にも彼女を紹介する。
 そんな中、次第にマリクと打ち解けてきた使用人ビラルは、より自由な人生を見つけるために、マリクの家を出ることを決意する。マリクはそれを引き留め、それが切っ掛けとなって二人は、互いの気持ちを確かめ合い結ばれる。
 しかし二人が同衾しているところを、マリクの母親に見られてしまう。同性愛への禁忌や階級差の問題などによって、母親は思い悩み、そして周囲の人々の間にも波風が立ち始めるのだが…といった内容。

 旧弊な価値観に基づく社会内での同性愛が、近親者や縁者の間に波紋をもたらし、同時に当事者たちもそれとどう向き合うかが描かれるという、ゲイ映画では昔からある定番の題材ですが、チュニジアという西欧寄りのイスラム社会ということもあって、あまり手垢のついた感は受けなかったです。
 人間ドラマとしては、いささかキャラクターが掘り下げ不足な感は否めませんが、変にドラマチックに盛り上げようという意図がなく、わりと些細な日常エピソードの積み重ねでストーリーが語られていくので、なかなか滋味のある作品になっています。
 また、ゲイ・コミュニティの政治力や、同性婚などが確立していない社会下で、その社会状況に併せながら、その中で周囲の理解なども得て、いかに個々人がセクシュアル・マイノリティとしての幸福を獲得できるか……といったことを考えるという点では、現代の日本社会とも通じる部分が多々あり。
 もう1つ興味深いのは、フランス育ちで、本来ならば最もそういった意識は先鋭的であってもおかしくない主人公のマリクが、実のところは、最も旧弊な価値観に捕らわれているように描かれていること。
 これを通じて、人間の人生や幸福を決定するのは社会ではなく、一人一人が、自分は如何に生きるのかを決めることによって左右されるのだというメッセージが感じられ、ここはなかなか凛とした清々しさが感じられました。
 そしてラストの母親の独白によって、そういったテーマがゲイ限定ではなく、汎的な人の幸福へと拡がるあたりも上手い。

 映像は、さほど特筆する要素はありませんが、端正に美しく撮られています。シビアさがありつつ、全体の印象は軽やかに仕上げている演出も佳良。
 役者さんは、クラウディア・カルディナーレは流石にオバアチャンになってましたが、流石の貫禄と存在感。アラブ人青年ビラルは充分にセクシー。だけど肝心の主人公マリクが、個人的には見た目がイマイチで、あまり魅力的ではなかったのが残念。
 監督/脚本(チョイ役で出演もしている)が、Mehdi Ben Attiaという名前から察するにアラブ系だと思うんですが、そのせいもあってか、下世話なオリエンタリズム的な視点がないのも好印象。逆に、もうちょいエキゾチシズムを入れた方が、観光映画的な魅力も出たんではないかと思うくらい。

 わりとあっさりした作品ですが、手堅く纏まった出来の良さ、通り一辺ではないテーマ意識、甘々でもなければ鬱々でもないドラマ、後味の爽やかさ、ロマンスやセクシーもあり……と、全体の印象はなかなか佳良な一本。
 モチーフに興味を抱かれた方なら、見て損はないと思います。