“Grimm Love (Rohtenburg)”

dvd_grimmlove
“Grimm Love” (2006) Martin Weisz
(米盤DVDで鑑賞→amazon.com

 2006年製作のドイツ映画。原題は”Rohtenburg”。
 ドイツで実際にあったという、双方合意のもとで男が男を食べた人肉食事件を題材にしたホラー映画。……という括りになっているけれど、実際はホラー映画を期待すると肩すかしをくらう系の、わりとマジメな映画でした。

 主人公は一応、犯罪心理学を専攻する女子学生。その女子学生が、かつて起きた、男を食べたいという欲望を持つ男性と、男に食べられたいというゲイの男が、ネットで出会って本当に事に及んだという事件に興味を持ち、それを追跡調査していくという形で、二人の生育史から始まり、その出会い、そしていざ事に及ぶまでを、再現ドラマ的に描いていきます。
 静かに淡々と、しかし緊張感を含んで描かれる再現ドラマ部は、役者さんの演技力もあって実に魅力的。カニバリズム等の描き方も、けっこう踏み込んで描きつつも露悪的ではない。

 ゲイ映画的な要素の方も、なかなかしっかり描かれています。
 被捕食オブセッションにとりつかれている「被害者」は、同性の恋人もいて幸せなのに、その恋人に自分のマゾヒスティックなオブセッションを打ち明けることは出来ず、日常的な幸福とオブセッションの間で引き裂かれて煩悶し、捕食側の「加害者」もまた、真剣に「食べられたい」と思っている男を募集したつもりが、ようやく見つかった相手は、単にSMプレイのつもりだったり。
 そんな「被害者」と「加害者」が、やがて出会い、おずおずと互いの距離を埋めて近付いていき、やがて事に及ぶ様は、一種異様なロマンティシズムというか、奇怪で猟奇的なんだけれども、しかし純愛物語のような雰囲気すら帯びてきたりして、そこいらへんは大いに魅力的で惹きこまれます。
 捕食者を演じるのは、けっこう色々な映画で見かけるトーマス・クレッチマン。私はけっこう好きな男優さん(『ゴッド・ディーバ』の主人公ニコポル、『キング・コング』の船長、『ウォンテッド』の組織を裏切った殺し屋なんかが、個人的には印象深いかな)なんですが、今回も、いわゆる類型的なサイコ野郎ではなく、ナイーブで、ある意味では優しいとも言える、しかしオブセッションに憑かれてカニバリズム殺人鬼となってしまう男を、実に繊細に演じています。
 被捕食者役のThomas Huber(トーマス・ヒューバー?)という役者さんも、捕食者に負けず劣らず内気でナイーブな男性を好演しており、この二人の「魂の共鳴」とでもいう要素がしっかり描かれているので、映画自体のクオリティや、ゲイ映画的な魅力も、グッとアップしている感じ。

 そういうわけで、事件自体を描いたパートは大いに見応えがあって良いんですが、惜しむらくは、そこにオブザーバーとして件の女学生を加えてしまったこと。
 この女学生の視点を介した結果、描かれる「再現ドラマ」は、映画という純然たるフィクションの中で描かれる「事実」ではなく、キャラクターの一人でしかない彼女の、脳内妄想でしかない可能性を含んでしまい、描かれた内容が受け手に迫ってくる力を弱めてしまっている。また、二人の男を描くパートのせっかくの緊張感も、彼女の取材を描いたパートで分断されてしまうのもマイナス。
 更に彼女の存在が、結果として「異常性に対する正常性からのエクスキューズ」としてしか機能していないのも、大いに不満。映画の終盤で彼女は、事件の実際が自分の想像を超えたおぞましいものであることに恐怖し、それを拒絶するんですが、それは正常性からのエクスキューズであると同時に、だったら何故こういうテーマで映画を撮ったのかという、動機自体への疑問点を生んでしまっている。
 その結果この映画は、事件自体を描いたパートは優れているにも関わらず、映画総体としては、単に「猟奇的な世界を好奇心で覗き見した結果、やっぱフツーの人にはついていけないよね、こんな世界」というだけの、何とも浅はかなシロモノへと堕してしまった感があり。
 ここいらへんは見る人によって評価が分かれそうですが、私的には、彼女という観察者の存在が、映画全体に対しては、ほぼ全てにおいてマイナス方向に作用している、よって不要、観察者を配したこと自体が失敗、という印象です。

 ただし、前述したように男性二人のパートに関しては、猟奇的な側面にせよゲイ的な側面にせよ、あるいはある種の猟奇的なロマンティシズムという面にしても、大いに魅力的なので、題材自体に興味がある方なら見て損はないです。ただし、扇情的なホラー味は期待しないように。米盤DVDは字幕なしでしたが、台詞は少なく難易度も低め。
 完全お邪魔虫の女子学生は……見なかったことにしよう(笑)。

 追記。
 さほど直截的な描写はなくとも、題材が題材ですから、それなりにエグいシーンもあります。個人的には(ちょいネタバレなので白文字で)、まだ意識がある状態で、全裸の被害者のペニスから食べようということになり、最初は直接歯で食いちぎろうとするんですが、上手くいかずにナイフで切り落とし……ってなあたりは、色んな意味でけっこうキました(笑)。
 猟奇/責め場系の見所に関しては、ここにちょっとスチルあり。