『ライラの冒険 黄金の羅針盤』

『ライラの冒険 黄金の羅針盤』(2007)クリス・ワイツ
“The Golden Compass” (2007) Chris Weitz
 残念ながら、諸手を挙げて絶賛……とはいかない仕上がり。
 美術や配役は素晴らしく、完全に満足がいく内容だった。異世界やモノガタリ世界のヴィジュアル化という点に限って言えば、これはもう100点満点の出来映え。しかし映画としての出来映えはどうかと言うと……正直ちょっとウムムな感じ。
 満足半分、ガッカリ半分で、しかもその二つのギャップが激しもんだから、もう、自分もダイモン切り離された気分(笑)。美術100点、俳優100点、演出60点、脚本30点ってとこです(笑)。
 まあ、尺が短いせいもあって、展開が駆け足になってしまうのは、仕方がない部分もあるんですが、それにしても、もうちょっと何とかならんかったもんかなぁ。ストーリーは、単に原作の粗筋をかいつまんで繋げただけに終始していて、小説を視覚言語化する技術や工夫やセンスがあまりにも乏しい……ってか、はっきり言って下手。
 その結果、緻密であったはずのモノガタリは、行き当たりばったりのイベントの連続にしか見えなくなり、キャラクターへの感情移入や、その行動からエモーションが揺さぶられることもない。
 ちょっとね〜、ヴィジュアル面が素晴らしいだけに、なおさら勿体ない感が募るのだ。
 以降、ちょっと実例を挙げるので、ネタバレがお嫌な方は、次の段はスルーしてください。
 じっさい、脚本や演出の欠点を挙げ始めれば、もうきりがない。
 ライラとロジャーの結びつきの描写が不足しているために、友(原作の表現を借りれば「親友で戦友」なのだ)との約束を守るため少女が一人危地へ赴くという感動がない。それどころか、ライラが何のために行動しているのか、その行動原理すら希薄になっている。
 人とダイモンの結びつきの描写も不足しているので、それが切り離されたり失われることの重みや恐怖感が伝わってこない。ほんのワン・エピソード、ライラとパンタライモンが、少し離れるだけでも互いに苦痛だという描写を入れるだけでいいのに、それがないので、実験によって二人が切り離されそうになるシーンの、恐怖感や緊迫感がない。
 ダイモンを喪ったビリー(原作では別の少年)が、死なずに母親と再会して救われるのも疑問だ。これではまるで、ダイモンの喪失がペットロスか何かのようではないか。これは、世界観の根幹を揺るがしてしまう。だいいち、ここでそういった世界の残酷さを見せないのならば、このエピソードを入れる意味はない。
 似たようなことは他にもあり、些細な例を挙げると、攫われた子供たちに親への手紙を書かせるシーンを入れるのなら、その手紙が出されることなく焼かれるシーンも入れなければ意味はない。かと思えば、アスリエル卿が襲撃されるといった、映画オリジナルでありながら、同時に全く無意味なエピソードが入ったり、まったく理解に苦しむ脚本だ。
 魔女セラフィナ・ペカーラや気球乗りリー・スコーズビーといった、モノガタリのキーパーソンの登場シーンも、モノガタリ的な前振りや映像的なケレン味が皆無なので、まるで唐突に表れて主人公にとって便利に動いてくれる、ご都合主義の産物という印象しか与えない。
 つまり、エピソードが有機的にリンクして、一つのストーリーを織り上げていくという、作劇法の基本が全く出来ていない脚本なのだ。
 演出に関しては、とにかく地味でワクワク感に欠ける。
 飛行船のシーン一つとってもそうで、あれだけ美麗なデザインのガジェットと、雄大なCGIを用いながらも、主人公が「閉ざされた小さい世界」から「広大な外の世界」に向かうというワクワク感は、全く体感させてくれない。
 ライラがイオレク・バーニソンの背に乗って、雪原を疾走するシーンも好例。絵的には美しく仕上がってはいるものの、「あたし、白熊の背中に乗って北極圏の雪原を走っている!」という主人公のワクワク感が描けていないので、見ているこっちもワクワクしない。
 危機一髪のタイミングで駆けつける援軍たちも、こういったクリシェは、受け手に「待ってました!」という爽快感を与えてこそなのに、それがない。
 そんなこんなで、どのシーンも、絵的には決してマズくはないのに、何か盛り上がりに欠けるのだ。カッコイイものやスゴイものを見せるというセンスが、根本的に欠如している感じ。日常ドラマならともかく、ファンタジーやエピックでこれじゃマズいっしょ。
 そして、最大にして致命的な欠点は、あの中途半端なエンディングだ。
 いろいろ事情はあるのだろうが、個人的には許し難い暴挙に思えて、怒りすら覚えた。こういった、口当たり良く終わらせようという、及び腰な「配慮」は、実に不愉快この上ない。そういう立場で制作するという態度そのものが、原作の挑戦的な態度とも、ライラというキャラクターの性格にも、全く反しているからである。
 ネタバレ、ここまで。
 という具合に、脚本と演出は欠陥だらけではあるものの、それでもやはり、美しい美術の数々には魅了されました。特に、真理計や飛行船や三輪車(?)のデザインの、その優美で古雅な美しさは、本当に素晴らしい。船や気球のデザインも良いし、エクステリアやインテリアも見応えあるものばかり。
 俳優陣も、こんな酷い脚本なのに、それでもあれだけの存在感とキャラ立ちを見せているという点で、これまた誰もが素晴らしい。前にここで、イオレク役にしては声がオジイチャンすぎやしないかと心配だったイアン・マッケランも、そんな不安は微塵も感じさせない力強さで、改めて「巧いな〜!」と感心したし、ニコール・キッドマンもダニエル・クレイグもエヴァ・グリーンも良かったし、サム・エリオットも良かった。ホント、繰り返しになるけど、皆さんよくも、あんなストーリーや設定の説明だけで、心理描写や人間ドラマの欠片もないセリフばかりなのに、よくここまで存在感を出せるな〜、と、ひたすら感心しました。
 メイン・キャラだけではなく、ほんのチョイ役も、前に触れたクリストファー・リー以外にも、デレク・ジャコビとかキャシー・ベイツとか、無駄な豪華さが嬉しい(笑)。贅沢な役者が出演している。そうそう、エンド・クレジットの歌がケイト・ブッシュだったのも、私にはちょっと嬉しいオマケだったなぁ。
 ああ、あともちろん、白熊を筆頭に動物の数々も良かった。存在感と説得力がある視覚化という点では、全く問題なしの出来映え。
 まあ、私は原作のファンなので、内容的にはかなり辛い評価にはなってしまいますが、ファンタジー映画好きなら、見所やお楽しみどころも色々とあると思います。少なくとも、『エラゴン』や『ゲド戦記』よりは、よっぽどマシだと思う……って、大して褒め言葉になっていないような気もするけど(笑)。
 ただ、もし続編が制作されるなら(正直、これで打ち切りでもむべなるかな、という感ではありますが)、お願いだから監督は、別の人にしてください。クリス・ワイツ氏の脚本と演出手腕には、もう微塵も期待はできないんで(笑)。