『パンズ・ラビリンス』

『パンズ・ラビリンス』(2006)ギレルモ・デル・トロ
“El Laberinto del fauno” (2006) Guillermo del Toro
 ご贔屓のギレルモ・デル・トロ監督の新作、期待に違わず良い出来で大満足でした。絵は美しくって不気味で、モノガタリは悲しくって切な嬉しい……って書くと、何じゃそりゃって感じですが、そーゆー多面性を持った内容だった、ってこと。
 個人的に最大の収穫は、ファンタジーにおける幻想の自立性が、完全肯定されていることかな。「少女と幻想世界」を扱った映画というと、『千と千尋の神隠し』とか『ローズ・イン・タイドランド』とか『狼の血族』とか、けっこういろいろ思い浮かびますが、この映画における幻想世界の扱われ方は、それらのいずれとも違っていた。
 例えば、『千と…』では、あれだけ魅惑的な幻想世界が描かれながらも、最終的には現実の優位性が何の疑問もなく肯定されたし、『ローズ…』では、幻想世界はあくまでも個の内面の所産という枠をはみ出さず、これまた現実世界の優位性が基盤にあった。『狼の…』だと、いっけん『ローズ…』と同じに思わせておきながら、最後の最後にそれがまるごとひっくり返り、現実が幻想に呑み込まれるという逆転劇を見せてくれたけど、それでも現実と幻想が相反して拮抗して存在しているという構図があった。
 でも、この『パンズ…』では、幻想と現実が互いに干渉せずに、最後まで互いに完全に自立している。「母親の産褥を癒すマンドゴラ」とか、「どこでもドアみたいなチョーク」とか、現実と幻想が重なり合う要素もあるんだけど、それが「どちらにもとれる」というスタンスが崩れないのが偉い。ここいらへんの上手さは、ちょっと『となりのトトロ』の前半部分を思い出しましたね。
 で、『パンズ…』の主人公の少女は「幻想」を信じていて、他の人々は「現実」を信じている。それぞれ「信じている者」にとって「信じているモノ」が真実で、その二つ、つまり幻想と現実が、対比することはあっても対立はしていないのがミソ。パンフレットのインタビューで、監督が「現実とファンタジーがパラレルに存在」と答えているけど、まさにその通りで、しかもそれが実に巧みだった。
 そして、モノガタリの最後は、その信じたモノによって、ハッピーエンドでもあり悲劇でもありうるという、多面性を生み出している。個人的には、最後まで幻想を信じることができた少女にとっては、これはハッピーエンドだと考えてあげたい感じですね。
 前述の監督インタビューによると、監督自身は「ファンタジーは現実逃避ではない」と言っていますが、にも関わらずこのモノガタリの幻想は、それでも現実逃避としても解釈できるのが、これまた上手い。で、しかも現実の残酷さが手加減ゼロの容赦なしで描かれるので、それゆえ仮に幻想が現実逃避の所産であったとしても、それは必要なものであると思えるのがスゴい。
 まあ、これはファンタジーに対する考え方がどうであるかによって変わってくるとは思いますが、トールキンのファンタジー論の薫陶を受けた自分としては、かなりジーンときましたね。すくなくとも私は、この少女に向かって、無責任に「現実を見ろ」とは言えない。
 幻想の自立性をはっきりと肯定できるという点、つまり一般の現実的な規範とは無関係に、自分の信じる価値観を肯定できるという意味で、なるほど、ギレルモ・デル・トロがオタク監督と呼ばれるのも納得がいくし、かといって現実的な価値観に背を向けてしまうのではなく、よりニュートラルで客観的な視点も並列して盛り込める点が、作品の懐を深くしている感じ。
 前に、『デビルズ・バックボーン』の感想を書いたときに、この監督のことを「良く言えばバランスの良い、悪く言えば暴走をも恐れないパワーには欠ける作家なのかもしれない。それが魅力であり、同時に良い意味での逸脱を阻む限界なのかも」と書いたけど、今回の『パンズ…』では、そういった特徴が全てプラスに作用した感が大です。
 文句なしに、今年のベスト5には確実に入る良作。(年によってはベスト1でもいい感じなんだけど、今年は『300』『パフューム』『ブラックブック』と、個人的な「当たり」が連発なので……)
 俳優の印象とかを書くのを忘れてました。
 ヒロインのイバナ・パケロちゃん、意志が強そうなところがいいですな。当初の脚本で想定していたよりも年上で、それに合わせて脚本を直したそうだけど、このくらいの年なのが却って吉とでた感じ。あまり年少だと、現実と空想の区別がつきにくい印象を与えてしまって、少女の信じる幻想が、実は空想であるように見えてしまうといった感じに、比重が偏ってバランスが崩れてしまいそう。ある程度の分別は期待出来そうな少女だからこそ、ラストの美しさと切なさに説得力が増している感じ。
 悪役のセルジ・ロペス。ぶっ殺してやりたいようなヤツなんだけど、不思議と人間くさい魅力もある。ここいらへんのキャラクター造形の巧みさが、毎度ながらデル・トロ監督の上手さですな。あと、ルックスやら体格やら毛深さやら、けっこうイケるタイプだな〜、なんて映画見てて思ってたんですが、これ書くために役者名を確認したら、思い出した。前にここで、「なかなか可愛い」と、しっかりチェック済みでした(笑)。
 音楽のハビエル・ナバエテは、『デビルズ・バックボーン』と同じ。デル・トロ監督がハリウッドで撮るときに組んでいるマルコ・ベルトラミのスコアとかもそうなんですが、哀切なメロディーと重厚なストリングスによる、重くてシブい好スコア。ただ、『デビルズ…』のスコアの激シブさに比べると、今回はメイン・モチーフになっている子守歌のメロディーがキャッチーなぶん、もうちょっと情感に訴えかけてきやすい感じ。もちろんサントラ盤を購入しました。聴いてると泣けるんだ、これが。