『聖女の臀堂』春川ナミオ

namio
 中野タコシェさんから、春川ナミオさんの図録『聖女の臀堂』が発売されました。
 春川ナミオさんといえば、エロティック・アートに興味のある方、特にノンケSMの男マゾ系ジャンルでは、もう知らない人はいないだろうというくらい有名な画家。
 一貫して描かれる、「巨女のお尻に小柄な男が下敷きにされている」という緻密で繊細な鉛筆画は、他に類を見ない個性といい、絵画的な完成度の高さによる美麗さといい、日本のエロティック・アート界が誇る至高の存在の一人、と言いたくなってしまうほど、本当に素晴らしい。
 かく言う私もずっとファンでして、今回の図録の解説で、自分が入手しそびれている画集が三冊もあると知り、悔しさに歯噛みをしているところです(笑)。
 じっさい、SM好きではあってもゲイである私には、氏の描かれるような、巨女への屈服といったファンタジーはありません。しかし氏の作品には、そんなセクシュアリティの差異を越えて、私を圧倒する完成度とパワーがあります。
 ちょうど、つい先日発売されたばかりの雑誌『QJr』の対談で、私は自分の感じるところのエロティック・アートの魅力を、「作者のファンタジーのみを母体として生まれ、それを突き詰めれば突き詰めるほど、ユニークで濃くなっていく、自己表現としての『純粋さ』や『アーティスティック』さ」といったニュアンスで喋っているんですが、春川ナミオさんの作品は、まさにこれにドンピシャ。
 かつて世間一般では、マイナーなセクシュアリティに対して、良く「歪んだ欲望」とか表現されたもんですが、馬鹿言っちゃいけません。表現としてこんなに「真っ直ぐ」なものは、アート全般を見渡しても、そうそうあるものではなく、だからこそ春川ナミオさんの作品は、こんなにも清々しく力強く美しい。
 もちろんテクニックや表現力といった、タブローとしての完成度の高さも、その美しさには一役買っております。紙の目を生かしながら柔らかく重ねられた、鉛筆の粉が描き出す陰影の美しさ。それによって描き出された艶やかに漲る臀部は、作者からの崇拝という無償の愛があってこその所産なのだ。
 そういった意味でエロティック・アートとは、それが生み出されるに至る原動力に、宗教芸術と似た構造を持っている……というのは、かねてからの自分の持論。
 アートついでにもうちょっと脱線すると、例えば春川ナミオ作品で描かれる、主観的なデフォルメと客観的なリアリズムが混淆した尻や太腿のフォルムを見ていると、私はどこかしらピエール・モリニエの作品との共通点を感じます。更に言えば、林良文は春川ナミオに大きく影響を受けたのではないかと、ひっそり考えていたりもします。
 もっと脱線すると、春川ナミオと同傾向のセクシュアリティを伺わせるマンガ家である、たつみひろしの絵を見ていると、ダイナミックなパースで描かれた圧倒的な肉の量感や、よりエスカレートしたスカトロジーやバイオレンスやファルスの描写などから、今度はシビル・ルペルトを連想します。
 こういった具合に、作品が表現として純化していくと共に、ポルノグラフィやイラストレーションといったジャンルや枠を跳び越えて、作者の思惑を離れたところで、純粋に作品の持つ力によって、モダン・アートの世界にも接近していく、というのも、私の感じるところの優れたエロティック・アートの魅力の一つ。
 そんなこんなもあって、やはり春川ナミオさんの作品は、圧倒的なまでに素晴らしい。
 今回の図録は2001年以降の作品を収録とのことですが、描かれている世界はいつもと変わらず、福々しくも凛とした顔立ちの美女たちの巨大な臀球に顔を埋める、小さく哀れな裸のマゾ男たち。
 でも、ぱっと見て「全部同じじゃん」と思うのは、それは観察眼が足りません。
 よくご覧あれ。巨尻による顔面騎乗という行為こそ同じでも、その置かれているシチュエーションは、男にまだ人格が残っているセクシャルなプレイの一環であったり、人格も喪って人間椅子のような器具化されていたり、男が己の意志で奴隷として美神に屈服する図であったり、逆に女が力によって男を征服するアマゾネスであったりと、実は千差万別なのだ。
 サド・マゾヒズムを扱ったエロティック・アートは、こういったディテール、すなわち一枚の絵から導き出される数多のモノガタリ性を、じっくりタップリねぶるように味わってこそ、その醍醐味を充分に堪能できるんです。パラ見は禁物、絵を能動的に「読みながら」鑑賞しましょう。因みに、私の一番のお気に入りは、4ページ目の「二人向かい合わせに縛られて、人間椅子にされている」やつ。
 ただ、妄想が奇想にまでエスカレートしている系の作品、例えば『巨女渇愛 vol.2』の「幻の女権帝国」に見られたような、人間椅子レベルの器具化も越えて、アクセサリーのように「女の尻から尻尾のようにぶら下がっている男」系の作品が収録されていないのが、個人的にはちょっと残念ではあります。あの、まるでチョウチンアンコウの男女関係(笑)みたいな姿は、視覚的にかなりインパクト大だったので……。
 図録はタコシェさんで、税込み1000円で発売中。
 ぜひお手にとって、じっくりとご鑑賞あれ。