“Estigmas”

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“Estigmas” (2009) Adán Aliaga
(スペイン盤DVDで鑑賞、英アマゾンで入手可能→amazon.co.uk

 2009年のスペイン映画。ロレンツォ・マトッティのグラフィック・ノベル”Stigmates”の実写映画化で、望まぬ聖痕を受けた寡黙な巨漢の受難を描いた物語。
 ベア好き&ガチムチ好きに人気の砲丸投げ選手、マヌエル・マルティネス主演。

 マフィアの経営するバーで働く、酒浸りの寡黙な巨漢で、蚕を育てるのが趣味のブルーノの両掌に、突然聖痕が顕れ出血が始まる。医者は何も異常を発見できず、ブルーノの狂言を疑い、バーのボスも出血する彼のことを「病気だ」と疎む。
 ブルーノの住むアパートの隣家には、彼と蚕仲間の少女が病床に伏しているが、ある日彼が彼女の頭に手で触れて以来、少女は全快して医者を驚かせる。少女の母親は彼にそれを感謝するのだが、奇跡をもたらす掌に接吻するうちに欲情し、自ら服を脱いで彼を誘う。
 しかしバーの安い給金と、子供たちに蚕を売って稼ぐ小銭以外には収入がなく、酒浸りで借金も断られたブルーノは、ついに家賃が払えなくなってアパートを追い出される。彼は仕方なくバーに寝泊まりするのだが、それもボスに疎まれ、しかも侮辱されてカッとなり、ボスに暴力を振るってしまう。
 街を彷徨った挙げ句行き倒れになったブルーノは、貧困者の救済院に保護され、尼僧長の好意でそこに置いて貰えるようになる。しかし彼が聖人だという噂が広まり、尼僧長も彼が聖痕から流した血を見て欲情してしまい……といった内容。

 全く柄に合わない、望まぬ聖痕をいきなり負わされた男の彷徨と悲劇を描いた内容で、前半は主に聖痕が彼に与える苦悩を描き、中盤に移動式遊園地の一員となって以降は、少しチェンジ・オブ・ペースして、女性との出会いや愛などが描かれていきます。
 その結果、男の孤独と結びついていた聖痕や蚕といったモチーフが、中盤以降は薄れてしまうのがちょっと残念。
 ラストシーンでは再び聖痕というモチーフが浮かびあがるものの、後半の、女性との出会いや結婚といった展開は、エピソード自体は面白くて引き込まれるんですが、全体のバランスから見ると、正直ちょっと物足りない感あり。
 ただ、DVDにボーナス収録されている、使われなかったもう一つのラストシーンを見ると、実は現状のラストシーン以降に本来あった一連のシークエンスでは、再び聖痕や蚕のモチーフが登場して、一つの明確な結末が用意されていたのが判ります。
 しかし完成した映画では、そこをあえて全て削ることで、結末に関しては多様な解釈が可能になっているいう面があります。その結果として、モチーフの統一性や「この物語は何であったのか」という部分は曖昧になっていますが、それは逆に、そういった「答え」は観客それぞれが考えれば良いという効果にもなっているので、うーん、やはりこれで完成バージョンで正解なのかも知れません。
 映像は全編モノクロームで、それが実に魅力的かつ効果的。
 台詞も少なく全体的には静かな展開ながら、ストーリー的にドラマティックなうねりは用意されているので、アート系映画としては比較的娯楽寄りの要素も多い方かと。
 そしてやはり最大の勝因は、ブルーノを演じたマヌエル・マルティネスの起用。その肉体や容貌の圧倒的な存在感が、映画自体の個性をしっかり裏打ちして支えており、舌足らずな部分も充分以上にカバーできている感じ。主人公にこの人をキャスティングできただけで、50%は成功が保証されたのではと思えるくらい。

 そんなこんなで、観念やイメージ重視でいくのか、それともストーリーを重視するのか、ちょっと虻蜂取らずの感はありますが、どちらもそれぞれ見所や魅力があちこちあるなので、予告編に惹かれた人なら見て損はない一本。
 特に、マヌエル・マルティネスを「素敵!」と思う方なら、これは必見と言っていいのでは(笑)。


 そして、前述したDVD収録のカットされたエンディングですが、実はマヌエル・マルティネス目当ての方には、そちらの方にフルヌード含むシーンがありますので、DVDをゲットされた方はチェックをお忘れなきように(笑)。
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 映画の原作である、ロレンツォ・マトッティのグラフィック・ノベル”Stigmates”は、日本のアマゾンでも購入できます。
 こちらもまた、実に魅力的な絵と演出による一作で、大胆なデフォルメとダイナミックな構図、スピード感のあるペンタッチなど、見所がいっぱい。
 映画との比較で少し追補しておきますと、蚕のモチーフは映画オリジナルで、グラフィック・ノベルには登場しません。また、エピソードの入れ替えもあって、映画では移動式遊園地の前にある修道院のエピソードは、原作では遊園地と洪水の後になります。
 その他、細かな異同はあれこれあるんですが、総合的には原作の方がエピソードの流れも自然で、完成度は高いです。特に最大の違いは後味で、原作のラストは、現バージョンの映画とも削除されたエンディングとも、どちらとも異なっています。
 原作のラストでは、映画同様に解釈を読み手に委ねる要素がありつつも、それでもしみじみとした味わいのある美しいエンディングになっていて、この要素が映画からは全く消えてしまっているのは、いささか勿体ない感じがします。

Stigmata Stigmata
価格:¥ 1,947(税込)
発売日:2011-02-14