鐘馗地獄行(4)

 それから、どれほどの時が経ったのであろうか。
 鬼たちが再び集まり、わらわらと鍾馗のまわりに群がった。そして俎板の上にしゃがみ込むと、いっせいに己の皮褌を解き、汚らしい尻を剥きだしにした。
 次の瞬間、皺の寄った肛門が一斉に開くと、ぶりぶりと音を立てて脱糞しはじめた。ものすごい臭気と湯気を立てながら、太い鬼の糞が鍾馗の体内を満たしていく。胸といい腹といい、先刻まで臓器が収まっていた空洞が、鬼の糞でいっぱいに満たされていく。
 鬼たちは、鍾馗の体内にぎっしり糞を詰め込むと、開いた傷口を一つに合わせて、まるで餃子か焼売でも包むかのようにこね回した。骨だけとなった手足にも、鬼の糞が盛りつけられ、粘土細工のように元の形が作られていく。
 地獄では、鬼の糞が変じて肉となる。切られ、剥がれ、裂かれ、潰され、焼かれた肉体は、鬼たちの糞を盛られることによって、元の形に戻る。こうして肉体が完全に復元すると、また新たな拷問にかけられる。未来永劫その繰りかえしで、そこには決して終わりがない。
 鬼の糞で我が身を満たされ、鍾馗は、ひっそりと悔し涙を流した。

 汚辱の姿に生まれ変わった鍾馗が、次に連れて行かれたのは、ぎりぎりと音を立てながら回転し続ける巨大な石臼のところであった。
 鬼たちは鍾馗の身体を押さえ込むと、まず両手を臼の隙間に近づけた。擦れあいながら回転する二つの石が、指先を挟んだかと思うと、そのまま腕を引き込んでいく。
 重い石塊に骨ごと肉をすり潰され、鍾馗の喉から苦悶の絶叫があがった。臼はごりごりと音をたてて、鍾馗の腕を挽肉のかたまりに変えていく。
 肩の近くまで潰されると、今度は足の番だった。鬼たちは、腕をなくした鍾馗の身体を抱え上げると、つま先から臼の中に押し込んだ。
 再びあがる恐ろしい悲鳴。臼はすぐに、鍾馗の両脚も挽肉に変えてしまった。
 手足を潰され、再び達磨になった鍾馗を見て、鬼たちは今度はどこを潰そうかと思案した。股間を潰すわけにはいかない。となると、残るは一つだ。
 鬼たちは、再び鍾馗の身体を抱え上げると、そのまま頭から真っ逆さまに臼につっこんだ。
 鍾馗は恐怖の悲鳴を上げた。頭髪を引き込まれ、続いて頭まで引き込まれると、自分の頭蓋骨がばきばきと砕けていくのが判った。
 次の瞬間、悲鳴がやんだ。歯や舌や顎の骨もろとも、口まで挽き潰されたのだ。
 やがて、首も胸もすり潰された。脳髄も心臓も全て挽肉にされたにも関わらず、それでも鍾馗には意識があった。理屈もへったくれも、何もない。左様、地獄とはそういう場所である。
 ついに鍾馗の肉体は、尻と股ぐらだけ残し、他の部分は全てすり潰されてしまった。まるで百貨店の下着売り場にある、マネキンのような姿である。一つ違うのは、豊かに茂った陰毛からは、相変わらず存分に反った肉茎が付き出し、びくびくと脈動していることだ。
 鬼たちは、またもや戯れにそこを嬲ってみた。握られしごかれ、それは再び先端から露をこぼしたが、顔も何もないので、それ以上の反応を伺い知る術はない。じきに鬼たちも、こんな姿になった者を嬲り辱めても、たいして面白くはないと気付いた。
 怒張をいじくるのに厭いた鬼たちは、それを地べたに投げ捨て、鞠で遊ぶようにあちこちに蹴り飛ばしはじめた。尻と性器だけの肉塊は、じきに泥と血にまみれてどろどろに汚れた。
 一人の牛頭(ごず)が、自分の足下に転がってきた肉塊の、中心からそそり立っている肉の棒を、戯れに踏みつけた。すると、肉棒はびくびくと激しく脈打って、そのまま熱い精液を吐きだした。
 粘液につま先を汚されて、牛頭はいまいましげに罵ると、手にした槍で尻をぶすりと刺した。穂先は肛門から腸を貫き、腹の断面に突き抜けた。
 牛頭は、槍の柄を地面に埋めると、まるで晒し首のように、串刺しにした尻を立てた。尻は空中で不安定にゆらゆら揺れながら、それでも怒張の先から白濁液を飛ばし続けていた。

 しばらくの後、鍾馗は、再び鬼の糞を盛りつけられて元の姿に戻されると、今度は火炎の山に連れていかれた。
 真っ黒な山から、紅蓮の炎がごうごうと音を立てて吹き上がっている。火の勢いはあまりにも凄まじく、その光と熱に、山を直視することすらできないほどだ。ほんの一歩近付いただけにも関わらず、鍾馗の眉毛やヒゲがちりちりと焦げはじめた。この炎の中に虜囚を放り込めば、その肉体はあっという間に灰になり、今までのように性器だけは無傷というわけにはいかない。
 そこで獄卒たちは、一計を案じた。
 どんな炎にも耐える火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわごろも)を使って、巾着のような形をした袋を作ったのだ。鬼たちは、それを鍾馗の男根にかぶせると、睾丸ごと袋の中に入れ、竿と玉の付け根で袋の口を思い切り引き絞った。
 敏感な場所を縛られて、鍾馗の口から呻き声が洩れた。血管がすべて閉ざされて、鍾馗の怒張はますますその威容を増し、袋の中でびくびくと跳ねまわった。
 準備を終えた鬼たちは、槍や矛で鍾馗の背中や尻を付き、燃えさかる炎の山へと追い立てた。鍾馗は、為す術もないまま、覚悟を決めて劫火の中に一歩踏み込んだ。
 その瞬間、脚の皮膚がじりじりと焼け焦げ、捲れあがっていくのを感じた。苦痛に悲鳴をあげながら、思わず身体が傾ぎ、その場で膝をつく。すると、一瞬にして頭髪とヒゲが燃え上がり、眼球が煮えて白くなり、目が見えなくなった。
 紅蓮の炎は、鍾馗の全身の体毛を焼き、次いで皮膚を焼いた。皮がただれてべろべろと剥がれ、その下から溶けた脂がどろどろと滴った。
 炎と煙は、鍾馗の口と鼻の穴から体内へと吸い込まれ、肺を煮やして、内側からも肉体を焼き焦がした。
 肉が焼け、炭と化して剥がれ落ち、白い骨が覗いたかと思うと、その骨も焼けて砕け、鍾馗の肉体は、渦巻く紅い炎の中で、ぼろぼろと崩れ落ちていった。
 全ては、一瞬にして終わった。後に残ったものは、白い灰と、例の巾着袋だけであった。
 鬼たちは、そのあっけなさに物足りなさを感じつつも、手にした得物で灰の中から巾着袋を掻き出して、口を緩めて中を覗いた。
 袋の中では無傷の男根が、相変わらず元気に跳ねまわっていた。根本が焼かれて止血されているので、血液を失って萎む様子もない。それどころか、開いた鈴口は未だ露を吐き続けており、袋の内側をべとべとに汚していた。
 このあっけなさに懲りた鬼たちは、それ、やり直しだと、早々に自分たちの糞をなすって鍾馗の身体を元通りにすると、今度は大きな金網の上に縛りつけて、その下に炭火を置いた。
 先ほどとは違い、今度は肉がゆっくり焼けていく。鬼たちは、ふいごで炭火をおこしたり、あるいはくるりと焼き網を裏返したりして、生きながらじりじりと焙られる鍾馗の悲鳴を、たっぷりと堪能した。

 こういった調子で、鍾馗は、鬼たちに責められては蘇り、苛まれては蘇り、それが延々と果てることなく繰りかえされた。
 地獄には、かの有名な針山や血の池をはじめとして、亡者を責める場所が膨大にある。人の世界で良く知られているものだけでも、大地獄が八つ、それぞれの大地獄の四門の外に別処と呼ばれる小地獄が四つずつ、総計百三十六箇所もの責め場があるのだ。
 鍾馗は、全裸で鎖に戒められたまま、獄卒たちに追い立てられ、こちらからあちら、あちらからこちらへと、全ての責め場を順繰りに巡らされた。
 黒縄(こくじょう)地獄では、熱鉄の網に追い込まれ、激しい風に押されて肉体を千々に焼き切られた。屎泥処(しでいしょ)では、煮えたぎった糞尿を喰わされた。刀輪処(とうりんしょ)では、雨のように振ってくる剣の刃に、全身をずたずたに切り裂かれた。等喚受苦処(とうかんじゅくしょ)では、林のように刃が立ち並ぶ谷底に、崖の上から突き落とされた。
 さらに鋸で挽かれ、釜で煮られ、舌を釘付けにされ、溶けた銅を尻の穴から流し込まれ、獣や鳥に肉を喰らわれ、鉄鉤に吊され、皮を剥がれ、鉄の串で口から肛門まで一直線に貫かれ……という具合に、まあその全てを挙げるのは到底かなわぬほど、数限りない無限の責め苦を受けたのである。