コンクリートの檻(4)

 哲夫は椅子に縛りつけられたまま、一人で放置されていた。
 鳥の声が聞こえる。
 やがて窓から差し込んだ朝日が、剥き出しのままの哲夫の股間を照らしだした。
 三人の男達は洋を連れていったきり、戻って来なかった。
 哲夫の頭は混乱していた。
 この数時間の内に急激に起こった数々の事は、信じられないような事ばかりで、それを考えようとしても、『何故』という言葉が空しく空回りするだけだった。
 このマンションを訪れてから、ものの数時間しか経っていない筈なのに、もう何日もこうしているような気がした。
 やがて疲れきった頭は思考を止め、哲夫は眠りの中へと引き込まれていった。
 しかしその眠りも、じきに痛烈な平手打ちで引き裂かれた。目を開けると、昨夜の三人組が立っている。
 小太りが手にした鋏をチョキチョキと鳴らしながら言った。
「さて…と、そろそろ全てを御開帳ッ!といくか」
 鋏がジャケットの襟元に差し込まれた。ジキジョキと音を立てて、肩から袖にかけて切り裂かれていく。縄の掛かった場所が切りにくいのか、小太りは小声でぶつぶつと文句を言った。
 じきに麻のジャケットはぼろぼろの布きれと化した。
 小太りは一旦鋏を置くと、哲夫のYシャツの前身頃を掴んで左右に力任せに引っ張った。ボタンが千切れ飛んでバラバラと床に落ちる。
 再び鋏が取り出されて、綿生地を切り裂いていく。鋏が動く度に、冷たい金属が哲夫の肌に触れる。
 シャツの下のランニング、足首に絡み付いたズボンとトランクス、ソックスも同様にされて、じきに哲夫は椅子に縛られたまま、その肌を全て曝け出した。
 今迄服に隠されていた哲夫の身体を見て、男達は満足そうに微笑んだ。
 それは歳のせいで多少崩れを見せているとはいえ、充分に鍛えられた逞しい裸身だった。
 縄目を食い込ませた、盛り上がった筋肉。胸から腹、腕や足に密生した剛い毛。
 狙い通りの獲物だった。
 羞恥に俯く哲夫の裸身を一通り鑑賞した後、サングラスが口を開いた。
「おい、勃たせろや」
 ビルダーがにんまり笑って哲夫の足の間に跪くと、だらりと垂れた男根を口に含んだ。
 このビルダー風の男は、その外見とは裏腹に、こういった行為のプロフェッショナルだった。数時間前に一度放出を終えている筈の哲夫のものも、その技にかかってはあえなく勃起してしまった。
 小太りがビルダーニなにか光る金具を手渡した。それはゴムホースを蛇口に止める際に使う金具を、一回り大きくしたような物だった。
 ビルダーは哲夫のものを口に入れたまま、手早くそれを怒張の根本に巻きつけて、留め金のネジを力一杯捻りあげた。
 金属のベルトがそこに食い込む痛みに、哲夫は悲鳴をあげた。目頭がつーんとして涙が溢れ出る。
 しかしその苦痛とは裏腹に、血行を止められたそこは縦横に血管を浮かび上がらせて、恐ろしい迄に膨れあがっていた。
「へーッ、こうすると一段とど迫力だぜ」
 ビルダーが感に耐えかねた口調で言うと、怒張の先を爪ではじいた。
「兄貴、ジョイントも貸してくださいよ」
 ビルダーに催促されて、小太りが呆れたように笑いながら新たな金具を出した。
「まったく…お前ェは本当に好き物だなァ」
 ジョイントと呼ばれた新しい金具も、哲夫のものを締め上げているものと同じ構造だった。ビルダーは新しい金具の爪を前の金具の下部に引っ掛けると、左手で哲夫の睾丸を優しく揉み始めた。
「ほれ、きんたまをリラックスさせろよ。そうしねェと痛い思いをすんのはてめェだぜ」
 しかし哲夫のそれは苦痛と恐怖に縮み上がったままだった。
 ビルダーは舌打ちすると、睾丸の根本を握って思いきり引っ張った。
 再び哲夫の口から悲鳴があがる。
 引き伸ばされたそこに金具のベルトがまわされ、男根同様に締め上げられた。哲夫の袋はパンパンに膨れあがって皺一つなくなった。
 次に鎖の長い手錠が持って来られ、男達は哲夫の足首にそれを填めると、身体を縛ったロープを解き始めた。
「暴れんなよ、暴れると息子がどうなっても知らねェぜ」
 やがてロープは解かれたが、後ろ手の手錠はそのままだった。
 今度は股間を締め付ける金具に犬を牽く時に使われるような鎖が繋がれて、サングラスがその端を持つ。
「それ、歩け!」
 サングラスは怒声と共に、手にした鎖をぐいと引いた。途端に哲夫の股間に激痛が走る。痛みを和らげるには、前に進むしかなかった。
 素っ裸で後ろ手に手錠を掛けられ、足枷の鎖を鳴らしながら、怒張した股間を鎖で牽かれるという無様な姿で、哲夫は男達に囲まれてよろよろと部屋を出た。
 廊下には誰もいなかった。一行はエレベーターに乗って三階に降りた。
 三階も四階同様の大理石貼りの廊下が続き、同じような部屋の扉が並んでいる。その中の三〇一と書かれた部屋に、哲夫は連れ込まれた。
 部屋の中を一目見た瞬間、哲夫はその異様さに息をのんだ。
 そこは上の部屋と違って、二十畳以上ありそうなワンルームで、内装が全て黒で統一されていた。窓はなく、床も壁も天井も全てが黒かった。
 しかし哲夫がぎょっとなったのはその事ではなかった。
 黒い天井には鉄パイプが格子状に組まれており、そこから幾本もの鉄鎖がさがり、滑車、鉄鉤が揺れていたのだ。壁にも同様に格子や鉄環が埋め込まれていた。
 そして壁沿いに並ぶ何基もの巨大な黒いスチール・ロッカー。
 床のあちこち並んだ、家具というにはあまりに奇怪なものの数々。
 黒い三角木馬。産婦人科にあるような銀色の診察台。真っ黒なバスタブや、真っ黒な便器頑丈そうな鉄の檻。西洋史劇に出てきそうな拷問台や晒し台のようなものもある。
 それらが全て同じ部屋の中にあった。
 頭を巡らせた哲夫は、左の壁一面に張られた鏡の中に、自分の全身が映し出されているのを見た。
 素っ裸で後ろ手錠をかけられ、ぎんぎんに怒張した股間を鎖で牽かれている自分の姿。
 恥ずかしさと屈辱に、哲夫は思わず目を閉じた。
 途端に股間に激痛が走る。
「馬鹿野郎、目を開けろ!」
 サングラスの罵声が飛んで、哲夫は恐る恐る目を開けて、再び鏡の中の無様で惨めな恰好をした自分を見た。
「いいか、これから先勝手に目をつぶってみろ!反抗するとどうなるか、思い出させてやるぞ!」
 哲夫は背中で堅く拳を握り締めた。今はこの屈辱に耐えなければならない。自分が反抗すれば、こいつらは言った通りに洋をいたぶるだろう。息子の為にも、ここは耐えるんだ。
 必死にそう自分に言い聞かせる哲夫を見て、サングラスが笑って言った。
「よォし、判ればいいんだ。あんまり手こずらせるんじゃねえぞ」
 ビルダーが壁のロッカーの扉を開けた。扉の内側に種々な鞭がぶら下がっているのが見えた。想像できたこととはいえ、それでも哲夫は恐怖にぞくりと身体を震わせた。
 ロッカーの中で何かを捜していたビルダーは、じきに目的のものを見つけて戻って来た。
 首輪だった。黒革の、洋が填められていた物と同じ、大型犬か何かがするような首輪。
「ほれ、上を向け」
 鞭ではなかったことに微かな安堵を覚えながら、哲夫は言われるままに顔を上に向けた。のけ反った喉にひんやりとしたものが触れ、重い革の帯が首に巻きつけられた。
 ビルダーは枷と首の間に指を入れたりして適当な所で首輪の袷を固定した。首の後ろでパチリと音を立てて南京錠が閉まる。
 哲夫の耳元でサングラスが囁いた。
「この部屋が何だかわかるか。…これはSM趣味の客用に作ったプレイルームの一つだ。プレイルームったって、いざって時には充分拷問部屋としても通用するぜ。新入りを仕込んだり、聞き分けの悪い奴を仕置きする時にもな」
 犬のように首輪をされた自分の姿を鏡の中に見ながら、哲夫は改めて不安と恐怖に身体が震えだすのを感じた。
 自分の背後に見える、禍々しいとしか言いようのないこの部屋。これからここで、いったい何が起きるのか。
 膝ががくがくして、喉がからからに干上がっていく。
「こっち来い」
 サングラスの声に哲夫は我に返った。いつの間にか男達は、部屋の右手に据えられた黒い卓球台ほどの大きさの台の周囲にあつまっていた。
 恐る恐るそっちへ行く哲夫に怒号がとぶ。「この台の上に仰向けに寝ろ。グズグズすんじゃねえッ!」
 台の上には革のベルトが取り付けられていた。哲夫は足枷の鎖一杯に両足を開かされて足首を台上に固定された。
 後ろ手の手錠にもろに体重がかかり、手首と背中に食い込む。哲夫が痛みに呻くと、小太りが腰の下に革張りの枕を押し込んだ。手首の痛みが少し楽になる。
 両脇の間からベルトが回されて、胸板を締め付ける。哲夫は台の上に反りかえった恰好で、頭を動かすことしかできなくなった。
 いきなり首と頭の下にあった台の一部分が外された。支えを失った首から上が下に落ち、のけ反った喉に首輪が食い込む。
 頭の周囲に男達が集まった。
「いいか、これからお前に尺八の仕方を教えてやるからな。ちょっとでも逆らえば…判っているな!」
 逆らえないことを哲夫は承知していた。怒りと苦痛と屈辱に霞む頭で、ただ頭を縦に振ることしかできなかった。
 そんな哲夫をみてサングラスがせせら笑うと、ズボンのチャックを降ろして勃起したモノを引きだした。
「いいか、丁寧にしゃぶるんだ。歯でも立ててみろよ、てめェの鼻ァ削ぎ落としてやるからな」
 サングラスが太い怒張で、哲夫の顔をびたんびたんと打つ。滲み出た先走りが飛び散って、哲夫の顔に降りかかった。
 ぱちんという音がして、サングラスの右手に握られたナイフから刃が飛び出すと、哲夫の鼻に切っ先が押し当てられた。
「いい子だからな、まず舌ァ伸ばして先っちょをぺろぺろするんだ」
 哲夫はおずおずと舌を伸ばした。
 吐き気がした。舌の先に感じた味のせいではない。自分が小便をする器官を舐めているという、その身震いするほどの不潔感のせいだった。
「よしよし、今度はもっと舌全体を使って、じっくり味わいながら舐めてみろ」
 哲夫は言われる通りに舐め続けた。
 苦しい態勢の下で、直に哲夫の全身は汗だくになった。
 ひとしきり舐め終わると、今度は口に含むよう命令された。口に含ませながらサングラスは、舌の使い方をあれこれ指図する。
 その間左手は哲夫の乳首に伸びて、舐め方が悪いとそこを血が滲むほどきつく抓り上げた。
 しばらくすると、塩っぱいような苦いような不快な味がしてきた。それが男の先端から溢れてきた先走りのせいだと気付き、哲夫はますます嫌悪に身震いした。
 じきに舌が攣りそうになり、喉がからからに干上がった。
 苦しげな哲夫の表情を見たサングラスは、一旦怒張を哲夫の口から引き抜いた。
 哲夫はかすれる声で、男に哀願した。
「…み…みず…」
 途端に平手が飛んで、哲夫の頬を打ちすえた。
「『水を下さい、御主人様』だ!言ってみろッ!」
 哲夫は屈辱に顔を赤らめ、奥歯を噛みながら、絞り出すようにその言葉を口にした。
 しかし、サングラスは
「声が小さい!」
「誠意がねェぞ!」
 と、幾度も幾度もやり直しを命じた。
 哲夫は必死にその言葉を繰り返した。繰り返す度に、心から人間としての矜持が抜け落ちていく思いだった。
 ようやくOKを出したサングラスが言った。
「よし、水をやろう。但し、てめェが俺達三人を口だけでいかせる事を覚えたらだ。全員をいかせられたら、水も食い物も欲しいだけやるぞ。判ったか」
 哲夫は黙って頭を縦に振った。途端に平手が炸裂する。
「それで返事したつもりか、オイ!もう忘れやがったのかッ!…判ったか」
 哲夫は喉元まで出かかった怒りの言葉を無理やり飲み込むと、屈辱の返事を口に出した。
「…はい、御主人様」
「よォし、判ったら続けろ」
 サングラスはそう言って、再び怒張を哲夫の口に突き入れた。
 三人の男達が哲夫の咽中に逐情したのは、それから二時間以上経ってからだった。哲夫は初めて味わう男の汁の味にむせ込みながらも、吐き気をこらえて汚辱の液体を嚥下するしかなかった。
 その頃には哲夫は、男を悦ばせる舌の使い方や、樹液を戴いた時のお礼の言葉などの礼儀作法を、あらかた習得していた。
 そしてようやく、息を荒く弾ませながらぐったりと横たわった哲夫に、水のはいった吸い飲みが与えられた。
 冷たい水は喉に絡みついた精液を洗い流し、哲夫の消耗した肉体を潤した。