田亀源五郎の「ゲイ/セックス/絵」限定年表
〜或いは、いかにしてエッチ好きな子供はエロ作家になったか〜
(曖昧な記憶で作ったんで、内容的に多少前後が間違っているかも……?)
1964年 誕生。
1967年 幼稚園の頃、お向かいのおばさんにスケッチブックと36色クレヨンを貰い、お絵描きに夢中になる。描くと「上手ねー」と褒められるので、いい気になってひたすら描きまくる。
1970年〜 小学校時代あれこれ。
手塚治虫の真似をしてマンガらしきものを描く。当時のお気に入りは「どろろ」だが、性的に反応したのは「W3」の主人公の兄の独房監禁シーン、「ビッグX」の主人公のナチ風拷問シーン、「ノーマン」の主人公の毒虫拷問シーン、「魔人ガロン」の敷島博士の逆さ吊り晒し者シーンなど。手塚愛好はその後も続き、性的な意味でのベスト作品は「きりひと讃歌」。
TV で見た映画「十戒」「ベン・ハー」のチャールトン・ヘストンの奴隷姿や、ターザン映画でターザンが捕まるシーンにドキドキ。以来スペクタクル映画好きになる。だが「サムソンとデリラ」や「ソドムよゴモラ」などの名作よりイタリア製B級ヘラクレスものなんかの方が好きだったのは、この頃から髭面マッチョ好きだったってことか?
小説「地底世界ペルシダー」を読み(これも表紙絵の腰布一丁の裸の男に惹かれた)人間が食肉用の家畜という設定にドキドキ。以来エドガー・ライス・バロウズ作品を読みまくり、大好きなターザンも同じ作者だったと知り嬉しい驚き。「火星シリーズ」も「金星シリーズ」も好きだったが、性的に最も反応したのはやはり「ペルシダー・シリーズ」。それと「月シリーズ」の主人公が侵略者に屠殺されてジ・エンドってのにもゾクゾク。
トマス・ブルフィンチの「ギリシャ神話」を読み、鎖で繋がれ禿鷹に喰われるプロメテウス、アポロンに逆らい生きながら生皮を剥がれるマルシュアス、自分で自分の肉体を引き裂きながら死ぬヘラクレス、旅人を捕らえ寝台のサイズに合わせて手足を引き延ばしたり切り落としたりするプロクルステス、死体を裸にされ両足を縄で縛られ戦車で引きずり回されるヘクトルなどに興奮。また図版として掲載されているマッチョのギリシャ彫刻にもドキドキ。
バロウズとイラストレーターつながりでロバート・E・ハワードの「コナン」シリーズを読む。バロウズよりいっそうダークな雰囲気にウットリ、手足を磔刑台に釘付けにされ鷲に襲われる場面がお気に入り。同様の流れでジョン・ノーマンの「ゴル」シリーズにも手を出し、今度は綿密に描かれた奴隷世界の描写にムズムズ。主人公が闘技場で鞭打たれるのが大好きだった。以降ヒロイック・ファンタジーや異世界冒険ものと名のつくものは手当たり次第に読むようになるが、内容的にはともかく性的な意味で好きだったのはノーヴェル・W・ペイジの「プレスター・ジョン・シリーズ」の主人公と、フィリップ・ホセ・ファーマーの「階層世界シリーズ」の主人公。
映画「未来惑星ザルドス」を見て赤褌一丁のショーン・コネリーにときめく。奴隷にされた野蛮人という設定や、性的興奮度を計るテストにもクラクラ。また「猿の惑星」も大のお気に入り。奴隷妄想、家畜妄想、惨殺妄想の全てを充たしてくれるので、精通後はズリネタの定番に。
絵は、まだ「この画家が好き」という意識はなく、ただ親の持っていた画集に載っていたミケランジェロの「アダムの創造」や、ルーベンスの「レウキッポスの娘たちの略奪」、ダヴィッドの「サビーニの女たち」、ジェリコーの「メデューズ号の筏」、ドラクロワの「サルダナバールの死」なんかを見てドキドキしていた。また、バロウズやハワードの挿し絵を描いていた武部本一郎と柳柊二も好きだった。
1976年〜 中学時代あれこれ。
映画「ソドムの市」の広告写真にショックを受け、原作本「ソドムの百二十日」を読む。これぞカルチャー・ショック!さっそく内容を真似てノートに絵物語を描く。主人公はブランジ公爵と巨根の強蔵。続けてマルキ・ド・サドの作品を読みまくる。特に「悪徳の栄え」の中の食人鬼ミンスキーのエピソードが大のお気に入りに。やがて文庫だけでは飽き足らずに、お年玉を持って神田古書店街へ行き「サド選集」全巻揃いを一気買いする。
以降ポーリーヌ・レアージュの「O嬢の物語」、ギョーム・アポリネールの「一万一千本の鞭」「若きドン・ジュアンの冒険」、ジャン・ド・ベルグの「イマージュ」、ピエール・ド・マンディアルグの「城の中のイギリス人」、ザッヘル・マゾッホの「毛皮を着たビーナス」など名作好色文学を片っ端から読みあさるようになる。
「エジプト人」「魔女」「奴隷とは」など、奴隷と拷問関係の記述がある歴史書籍を読みあさる。挿し絵や銅板画なんかが入っているのに大喜び。
リチャード・バートンの「千夜一夜物語」も愛好。中でもペニスを切断されるアジーズとアジーザの話や、魔女に下半身を石にされ裸の上半身を鞭打たれる王の話や、王妃が黒人奴隷に性的に屈服している話などがお気に入り。真似をしてノートにマンガを描いたりする。
ギリシャ神話からのつながりで叙事詩「ニーベルンゲンの歌」を読み、その真っ暗な悲劇性に惹かれる。以降「イーリアス」「オデュッセイア」「オシアン」「エッダ」「カレワラ」「失楽園」「神曲」など叙事詩関係を読みふける。
ヘンリー・ライダー・ハガードやエイブラム・メリットなどの伝奇冒険小説や、ポーやラヴクラフトなどのホラー小説も好んで読むようになるが、性的に刺激されたのはアーサー・マッケンの「怪奇クラブ」の救われないラストの無惨な死体描写くらいか。
「SFファンタジア」というムック本シリーズを愛読。この本から受けた性的な影響ははかり知れず。人間の男がロボットに鞭打たれている絵や、ロボットに絞首刑にされているイラストに興奮。沼正三の名を初めて知ったのもこの本で。押川春浪の小説挿し絵の西郷隆盛や、武部本一郎の描く甲賀三郎の絵にも惚れた。
またこの頃から国内のSF小説を読みはじめる。性的に反応したものはあまりないが、強いてあげるなら平井和正のウルフガイ・シリーズ。しかしこれは主人公が強すぎて、どんな残酷な場面でも平然としているし、不死身なもんで悲愴感がないのが物足りなかった。その他ではタイトルは忘れたが半村良のマッチョが捕まって薬で強制勃起させられ性転換した元クラスメイトに逆レイプされる話と、小松左京の「星殺し」にグッときた。
本屋にて雑誌「さぶ」を発見。ビックリして即座に購入。オナニーしまくる。イラストでは三島剛とGYMがお気に入り。
J・R・R・トールキンの「指輪物語」を読む。心酔して周辺書籍を読みあさる。性的な影響はなかったが「準創造」という概念に強く影響を受け、現在でも創作に対する態度はいまだにその影響下にある。
絵画ではボッティチェリ、カラヴァッジオ、ティツァーノ、ルーベンス、プッサン、ダヴィッド、ドガ、ゴーギャン、ドラン、小林古径、小川芋銭などを愛好。
1979年〜 高校時代あれこれ。
自分のセクシュアリティが「ホモ」だとはっきり自覚。悩む。それ関係の書籍や映画を見まくる。自分が好きなジャン・コクトーやピエル・パオロ・パゾリーニがホモだと知り、何だか嬉しくなったりもする。ジェームズ・ボールドウィンの「もう一つの国」に感動。ジョセフ・ハンセンの「デイブ・ブランドステッター・シリーズ」も好きだった。
映画ではケン・ラッセルの「恋する女たち」の全裸レスリング・シーンや、「ミッドナイト・エクスプレス」 「サテリコン」などにドキドキ。また「帰郷」のジョン・ボイドとか、「ディア・ハンター」のロバート・デ・ニーロとか、「グッバイ・ガール]のリチャード・ドレイファスとか、「流されて」のジャンカルロ・ジャンニーニとか、とにかくフルフェイスのヒゲ男にときめいていた。それとアニメ「哀しみのベラドンナ」の強姦シーンを何かの特番で見て感動。
当然のごとく、三島由紀夫を読む。でも、やっぱり気に入ったのは「憂国」と「午後の曳航」ってのが私らしいか?
萩尾望都の「ポーの一族」、竹宮恵子の「風と木の歌」、青池保子の「イブの息子たち」「エロイカより愛をこめて」、魔矢峰夫の「ラシャーヌ!」「パタリロ」なども読むが、マンガとしては十分に楽しんだものの、性的にも精神的にも全くピンと来ず。唯一、鈴木雅子(……だったか?自信なし)の「フィメールの逸話」に感動。それと楳図かずおの「洗礼」にドキドキ。
西村寿行を読む。強いはずの野郎どもが裸で鎖に繋がれ、拷問され、肛姦され、尺八や精飲を強制され、一方 的に性的オモチャにされるのを読んで大興奮。以来オカズとして愛用。お気に入りは「去りなんいざ狂人の国を」「汝怒りもて報いよ」「峠に棲む鬼」「炎の大地」などなど。
絵画は前述の「SFファンタジア」や雑誌「スターログ」の影響で、フランク・フラゼッタ、ジェフリー・ジョーンズ、バリー・ウィンザー・スミス、エステバン・マロート、リチャード・コーベン、カザ、グイド・クレパックス、ヒルデブラント兄弟、深井国、生頼範義などを好きになる。また別系統でビアズレー、ハリー・クラーク、バーン・ジョーンズ、アルマ・タデマ、ベックリン、ダリ、エゴン・シーレ、ギュスターブ・ドレ、アーサー・ラッカム、シドニー・シーム、ロックウェル・ケント、ハワード・パイル、マックスフィールド・パリッシュ、吉田カツなどを愛好。
沼正三の「家畜人ヤプー」を読んで大ショック。さっそく「ある夢想家の手帖より」を書店に全巻注文、ある意味では「ヤプー」以上に影響を受ける。この本によって今まで自分が漠然と感じていた、サド・マゾヒズムやフェティシズムのようなセクシュアリティのフィルターを掛ければ、どんな一般的には健全とされる情報もポルノグラフィに成りうるという事実の確証を得た。
このころ単行本発売された、ブロンズ社やけいせい出版の「三流エロ劇画ルネッサンス」作品に感動。お気に入りはひさうちみちおの「アポクリファ」「白鳥の湖」、宮西計三の「ピッピュ」、平口広美の「白熱」「社会的責任」、谷口敬の「水の戯れ」、吉田光彦「ペダルに足が届く日」など。花輪和一の「月の光」、丸尾末広の「薔薇色の怪物」にも大ショック。宮谷一彦の「孔雀風琴」もちょっと気になった。性的な影響以外では大友克洋、白山宣之、谷口ジロー、一ノ関圭、近藤ようこ、高野文子、山岸涼子などがお気に入り。
いわゆる幻想文学に夢中になるが、性的に反応したのはオクターヴ・ミルボーの「責苦の庭」くらい。それとギリシャ神話の影響で半獣人フェチが入っていたので、ロード・ダンセイニの「牧神の祝福」とアルジャノン・ブラックウッドの「ケンタウロス」にちょっとだけ反応。ケネス・グレアムの「楽しい川辺」に出てくるパン神も好きだったっけ。
ゲイ雑誌は「さぶ」と並行して「MLMW」を愛読。特に武内条二のイラストと黒田邦男の「人生を始めないための映画ノート」がお目当てだった。三島剛の画集「OTOKO」を手に入れたのもこの頃。また「MLMW」「アドン」「さぶ」「あいつ」「薔薇族」「青年画報」など各誌で活躍していた長谷川サダオの絵も好きになる。それと「June」と「アラン」もたまに買っていたっけ。
トム・オブ・フィンランドの絵とロバート・メイプルソープの写真に触れ大ショック。そのショックは今もさめていない。
1982年 多摩美術大学に入学、グラフィック・デザイン科専攻。大学ではゲイだと公言して教室でゲイ雑誌を読んでいたりもしたので、けっこう周囲では噂になっていたらしい。
この頃のオナペットはハリソン・フォード。
雑誌「June」にマンガ作品を投稿、「小説June」に掲載。(別名義)
マンガはいわゆるニューウェーブ系のものと「プチ・フラワー」「ぶーけ」「グレープフルーツ」系の少女マンガを愛読するが、性的な影響は皆無。またこの頃から大学卒業にかけて、アニメを手当たりしだい見るようになるが、これまた性的には反応せず。強いて挙げれば「レンズマン」のバスカーク、「わんわん物語」のトランプ、「おしゃれキャット」の野良猫オマリーに惚れたくらいか。
映画は「クルージング」と「メーキング・ラブ」と「パートナーズ」の存在が大きかった。
絵はアンディ・ウォーホル、デヴィッド・ホックニー、アレックス・カッツが好きになる。
1983年 ブルース・ウェーバー、メル・オドン、アントニオ・ロペスに影響されて、大学の課題で製作する作品がどんどんゲイゲイしいものになっていく。この頃は何だかゲイっぽいものを作らなければならないという強迫観念めいたものが自分の中にあったような気がする。
映画「用心棒」を見て、オナペットが三船敏郎になる。
1984年 初の海外旅行でアメリカのゲイ雑誌「Drummer」を知りカルチャー・ショック。ポルノショップにあったバックナンバーを買いあさる。それとグイド・クレパックスの本とゲイっぽいグリーティング・カード類も買いまくる。
帰国後、海外通販で「Drummer」のバックナンバーを大量注文。レザーやSMの写真はもちろんのこと、ビル・ワード、ザ・ハン、カヴェロ、ドミノ、レックス、オラフといったアーティストに影響を受ける。アーロン・トラヴィスの小説もお気に入りに。
ゲイ雑誌では「さぶ」と「アドン」を併読。後者のお目当ては海藤仁のマンガ。特に中編「タフガイ」と長篇「メイクアップ」は日本のゲイ・カルチャー史上に残る作品として記憶されるべき。
内外のゲイ・アーティストを見るにつれ、じぶんもそういう絵を描きたいという欲求が盛り上がり、雑誌「さぶ」「アドン」「薔薇族」にイラストを投稿、カットや挿し絵として掲載。(別名義)
絵画ではフラ・アンジェリコ、マンテーニャ、ホセ・リベラを愛好。それと写真のジョエル・ピーター・ウィトキン、ピエール&ジル、繰上和美も好きになる。
1986年 多摩美術大学卒業。
就職。アート・ディレクター&グラフィック・デザイナーとして、各種印刷物やマルチメディア・コンテンツの製作に携わる。
「さぶ」に田亀源五郎名義による最初の小説「放課後の奴隷」を投稿、「小説さぶ」に掲載。
また独り暮らしを始めたことと、クレジット・カードを作ったのを幸いに、雑誌「Drummer」と「Mach」を定期購読し始める。
この頃、一般のマンガ作品における作者の自意識の過剰な噴出と、ストーリーではなくキャラクターの心理描写と風俗描写ばかり多い作風、現実世界に近いことに価値があるといった自然主義的リアリズムの横行にいささかウンザリ。そこで行き着いたのは「漫画ゴラク」「漫画サンデー」といった雑誌。それらの雑誌の掲載作品の確信犯的な様式主義と、ストーリーもキャラクターも世界観も現実に媚びずに独自の美意識を貫く姿勢に感動。それらから学んだテーマとなる核を絶対率として無関係のものを排除し、その結果モノガタリ本来の持つ原始的な生命力を増強されるとう、いわば現実に依存した自然主義的リアリズムではない虚構構築的リアリズムというべき手法は、後の自分のポルノグラフィー製作における方法論に深く影響した。
絵画ではタイ、インドネシア、インド、ネパール、チベット、ペルシャ、アラブなどの宗教美術と装飾美術を愛好。
1987年 「さぶ」に田亀源五郎名義による最初のマンガ「柔術教師」を投稿、掲載。
以後、コンスタントにイラストレーション、マンガ、小説を「さぶ」に発表。
古書店で「風俗奇譚」「奇譚クラブ」「裏窓」「風俗草紙」など昔の変態風俗誌を買いはじめる。小説では「炎帝廟」「朱金昭」などの芦立鋭吉、イラストでは船山三四に影響を受ける。
絵画では葛飾北斎、月岡芳年、伊藤彦造に心酔。
1990年 「さぶ」で中編マンガ「軋む男」を連載開始。ちなみに同誌創刊以来、初のマンガ連載作品でもある。加えて連載という形ではあったが、実際は編集部の要求により連載スタート時には半年分全六回の原稿を全て描き上げて、それを一括して預けてあった。また、第一回と第二回の間が一ヶ月開き、その間に別の短編が掲載されているが、これは第二回の原稿が印刷所で紛失するというアクシデントによる。手許にコピーをとっていなかったため、第二回の原稿はかろうじて残っていたネームを頼りに全て新たに描き直したもの。そして穴埋めとして数年前に描いたまま未発表だった短編が掲載された。
1991年 「さぶ」で長篇マンガ「嬲り者」を連載開始。実はこれも連載分全ての下書きを先に済ませ、第一部の原稿を全て完成させてから連載がスタートしている。
会社を退職。それから半年間、インドからエジプトへの陸路横断旅行に出かける。具体的なルートは、日本、フィリピン、タイ、インド、パキスタン、イラン、トルコ、シリア、ヨルダン、エジプト、ギリシャ、シンガポール、マレーシア、タイ、日本。
1992年 帰国。フリーランスのアートディレクター、グラフィック・デザイナー、イラストレーターとして活動開始。
ゲイ雑誌での執筆も並行して継続。
1993年 「嬲り者」連載終了。
小説執筆時のペンネームを城戸呉八に変更。
アメリカのゲイ雑誌「Drummer」に作品掲載。
1994年 「バディ」で長篇マンガ「銀の華」を連載開始。
矢頭保の写真集「OTOKO」とオリジナル・プリント、知人が所有していた船山三四の未発表作品のコピーやスクラップ類、第二書房より刊行された楯四郎の「浅草怨念歌」に触れて大ショック。心酔すると同時に、これだけの作家を時代の波に埋もれさせ忘れさせてしまった日本のゲイ産業全般にはなはだしく失望。同時にこれらの遺産を再評価することもなく、後世に引き継ごうという意志も全く見られず、それどころかメディア上で「日本にはゲイ・カルチャーは存在しない」などど公言してはばからない人々の存在に怒りすら覚える。この時点で「ゲイとして自分が欲しいものがあるならば、それを誰かが作ってくれるのを待っていてもだめだ。ゲイという絶対少数者の世界では、自分の欲しいものは自分自身で作らなければならないのだ」と明確に自覚。そのためには今までのような外部の作家という形ではなく、ゲイ・メディア内部へ積極的に参加し、その有り様を改革していく必要があると感じる。
単行本「嬲り者」発売。
グリーティング・カード五種発売
ゲイ関係の仕事が次第に増え、デザイン関係の仕事を圧迫するようになったため、ゲイ関係以外の仕事は全て廃業を決意。これから後は趣味でもバイトでもない、完全な「プロフェッショナルなゲイ・エロティック・アーティスト」として活動することとなる。これは同時に、性表現こそが自分の表現行為の主軸としてもっともふさわしいと悟ったがゆえの決定でもあった。
雑誌「G-men」の企画・創刊準備を始める。この際に強く主張したことは、セクシャル・エンターテイメントへの偏見の打破および質的な向上、過去の作家の再評価と未来の作家の発掘と育成など。それによって今までは時代の節目ごとに「点」としてしか存在していなかった日本のゲイ・カルチャーを、性表現を蔑視する偏見によって風化・隠匿させることなく、過去から未来へ続く一本の軸を持ち有機的に発展していく「線」へ変えていく必要があるということ。
単行本「柔術教師」発売。
波賀九郎の写真展を見て感激したのも、この年だったかな?
1995年 「G-men」創刊。以後、2006年4月まで編集に参加、1〜62号の表紙絵を担当、マンガ、雑文などをコンスタントに発表。
「G-men」での小説執筆時の名義を鬼頭大吾に変更、創刊からしばらくの間は毎号読み切りを、後には長編「慟哭の龍」などを連載。
サンフランシスコのゲイ・パレードに参加、歩く。同時にサンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨークのゲイ産業およびゲイ・カルチャーに関わる人々と出会い、カルチャー・ショックと様々な刺激を受ける。そしてそれとは逆に、性をモチーフとしていない単なるファイン・アートやコマーシャル・アートに対する興味が急速に薄れる。この時に見たトム・オブ・フィンランドの原画と、初めて見たバスティールの絵にも大ショック。
1996年 ニューヨークFEATUREギャラリーの企画展に、ヨーロッパ代表のBastille、アメリカ東海岸代表のRex、アメリカ西海岸代表のThe Hunらと共に、アジア代表として招聘参加。
アメリカのゲイ向けフリーペーパー「Frontier」に記事掲載。
1997年 「G-men」で長篇マンガ「PRIDE」を連載開始。
1998年 池袋BIG GYMギャラリーにて「G-men表紙絵展」。
単行本「獲物」発売。
ポスト・カード・セット「G's Men」発売。
池袋BIG GYMギャラリーにて「獲物/原画展」。
1999年 「銀の華」連載終了。
2000年 「PRIDE」連載終了。
「バディ」で長篇マンガ「外道の家」を連載開始。
2001年 単行本「銀の華(上)」発売。
ウェブサイト、オープン。
「G-men」表紙絵リタイア、児雷也さんにバトンタッチ。
「G-men」で長編マンガ「君よ知るや南の獄」を連載開始。
イギリスのネット雑誌「Be Frank」にインタビュー掲載。
「東京レズビアン&ゲイパレード2001」G-menフロートをデザイン
単行本「銀の華(中)」発売。
2002年 フランスのゲイ雑誌「Tetu」に作品掲載。
単行本「銀の華(下)」発売。
「スナイパーEVE」にインタビュー掲載。
「筋肉男」にマンガ執筆開始。
2003年 「映画秘宝」にインタビュー掲載。
十年来の念願だった画集(1994年の記事を参照)、「日本のゲイ・エロティック・アート vol.1 ゲイ雑誌創生期の作家たち」を編集、発売。
新宿AKTAにて「日本のゲイ・エロティック・アート vol.1 ゲイ雑誌創生期の作家たち/発売記念原画展」。
2004年 フランスのCollection Lambert主催による、日本の現代美術を紹介するイベント「Akimahen」(開催地・リール)、「Eijanaika! Yes, Future!」(開催地・アヴィニョン)に、自作品および「日本のゲイ・エロティック・アート vol.1」収録作家作品を招聘出品。
パッケージにイラストが使用された大人のオモチャ「Zipang」シリーズ発売。
ブログ「田亀源五郎's Blog」スタート。
単行本「PRIDE」(上巻)発売。
単行本「PRIDE」(中巻)発売。
単行本「PRIDE」(下巻)発売。
「爆男」のカバー絵を担当開始。
2005年 「激男」にマンガ執筆開始。
中野の書店「タコシェ」の、石原豪人(林月光)原画展に協力、および同書店出版の石原豪人画集に寄稿、および同書店主催の石原豪人を偲ぶトークイベント「月光夜話」(高円寺「円盤」にて)にパネリストとして参加。
パッケージにイラストが使用されたSMグッズ「PRIDE」シリーズ発売。
フランスのゲイ雑誌「StarGay DVD」にインタビュー掲載
趣味の音楽サイト「Private Music Site of GT」オープン。
フランス語版コミックス「GUNJI」発売。
単行本「天守に棲む鬼/軍次」発売。
マンガ単行本「銀の華」「PRIDE」の中国語海賊版の存在を確認。
「BUBUKA」にインタビュー掲載。
大判ポスター7種発売。
「東京レズビアン&ゲイ・フィルム・フェスティバル」でトークショー。
2006年 「君よ知るや南の獄」連載終了。
「G-men」企画スタッフより離脱。
「激男」の連載「ウィルトゥース」中断。
フランス語版コミックス「ARENA」発売。
「QJr クィア・ジャパン・リターンズ」に伏見憲明との対談掲載。
「日本のゲイ・エロティック・アート vol.2 ゲイのファンタジーの時代的変遷」発売。
渋谷アップリンク・ファクトリーにて、発売記念イベント開催。内容は原画展、トークショー、フィルム上映など。トークショーで村上隆氏と対談、フィルム上映ではホストを務め、自主制作3DCGアニメーション「Desert Dungeon」もスクリーン上映される。
同じく発売記念原画展が中野タコシェで開催。
フランスのアート雑誌「Chronic Art」に記事掲載。
ドイツの出版社 Bruno Gmunder からの依頼を受け、同社が創業25周年記念に出版した、世界のゲイ・アートを集めた画集 「STRIPPED」に作品掲載。
フランスの出版社 Albin Michel から出た Agnes Giard 著「L'imaginaire Erotique Au Japon」に作品と記事掲載。
2007年 レディース・コミック初挑戦。
フランスの大手新聞「Liberation」に書評と作品掲載。
フランスの出版社H&0から、画集「The Art of Gengoroh Tagame」発売。
海外個展用オリジナル連作「七つの大罪」制作。
フランス、パリのギャラリー「ArtMenParis」にて、個展「Gengoroh Tagame Fantasmes Hard-Core」開催。
同ギャラリーよりエスタンプ二種、「七つの大罪」(七枚セット・七部限定)と「忠褌」(単品・二十五部限定)発売。
フランスのテレビ局二件から、インタビューと個展のドキュメント取材。
パリの書店「BlueBookParis」にてサイン会開催。
MySpace「GT a.k.a. Gengoroh Tagame」スタート
単行本「田亀源五郎[禁断]作品集」発売。
All Aboutにインタビュー掲載。
フランスのHIVチャリティー用に、ArtMenParisギャラリーからオリジナル・エスタンプ「キャプテン・ベアー対ドラゴン」(単品・二十五部限定)発売。
関西クィア映画祭にて、「Desert Dungeon」上映。
ジュンク堂新宿店にて、エスムラルダ氏とトークセッション「田亀マンガとゲイシーン」開催。
新宿aktaの「ぼくたちの未来展」と、上野NETYの「台東区男色春画展」に作品出品。
香港の国際映画祭「3rd InDPanda international short film festival」にて、「Desert Dungeon」上映。
札幌のイベント「EZO」で、児雷也氏と合同作品展、およびトークショー開催。
「外道の家」連載終了。
単行本「ウィルトゥース」発売。
単行本「外道の家」(上巻)発売。
「バディ」にインタビュー掲載。
アメリカのゲイ・ポータル・サイト「EDGE」に記事掲載。
「映画秘宝」通巻100号記念特集「オールタイム・ベストテン」に寄稿。
単行本「君よ知るや南の獄」(上巻)発売。
単行本「君よ知るや南の獄」(下巻)発売。
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