廉価盤DVDで見た往年の日本の国策映画6本

野戦軍楽隊 SYK-166 [DVD] 野戦軍楽隊 SYK-166 [DVD]
価格:¥ 1,764(税込)
発売日:2013-07-02

『野戦軍楽隊』(1944)マキノ正博
 中国で兵士慰問と民衆の心を捕らえるために、玄人素人入り交じった軍楽隊が作られていく様子を、音楽とユーモアを交えて描いた内容。上原謙、佐野周二、佐分利信、ゲスト出演的に李香蘭。
 軍楽隊のために兵士が集められるが、その半数が素人、それを残る半数の音楽経験者が、マンツーマンでコンビを組み指導していく……というのが主な粗筋。メインは音大出の上原と、それに反発する佐野の確執。そこに杉狂児などのコミックリリーフも交えて、全体的にはわりと長閑な音楽映画という趣。
 個人的に興味深かったのは、もともとドラマの舞台が軍隊というホモソーシャルな世界な上に、前述した音楽の玄人と素人で組ませたコンビに向かって、上官の佐分利が「お前らはこれから夫婦だ」などとのたまい、兵たちもそれに乗って、それぞれのパートナーを夫と妻に見立てたユーモラスな会話が交わされたりするもんだから、何とゆーか、仄かな男色アロマが漂っているあたり。
 そんな中、インテリ系の上原とヤンチャ坊主みたいな佐野の《夫婦》が、どうも上手くいかないという確執があるんですが、それが遂に和解するシーンなんて、これはホモセクシュアルではなくホモソーシャルだというのは判っていつつも、絵面も含めて、つい「……ゲイ映画?」なんて思っちゃったり(笑)。
 音楽映画的な工夫も随所に見られ、そういった部分も楽しめるんですが、終盤、農村で日本の音楽を披露した次に、「今度は中国の音楽を」と歌の上手い村娘(李香蘭)が呼ばれ、軍楽隊の伴奏で周璇の『天涯歌女』を披露するあたりから、ちょっとプロパガンダ臭が濃厚になっていきます。
 更にクライマックスでは、中国語のナレーション付きで大東亜共栄圏の正当性を訴えつつ、それでもやはり音楽や画面自体は魅力的だったりするので、正直やはり見ていてちょっと複雑な気持ちになる。音楽映画的にも国策映画的にも、綺麗にまとめた感のあるエンディングも同様。
 まぁストーリー的には、軍楽隊が一人前になるところが実質的なクライマックスであり、前述した終盤以降の要素は、いかにも国策映画的な付け足しという感じもします。これは当時の日本映画に限らず、オスカー獲って今でも名作扱いされている、ウィリアム・ワイラーの『ミニヴァー夫人』なんかでも同様。
 というわけで、ヤヤコシイことは「そういう時代だったんだな」ということで横に置いておいて、軍楽隊をモチーフにした音楽映画や、変わり種の軍人ものという視点で見れば、丁寧に作られていてしっかり楽しめる一本かと。

サヨンの鐘 松竹映画 銀幕の名花 傑作選 [DVD] サヨンの鐘 松竹映画 銀幕の名花 傑作選 [DVD]
価格:¥ 1,764(税込)
発売日:2013-05-10

『サヨンの鐘』(1943)清水宏
 皇民化政策下の台湾、日本人恩師の出征を見送るために溺死した、高砂族の少女サヨン(李香蘭)を描いた愛国美談国策映画……のはずなんですが……。
 清水監督は子供の扱いと、自然のロケ描写に長けているんだそうですが(相棒解説。浅学ながら私は『小原庄助さん』一本しか見たことがありません)、なるほど蕃社の村の描写や、李香蘭によって取り纏められている村の子供たちの描写が、実に活き活きとして楽しい。
 国策映画的には、冒頭からして蕃社における日本人警官の意義と立派な仕事ぶりを得々と語り、村に掲揚される日の丸に敬礼をする高砂族、現地語を使う村の子供たちに、日本語を使うようたしなめるサヨン……と、いかにもの塩梅。
 その後も、招集されて出征する高砂族兵士に、その親族が滅私奉公を説いたり、学校で和服の女教師の弾くオルガンに合わせて、子供たちが『海ゆかば』を合唱したり……といった描写があちこちに。
 しかし奇妙なことに、愛国美談的には最も重要なはずの、日本人警察官とサヨンの交流は、劇中では殆ど描かれない。それどころか作劇的には、村の穏やかな日常が兵隊の召集によって中断され、それまでの話が有耶無耶になるというパターンが二度繰り返される。
 まず、恋人三郎(日本人名前の高砂族)の帰還を喜ぶサヨンが、連れだって山頂の湖に行ったことが女人禁制のタブーに触れてしまうというエピソード。そこから話は、サヨンを生け贄にすることを避けるために、三郎は村人と一緒に狩りに行くのだが、足を負傷して獲物をとることができなくなり、更にサヨンを巡る三角関係の予感が……といった展開になるのだが、それらは、召集礼状が届くというエピソードで、スパッと中断してしまう。後に登場人物自ら、有耶無耶になってしまったねと笑い合うくらいに。
 クライマックスへ至る前段も同様で、サヨンは前々から、村の豚が子供を産んだら、それを売ってアヒルを買い、件の湖に放すんだと語っているのだが、ようやくそのアヒルを手に入れ、皆で湖に連れて行くというエピソードが、再び召集によってスパッと中断。
 ここいらへんを含め、どうも見ていて私には、国策映画という枠を守りつつも、その中でささやかにそういった意志に反抗しようとしているような、そんな風に感じられる部分があちこちにあり。まるで、愛国美談という殻を借りて、実はシステムによって破壊されていく純朴な生活を描いたドラマのように見える。
 それが映画という枠内で意図されたことなのか、それとも後世になって外側から見るとそう見えるだけなのか、その正否は置いておいて、そこが個人的には最も興味深かったポイント。
 というわけで、そんな複雑な諸相を感じつつも、サヨンと子供たちの生活描写は実に活き活きと、かつ繊細で楽しく、李香蘭の美声もたっぷり堪能でき、興味がある方なら一見の価値はあり。今なら『セデック・バレ』と併せて見たい一本。

蘇州の夜 松竹映画 銀幕の名花 傑作選 [DVD] 蘇州の夜 松竹映画 銀幕の名花 傑作選 [DVD]
価格:¥ 1,764(税込)
発売日:2013-05-10

『蘇州の夜』(1941)野村浩将
 上海に赴任にした日本人医師が、日本人嫌いの美しい中国娘と出会うが、彼女はやがて医師に惹かれていき…という国策メロドラマ。原作・川口松太郎、主演・佐野周二、李香蘭。
 ここのところ3本続けて李香蘭出演の松竹系国策映画を見たけれど、通した印象として、何だかまるで、かつてポルノ映画が「濡れ場さえ抑えておけば後は内容は自由」だったように、これらも必要なプロパガンダ要素だけどこかに明確に抑えておけば、後は比較的、監督が撮りたいように撮られているという印象。
 この『蘇州の夜』も、台詞で明確にそういう要素を打ち出す場面が数カ所あるものの、基本的には男女の恋愛映画。ストーリー自体はさして面白みのあるものではないけれど、セリフではなく所作や行動で細やかな心情を表出しようとする表現が、メロドラマというモチーフに合っていて効果的。
 当時の上海の光景がふんだんに見られるのは良く、観光映画的な魅力もあり(ただし蘇州はそれほどでもなし)、また李香蘭の歌唱シーンをフィーチャーした歌謡曲映画的な見所も多々。歌曲は『蘇州の夜』と『乙女の祈り』の2つですが、タイトルに反して、内容的には後者の方が比重が高い。
 興味深いのは、プロパガンダ要素が加わることによって、観客は必然的に佐野を日本、李香蘭を中国という、国家そのものに重ねて見てしまうのだが、その話がロマコメではなくメロドラマとして展開するので、国策的には融合(同化)を謳っているのにも関わらず、映画のラストはそれと相反するオチ(つまり一緒になれずに別離する)になっているあたり。
 加えてそこに、男性優位的な男女関係も絡んでくるのが、尚更興味深い。
 つまり、征服者としての男と、最初は抵抗しながらもやがて従順になる被征服者としての女という図式が、そのまま国家間の関係性に重なって見えるのだが、では、そんなヒロインが最後には、ヒーローからの手紙を破り捨てるとは、いったい……といった深読みをしたくなる程。
 それ以外にも、戦争によって直接被害を受けた故に日本人を毛嫌いするようになった中国娘が、国策の代弁者としての男子に《日本の真意》を説かれ、それで理解して従うようになるなんていうエピソードがあるおかげで、逆に《国策に対するエクスキューズの必要性》が強調されてしまったり。
 そんな感じで、個人的な趣味としては、前に見た『野戦軍楽隊』『サヨンの鐘』の方が好みだし、質的には『サヨン…』が頭1つ飛び抜けている感はあるものの、これはこれでなかなか面白かったし、興味深い要素も多々あり……という感じ。

間諜未だ死せず SYK-158 [DVD] 間諜未だ死せず SYK-158 [DVD]
価格:¥ 1,764(税込)
発売日:2013-07-02

『間諜未だ死せず』(1942)吉村公三郎
 日米開戦前夜、中国人青年スパイとフィリピン人スパイ、その黒幕であるアメリカのスパイの姿と、スパイたちと女性の悲恋描いた、防諜の重要性を訴える国策映画。脚本と助監には木下恵介の名も。
 吉村公三郎の演出が冴え、なかなかの見応え。冒頭の大陸爆撃シーン(重慶?)からして、かなりの迫力&スケール感。小道具を上手く用いた緊張感の演出、場面転換の凝った見せ方、メロドラマ部分のムード演出、カット割りや照明や陰影で見せるスリルなど、技巧的なお楽しみどころが盛り沢山。
 ただし、スパイ映画っぽい敵と味方の丁々発止的な要素は余り見られず、ドラマとしてのフォーカスは明らかに、アメリカに操られる中比二人のスパイの内面と、それぞれの相手である二人の女性とのエピソードに置かれているあたりが、いかにもこの監督らしい感じ。
 この二組の対比、つまり、愛国青年である中国人(原保美)と、彼が思いを寄せる幼なじみの良家の娘(水戸光子)という組み合わせと、スパイ生活に倦んでいるフィリピン人実業家(日守新一)と、彼の妻(情婦?)であるバーのマダム(木暮実千代)という組み合わせの対比が、実に効果的にメロドラマ部分を盛り上げてくれます。
 また、それらのメロドラマ・パートと、完璧なヒーローとして描かれる、防諜側のリーダー憲兵隊長(佐分利信)と、憎々しいが頭脳派の悪役として描かれる、英字雑誌オーナーのアメリカ人スパイ(斎藤達雄)という、防諜ドラマ部分とのコントラストも効果的。
 国策映画的には、国民への防諜の重要性の啓蒙、米英の謀略によって仲違いさせられている東アジア、日米開戦による戦意昂揚などの要素が含まれ、それらを娯楽ドラマに組み込む手腕は達者なもの。ちょっとハリウッド映画的な感じがしました。
 スパイ映画的な面白みを期待してしまうと、そこいらへんはちょっと物足りなく、日本人が付け鼻やカツラでアメリカ人を演じているのも、今見ると珍妙な気はしてしまいますが、それでもとにかく技巧的な魅力がいっぱいの一本。

開戦の前夜 SYK-159 [DVD] 開戦の前夜 SYK-159 [DVD]
価格:¥ 1,764(税込)
発売日:2013-07-02

『開戦の前夜』(1943)吉村公三郎
 日米開戦前夜、真珠湾攻撃の準備という軍事機密を、スパイである米武官に悟られぬよう、憲兵隊と民間人が協力して守るという、防諜国策映画。出演は上原謙、田中絹代、原保美、木暮実千代。
 スパイの動きを阻止しようとする頭脳派の憲兵少佐(上原)を軸に、出征していく友人(笠智衆)や弟(原)とのエモーショナルなエピソードや、妻(木暮)との私生活を丁寧に描きつつ、やがて、公的には止められなくなった米間諜の動きを、馴染みの芸者(田中)に托して阻止するというサスペンスへ展開していく、娯楽映画的に良くできたドラマ。
 また、こういった諸要素の見せ方がいちいち上手く、上原と笠の別れのシーンや、部下を思い遣る上原とそれを噛みしめる部下など、どちらも名場面(それもホモソーシャル的な)と言って良いと思われる出来映え。はたまた、作中で効果的な小道具として使われているコンパクトで、木暮が田中に化粧を施すといったシーンも忘れがたい。
 技巧的な演出という点では、先日の『間諜未だ死せず』ほど見所が多いわけではないけれど、それでも連絡待ちの上原の焦燥を示す一連のシーンとか、車の走行と田中の表情の変化で見事な緊迫感を出すクライマックスなど、これまたバッチリ楽しめる出来映え。
 国策的な面では、セリフ等でそれらを声高に主張するのではないが、ドラマの根底そのものが、当時の国策に支配されている感が濃厚。しかもそれを情緒面に上手く絡めて作劇してくる、つまりプロパガンダ映画として出来が良いので、そこいらへんは個人的に見ていてちょっと不快感あり。
 つまり『間諜…』の場合は、国策映画でありながらも主眼はスパイの悲哀やメロドラマにあった(その部分にはさほど思想的なものは反映されていない)が、この『開戦…』は、主なキャラクターの行動原理そのものに国策が反映されている(軍人家族とその周囲という設定なので必然とも言える)という違いがあるので、その結果《情緒を用いて思想を動かそうとする》という点で、よりプロパガンダ的に感じられてしまった次第。
 しかしそういうヤヤコシイことは脇に置いて、軍人家族とその周辺を描いた人間ドラマとして見ると、やはりとても面白くて魅力的。また軍人を描いた映画としても、ダンディな上原といい豪放な笠といい、どちらも実に格好良くて見ていて惚れ惚れ。

海軍 SYK-162 [DVD] 海軍 SYK-162 [DVD]
価格:¥ 1,764(税込)
発売日:2013-07-02

『海軍』(1943)田坂具隆
 鹿児島の青年が熱心な友人に触発され共に海軍入りを目指すが、当の友人は身体的原因でそれが叶わず、主人公のみ入隊、やがて真珠湾攻撃の軍神に…という国策映画。ただしクライマックスがGHQにより削除され現存せず。出演、山内明、志村久。
 一種の青春映画として見ることもできる内容で、特に前半部、主人公が海軍兵学校入りするまでは、丁寧な演出による家族や友人とのプライベートなドラマ、桜島の勇姿が印象的な映像の魅力なども手伝って、実に面白く見られます。
 ただし中盤以降は、海軍省のPR映画的な側面や、真珠湾攻撃に至る経緯の解説と、その正当性のアピール、或いは戦争美談的な比重が増していき、残念ながら映画的な魅力が後退。それでも、部分部分に挿入される人間ドラマ部は、やはり魅力的なだけに、仕方のないこととは言え残念な気持ちに。
 またその人間ドラマも、魅力的ではあるものの、それでもやはり「かくあれかし」というラインは逸脱しないので、これまた仕方ないこととは言え、ある程度以上の膨らみは見せず、物足りない感じがつきまとうのも正直なところ。
 主演の山内明は、このときまだ新人とのことだが、真っ直ぐな薩摩隼人を演じて実に見事。凛々しい風貌も魅力的。母親役の滝花久子、担任教師役の東野英治郎も印象的。そして軍事教練(?)の指導役の笠智衆が、またまたステキだった。