ミクロシュ・ヤンチョー2作、『密告の砦』+ “Csillagosok, katonák (The Red and the White)”

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『密告の砦』(1966)ミクロシュ・ヤンチョー
“Szegénylegények” (1966) Jancsó Miklós
(フランス盤DVDで鑑賞→amazon.fr、イギリス盤DVDあり→amazon.co.uk

 1966年製作のハンガリー映画。ミクロシュ・ヤンチョー(ヤンチョー・ミクローシュ)監督作品。英題”The Round Up”、仏題”Les Sans-espoir”。
 19世紀半ば、オーストリア支配下のハンガリーで、収容所のような砦を舞台に、独立運動に敗れた闘士たちの辿る悲劇を描いた作品。

 19世紀半ば、オーストリア=ハンガリー二重帝国の成立後間もなく、ハンガリー独立のために戦い敗れた闘士たちは、農民たちの中に紛れ込む。体制側は農民たちを収容所のような砦に集め、その中から独立運動の残党と、顔も行方も判らないリーダーを捜し出そうとする。
 そんな中、オーストラリア軍は一人の殺人犯に、砦に集めた人間の中から、お前より重い罪の者を見つけ出せば減刑してやろうと、取引を持ちかける。男は取引に乗り、自分より多く殺人を犯した男や、独立軍の残党を捜し出しては密告していく。
 砦の捕虜たちの間には不穏な空気が漂い、ついに密告者が何者かによって殺害される。その殺害に関与した者として3人の男が浮かびあがり、拘束され尋問を受けるのだが……といった内容。

 何とも重苦しく救いのない話なんですが、全体的に感情表現を抑えた淡々とした作風。
 砦で起きる事象を、高い視点から俯瞰するような描き方なので、密告する者される者といった個の内面に迫る感じではなく、内容から予想していたほど心理的な圧迫感や息苦しさはない感じ。
 その反面、視点の高さゆえに、全体を通して諦念のような無常観が漂い、人里離れた場所にポツリと立つ砦という、空間の拡がりが印象的な美しいモノクロ画面とも相まって、感情に直接訴えかける系ではない、冷めた視点ゆえの空恐ろしさのようなものが伝わってきます。
 特に、最後の皮肉な結末は、「うわぁ……」と思うと同時に、「でも人間社会なんて、現代でも変わらず、そんなものだよね……」なんて気分になってしまう。劇伴音楽を排して現実音のみによる映画なんですが、そのラストで流れるのが、軍楽隊による妙に明るいマーチだというのも、逆に効果的。
 また、全体的にエモーショナルな表現は控えめとは言いつつ、それでもやはり描かれる内容が内容なので、密告者によって少女が全裸でガントレット刑を受け、それを見た夫(父親?)が投身自殺をするあたりは、淡々とした表現にも関わらず、かなり感情をかき乱されました。

 ただ表現や緊張感が、このあたりをピークにして、後半はいささか失速していくきらいもあり。
 誰が主役というわけではない映画なんですが、それでもそれまで中心にいた密告者が物語から消えた後は、どこか軸が定まらないような散漫な感じは、正直受けてしまいました。
 作劇としては、多くを語らず余白を残し、あとは観客に考えさせるというタイプで、私はかなり引き込まれたんですけれど、一緒に見ていた相棒は退屈だった様子。
 まあ確かにこれはこれで良いと思うし、大いに見応えもあるんだけれど、それと同時に、同じ題材でもっと息苦しい密室劇っぽいものや、サスペンスフルなものも見てみたい気はします。
 淡々としているが故のそら恐ろしさをどう感じるか、そこが評価の分かれどころかも。

『密告の砦』から導入部のクリップ。

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“Csillagosok, katonák” (1968) Jancsó Miklós
(フランス盤DVDで鑑賞→amazon.fr、イギリス盤DVDあり→amazon.co.uk

 同じくミクロシュ・ヤンチョー監督作品で、1968年製作のハンガリー/ロシア映画。英題”The Red and the White”、仏題”Rouges et blancs”。
 10月革命後のハンガリーで、赤軍&ハンガリーのコミュニスト対白軍の戦いを描いたもの。

 これは、ストーリーがどうのというタイプではない作品でした。
 全ての事象を高い視点から俯瞰して眺めるというスタイルが、前述の『密告の砦』よりも更に徹底されていて、エピソードは様々あれども、全体を通してのストーリーやキャラクターというのが存在しない。
 具体的に説明すると、こんな感じ。
 川沿いの撃ち合い。捕らえられたハンガリー人を射殺するコサック兵と、それを隠れて見ている敗残の若者。
 反ボリシェビキをアジテートしながら走る白軍の車。
 敗残の若者が赤軍の拠点である修道院に逃げ込むと、赤軍司令官が捕虜を処刑するところで、中年のハンガリー人がそれに反対している。
 そこに白軍がやってきて、赤軍司令官は自殺し、白軍司令官はその死を悼む。
 白軍は捕虜の中から数人をピックアップすると、その中からハンガリー人を除き、ロシア人をゲームのように殺す。また残りの大勢の捕虜の中から、同様にハンガリー人を解放し、残った捕虜にシャツを脱ぐように告げる。そのときになって、一人の男が「自分はハンガリー人だ」と名乗り出るが、「もう遅い」と却下される。
 白軍は半裸の捕虜たちに、自由にしてやるから15分以内にこの砦から出ていけと命じる。捕虜たちは一斉に走り出すが、砦の出口は閉ざされており、逃げ出した数人を除いて全員射殺される。
 捕虜の処刑を反対した中年は農家に逃げ込むが、最初に出てきたコサック兵に発見されて射殺され、コサック兵は農家の美しい娘に目をつけ、皆の前で彼女を全裸にした上、仲間と共に犯そうとするが、白軍の上官がそれを阻止し、コサック兵は銃殺され……といった感じで、これが延々と続く。

 現実音以外には音楽もなく、ただ淡々と人が大勢死んでいく映画。
 カメラがアップになったりして、「お、これがメインのキャラかな?」と思っていると、すぐに死んでしまい、次のキャラに焦点が当たった……かと思うと、また死んじゃう。
 この繰り返し。けっこうスゴい映画です……。
 いちおう、全体を通して登場する人物もいるんですが、およそ主役という感じではないので、一回見終わった後、もう一度最初から見直して、ようやく「ああ、このキャラが……」と判る程度。
 そしてラストシーンは、そのキャラの無言のクローズアップなんですが、これがまた何とも言えない後味で……。
 まあとにかく、戦争というものから、情緒も感傷も善悪もヒロイズムもなにもかもはぎ取って、ただ《起きたことだけ》を見せるというものなんでしょう。
 ですから重いと言えば重いんですが、それでもあまりにも淡々としているので、見ていて落ち込むというよりは、何だかひたすら無常観に囚われていくばかりで、それが良いような悪いような……うーん、何とも言えない……。
 ただ1つ言えるのは、ここに描かれているのは特定の戦争に限ったことではなく、いつでもどこでも起こり得る、そして今でも起きていることなんだろうな……という、そんな普遍性は間違いなく獲得していると思います。
 絶句しつつ、なんかスゴいもの見ちゃったな……という感じ。

 とはいえ、淡々とはしているものの、退屈とかでは全くなく、フィクションやドラマ的な快感は皆無ですが、エピソードや映像はあちこち心に残るもの多し。
 個人的には、捕虜を匿った病院の看護婦たちが、慰安のために綺麗なドレスを着せられて、白樺林でワルツを踊らされるシーンや、大軍に向かって少数の手勢を率いて、「ラ・マルセイエーズ」を歌いながら進軍していくあたりは、大いに心に残りました。
 とにかく、敵も味方も正義も悪も何もなく、ひたすら人間が殺し合う様を、冷たい視線で高見から眺めているような、そんな映画。
 他人様にオススメするには、ちょいと見る人を選びすぎる系なので難なんですが、興味を持たれた方だったら、間違いなく一見の価値はある映画です。
 ”Csillagosok, katonák”、英盤DVD用予告編。