ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作品2本、”Üç Maymun (Three Monkeys)”+”Uzak(Distant/冬の街)”

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“Üç Maymun” (2008) Nuri Bilge Ceylan
(トルコ盤Blu-rayで鑑賞→amazon.com米盤DVD英盤DVDもあり)

 2008年製作のトルコ映画、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作品。同年のカンヌでの監督賞受賞作。英題”Three Monkeys”。
 交通事故を起こしたボスの身代わりを引き受けたことにより、お抱え運転手の一家が徐々に崩壊していく様を描いた内容。

 選挙を控えた政治家が、夜道を一人で車を運転中に、人を轢いてしまう。通りがかりの車に、姿は見られなかったもののナンバーは控えられてしまい、政治家は自分のお抱え運転手に、事故の身代わりを引き受けてくれと頼む。服役は長くて数ヶ月、その間の給料も出すと言われ、運転手は身代わりを引き受けることにする。
 運転手には妻と息子が一人いたが、父親の服役中に、息子は受験に失敗してしまう。荒んでいく息子を案じた母親は、息子に頼まれるまま、車を買う金を例の政治家から貰おうとする。政治家は彼女に、金と引き換えに彼女の肉体を要求する。
 母親はその条件を受け入れるが、やがてそれは息子の知る所となり、そして出所してきた父親も、自分が服役している間に家族に何がおきたのか、徐々に知り始め……といった内容。

 ……いや、スゴいわ。
 私にとっては初ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作品ですが、この監督に対する世評の高さも思い切り納得。動きの少ない堅牢な構図と、セリフも少なく音楽も基本的に現実音のみという、実に静かで淡々とした作風ながら、見事なまでの緊張感と面白さ。
 ストーリー自体は、さほど目新しいものではないけれど、それでも「いったいどうなっちゃうんだろう」と目を離せません。ちょっとサイコ・サスペンス的な風味もあり。
 しかしそれ以上に、それぞれのキャラクターが抱えた複雑で重い心情を、セリフに頼らない映像表現によって、ものすごくリアルに、微細な部分まで描き出すあたりが、ホント面白くて見応えがある。簡単な言葉では説明できないような感情を、映像のみで表現していく凄さが素晴らしかった。
 加えて、アンバーを基調色にしたシャドウの深い、映像自体の美しさ。
 カメラは余り動かないタイプですが、堅牢な構図の引きの絵も、シズル感がすごいクローズアップも、どっちも素晴らしくて、思わず何度も「うわ、すごい絵!」と目を見張ったり。個人的には、夢か現かで顕れる幽霊のシーンもツボでした。
 こりゃ、他の作品も見んと……。

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『冬の街』(2002) ヌリ・ビルゲ・ジェイラン
“Uzak” (2002) Nuri Bilge Ceylan
(英盤DVDで鑑賞→amazon.co.uk米盤DVDあり)

 というわけで、カンヌでグランプリ(パルムドールの次点)および主演二人が男優賞を受賞という、2002年度作品”Uzak”(英題”Distant”、邦題『冬の街』)も見てみました。
 イスタンブールに住む中年写真家の元に、田舎から従弟の青年が来るという、それだけの話。

 冬のイスタンブール、写真家として成功している中年男マームットは、アパートに独り暮らしで、ときおりデリヘル嬢を買っている。そこに、田舎で失業してしまい、マームットを頼って上京してきた従弟の青年ユースフがやってくる。
 ユースフは居候をしながら、港で船の仕事を探し始めるが、なかなか見つからない。また、二人の関係もライフスタイルの違いから、どこかギクシャクしており……というのがひたすら淡々と続く、ホントそれだけの話。

 これまたセリフはが極端に少なく、感情吐露系のそれに至っては皆無で、音楽もなく現実音のみ。そして、美麗な画面と繊細極まりない演出で、微妙な感情の揺れ動きのみが表現されていく。
 そういった日常的な描写が、何ともまたリアルで、しかも不思議とちっとも飽きさせない。ホント、日常的などうってことない光景が続くだけなんですが、ディテールを見ているだけで面白いという不思議さ。
 ドラマ的には、別れた妻とか母親の病気とか、起伏がまったくないわけではないんですが、それらが発展して何らかのストーリーに繋がっていくかというと、そういうわけでもなく、ただそういった状況下での、喜怒哀楽等の単純な言葉では表現できない、微妙な感情の起伏を描くことに主眼が置かれている感じ。
 そんなこんなで、最もクライマックス的なのが、電気スタンドが倒れるとか(笑)、ネズミ取りにネズミがかかるとか(笑)、そんなことだったりするんですけど、でも不思議と面白いんだよなぁ……何なんだろう、これは(笑)。…… あ、時計がなくなるっていう《事件》もあったな(笑)。
 で、distantというタイトル通り、この映画では主人公二人を筆頭に、人々の間にはそれぞれ心理的な距離があるんですが、これまた縮まりもしなければ離れもしない。う〜ん、こういう非物語志向のドラマってのは、私はあんま得意じゃないんだけど、でもこの面白さは何なんだろう……自分でもちょっと不思議。
 とはいえ、別に辛気くさいとかではなく、例えば二人がビデオでタルコフスキーの映画を見ていて、ユースフが退屈して部屋に戻ってしまうと、マームットがビデオをエロビに交換するとかいったユーモアもあるし、何よりかにより、相変わらず映像美が素晴らしく、特に冬のイスタンブールの港の光景は、その美しい詩情に息を呑むほど
 もちろんこれを見て、これは現代人の置かれている状況を……みたいに解釈することも可能でしょうけど、なんかそれもヤボかなという気も。美麗な映像に酔い痴れながら、繊細な演出に驚きつつ、微妙な感情の起伏をドラマとして味わう、私にはそれで充分って感じ。ネズミの件は、明確にメタファーでしたが。
 あ、あと映像のリズムが生理的に好みに合っているのか、本筋と関係ないディテールでも、「この雪の固まりが落ちるタイミングすごい!」とか、「このネコが横切るタイミング完璧!」とか、ヘンなところでコーフンした箇所があちこちありました(笑)。

 そんなこんなで、このヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作品、私はすごく好きでしたし、面白いとも思うんですが、ではどこがどう好きなのかと問われると、自分でも上手く説明できない感じ。
 ”Üç Maymun (Three Monkeys)”では、ストーリー的な興味深さや、幽霊といった超現実の介在も、私のツボにヒットしたんですが、それらの要素がない”Uzak(Distant/冬の街)”でも、やはり同様に面白かったということは、こりゃいったいどういうことなんだろう……困ったな(笑)。
 ともあれ、今年のカンヌでまたグランプリを獲ったという新作、”Bir Zamanlar Anadolu’da (Once Upon a Time in Anatolia/昔々、アナトリアで)”も、今度は殺人事件絡みの内容だというので、こりゃまた是非見てみたいものです。