レオ(とパンジャ)は、最初から「白いライオン」だったのだろうか?

 さしあたっての締め切りが片付いたので、先日ここで書いた手塚治虫の『ジャングル大帝 漫画少年版』を、ゆっくりじっくり読んでおります。
 種々のバージョンがあるという同作ですが、私がこれ以外で読んだことがあるのは、講談社の手塚治虫全集版のみ。というわけで、バージョンによる内容の違いは、私が気付いた分も気付かない分も含めて色々あるんでしょうが、私の場合、例によって全集版の本すら実家にあって手元にないので、細かな比較はできず。う〜ん、読み比べのためだけに、また文庫版を買っちゃいそうな自分が怖い(笑)。
 とはいえ、今回このマンガ少年版を読み始めたら、じきに、細かい部分ではなくて、もっと大きな部分に関する素朴な疑問が、頭に一つ浮かびました。
それは、
「レオ(とパンジャ)って、本当に最初から、白いライオンという設定だったの?」
ということ。
 私の記憶にある限り、マンガでもアニメでも、パンジャもレオも「白いライオン」で、その「白い」というのが、キャラクターの外見的特徴として、最大かつ重要な要素だったはず。
 ところが、今回の復刻版を読むと、何故かこの「白い」という要素が、なかなか出てこない。
 第一話で、パンジャの毛皮を欲しがっている黒人酋長が、白人のハンターと組んで罠をしかけるときも、パンジャの形容として、「ジャングルの帝王」や「森の化身」といった言葉は出てくるんですが(1巻・4ページ……以下特記以外は全て1巻)、肝心の「白い獅子(ライオン)」という表現がいっさい見あたらない。
 とはいえ絵を見ると、他の雄ライオンのたてがみは黒く塗られている(5ページ)のに対して、パンジャのたてがみは白いままで、まあ白黒のマンガ画面で見る限りは「白いライオン」に見えるんですけど、セリフのフォローが何もない、特に酋長が、白い毛皮の希少性ゆえにパンジャに執着しているといった内容がいっさいないのは、キャラクターを立てる要因として「白いライオン」というものを設定したのだとしたら、いささか不自然に感じられます。
 そこで、次に気になるのが、目を閉じて堂々と闊歩するパンジャの姿が描かれている、第二話のカラー扉(7ページ)。
 このパンジャは、たてがみと尻尾の房は白く無彩色のままなんですが、他のボディ部分には薄いベージュが塗られています。
 これを見て思い出したのが、ウィキペディアにも載っている有名なエピソード。

「白いライオン(ホワイトライオン)」というアイディアは、手塚がかつて動物の絵本を依頼された際にライオンの絵を白熱灯の下で彩色したところ、電灯の光のために、できあがってみたら色がきわめて薄くて没になった失敗談が発端という。

 これってひょっとして、実はこの扉絵のことなのかしらん、なんて思ったり。
 さて、同話の後半で、いよいよレオが誕生するわけですが、ここでも奇妙なことに、「白いライオンの子が生まれた」という、セリフによる描写がいっさいない。生まれた子供が真っ白だったら、レオの母エライザ(ただし漫画少年版ではこの名は出て来ない)を捕らえているクッター氏にしろ、輸送船の乗組員にしろ、もっと驚いてもよさそうなものだけど、そういったリアクションはいっさいなし。
 それどころか暢気にも、

「ほほう! こりゃあ かわいらしいな 母おや似だな」
「おいおい ライオンはどれだって みんな顔が同じだ」
(15ページ)

なんてセリフのやりとりすらある。
 もし、パンジャは白で、その子どものレオも白という設定が、当初から存在していたのだとしたら、こういう展開にはならないと思うのだが……。
 以降、レオをメインに話は続いていくんですが、相変わらず「白いライオン」という要素は皆無。
 出会った魚も鳥も、別の船の船員もネズミも、人間サイドの主要キャラクターであるケン一やメリイやヒゲオヤジも、レオをネコと間違えることはあっても、誰一人としてレオが白いということに驚かないのだ。
 そんなこんなで、レオの色が白いということに関しては、テキストでは何も触れられないまま話は進み、やがてレオは、ケン一たちと一緒にアフリカに戻り、パンジャの毛皮と出会うのだが、このときも

「ぼくと おなじ におい!」
(43ページ)

というセリフはあれども、毛皮が同じ白だという要素は出て来ず。
 そんな調子で、第四話まで続きます。
 そして、次の第五話。
 ここにいたって、ようやくカラー扉(45ページ)の「前號まで」というあらすじ中に、「白い獅子パンジャは」という一文が初めて出てくる。
 ただし、カラー扉に関しては、レオの姿が初めて描かれた第三話、次の第四話、そしてこの第五話でも、レオの身体の大半は彩色されない白ではあります。血管の赤みと思しき両耳部と、ボディのシャドウと思しき部分等のみに、ほんのり赤褐色系の彩色が施されている。
 しかし奇妙なことに、第五話のカラー扉では、キャプションでは「白い獅子」と名言されているパンジャの毛皮が、絵ではたてがみ部分のみが白く、顔やボディははっきりとしたオレンジ色になっている。
 そして、この第五章でも、本文になりと、やはりレオやパンジャの白さには触れられない。パンジャの毛皮を持ち運ぶレオを見て、ケン一とメリイが交わすセリフも、やはりまた、

「この子は なんてまあ 毛皮を こうもって まわるんだ ろう」
「その毛皮と レオとなにか かんけいがあ るんじゃ ないか」
(49ページ)

という具合で、二者の間の「白い」という共通項は描かれないままだ。
 この調子で、第五話でも、扉以外の本文中では最後まで、レオやパンジャが「白い」と明示するシーンはない。
 ところが、次の第六話になると、様相が一変する。
 まず、カラー扉(55ページ)は、古代エジプトでスフィンクスの前で眠る、レオの先祖の白獅子アンドロクレス(ただし漫画少年版ではこの名は出て来ない)である。
 そして本文に入ると、まず2ページめで、レオの消息を求めるヒゲオヤジが

「雪みたい白い ししのことをきか なかったか」
(57ページ)

と言うのを皮切りに、次のページでは、まるでだめ押しのように

「ワタみたい な白さだよ」
「ケムリ みたいな白さだッ」
「歯の白さ だ、わかるか」
(58ページ)

と続き、以下も

「で、しってるか 白いししを」
「白いしし? そんなもの いるのかい わッははは」
「白いしし! いますとも」
(58ページ)

と、これまで一度もセリフには出て来なかった「白い獅子」が、何と6コマに渡って連発されるのだ。
 更に、7コマめからは、やはり後に主要な役を負うアルベルト少年によって、アフリカ大陸における「白い獅子」の解説が、

「医斈上では シロコという んですよ」
「今からざっと 四千年まえに 『白いしし』がでた というきろくが あります」
(58ページ)

という具合に始まり、以降2ページ半(59〜61ページ)に渡って続く。
 そして、この第六話以降、レオが白いライオンだということが、あらすじや本文中で、折に触れて語られるようになります。
 つまり、私が今回の復刻版を読んで、どう感じたかというと、
「レオもパンジャも、最初は白いライオンという設定ではなかったのでは?
その設定は、第五話から六話の間ぐらいの時期に、後から付け足されたものなのでは?」
という印象を受けたということです。
 ひょっとしたら、こんなことは周知の話なのかも知れないけれど、寡聞にして私自身は、これまでそういった話は読んだことも聞いたこともなかったもので、これが事実だとしたら、ひどくビックリなわけで。
 ホントのところはどうなのかは、私にはこれ以上のことは判りませんが。
 もう一つ、パンジャの色に関しては、実は物語が後半に入ってからも、レオが自分の子どものルネとルッキオに、パンジャの毛皮を見せるシーン(2巻・13ページ)で、たてがみは白だが顔とボディーはオレンジ色をしているのも興味深いところ。
 ひょっとすると、パンジャに関しては、かなり後半になっても、全身が真っ白という設定ではなかったのかも。特典の複製原画にある、学童社版の単行本用表紙原画でも、やはりパンジャの色は、たてがみと尻尾の房のみ白(をイメージさせる薄いブルーのシャドウ)で、顔やボディはベージュ色をしているし。
 更に余談になりますが、もし『ジャングル大帝』の成立に、エドガー・ライス・バロウズの『ターザン』シリーズや、南洋一郎の『バルーバ』シリーズの影響もあったのだとすると、当初のパンジャは両シリーズに出てくるような「金獅子」を想定していて、第一話でたてがみが白いのも、白毛ではなく金毛のつもりだったのかも……なんて、更に妄想も膨らんだりして(笑)。