帰朝報告〜日誌風(5)

帰朝報告、その6。
3月5日
 九時頃に目が覚める。今朝も足は痛くない、良かった。もう歳なので、一日遅れで来るかもと心配してたのだ(笑)。
 オリヴィエとランチの約束があったので、午前中に旅行代理店を探して、パリ滞在の後の寄り道用チケットを手配することにする。
 オリヴィエの情報をもとに、メトロに乗ってオペラへ。ところがオペラの駅が改装中で通過してしまい、一つ先のマドレーヌから徒歩で引き返す。
 教えてもらった代理店を探して、オペラ大通りを歩く。なかなか見つからず、かわりに、メガネのパリー・ミキのパリ店を発見(笑)。けっきょく、目当ての代理店を見つける前に、HISのパリ支店を見つけたので、ここで手配することにする。
 チュニスへの往復エア・チケットを調べる。ユーロ高もあって、予想していたより高い。日本で手配しておいた方が安かったかも、失敗だったなぁ。しかし、とりあえずチケットはゲット。宿泊は現地で探すことにして、往復の航空券のみ購入。
 ギャラリーに戻り、オリヴィエとランチ。自分一人だったら、怖くて絶対に入っていけないような、怪しげな路地の奥にある、モーリシャス料理の店へ。……あれ、マルティニーク料理だったかな? 自信がなくなってきた(笑)。
 陸稲に鶏や野菜の煮込みがかかった、カレーのような料理をいただく。インド料理から辛みを抜いたような味で、とても美味しい。食事をしながら、この個展が終わた後のプランや、今年のスケジュールなどについて話し合う。オリヴィエは、アイデアマン。次から次へとアイデアを聞かされるが、さて、その中の幾つが実現するやら。
 ランチの後、オリヴィエは来客の予定があるので別れる。
 オリヴィエから預かったお土産を、沢辺さんたちに渡したいので、電話してみる。書店で営業の最中だった。後で聞いたら、パリ市内の二件の書店で、『日本のゲイ・エロティック・アート』シリーズ100冊、『田亀源五郎【禁断】作品集』20冊の受注がとれたらしい。
 因みに『日本のゲイ・エロティック・アート』に関しては、フランスでは実に好評でした。このシリーズを編纂する際、私の念頭には、「1.エロティック・アート本来の効果、つまりオカズとしての有用性」、「2.オカズ云々を離れたレベルでの、独立したタブローとしての評価」、「3.それらを記録し、分析的に俯瞰することによる、文化史的な意義」という、三段構えの構成を持たせるよう心掛けていました。フランスでの反応は、それらのいずれのレベルもきちんと踏まえた上で、きちんと高評価してくれる声が多いのが嬉しい。
 話がズレましたが、沢辺さんたちとはポンピドー近辺で待ち合わせて、パリ市庁舎近くのカフェでお茶。オリヴィエからのお土産を渡す。因みに中身は、薔薇のジャムと、「桜風味の煎茶」という奇っ怪なモノ。後者に関しては、オリヴィエも「ストレンジすぎるだろうか」と心配していたけど、私が無責任に「大丈夫、大丈夫、みんなストレンジなものが好きな人たちだから」と後押ししてしまった(笑)。
 沢辺さんたちは、明日の午前中に帰国するので、ここでお別れ。
 夕方から、フォト・セッションの予定が一件入っていたので、ギャラリーに戻る。
 カメラマンのアレックス・クレスタに紹介され、早速撮影開始。
 アレックスは、けっこう野郎系のポーズや表情をリクエストしてくる。ところが、身近な方はご存じだと思いますが、私の所作は、かなりフェミニンな方。言われるままに顔を顰めたり、ビデオスターみたいにハンクなポーズをとるものの、どーにも落ち着きが悪い(笑)。そうそう、頼まれてシャツを脱ぎ、上半身裸にもされましたが、きっと期待していたものと違っていたんでしょう、すぐまた着せられました(笑)。
 でも、アレックスはとてもチャーミングな人で、しかもかなりイイ男。カメラマンより、モデルにしたいくらい。撮影後、しばらく楽しく雑談し、お互いの連絡先を交換。
 フォト・セッションの後、画家のギー・トーマスがギャラリーに来る。
 丁寧なペンシル・ドローイングで、熊系のポートレイトを描くアーティストで、日本で言うと、ちょっとakiくんみたいな作風の人。お土産に、サンタ姿の熊オヤジを描いたドローイングのプリントを貰いました。
 概してパリで会ったアーティストたちは、絵に対する自分の思想や哲学をはっきり持っていた。変に謙遜してみたり、斜に構えてみたりといった、不要なポーズがない。創作行為に対して真剣に向かい合っている感じで、会話していて手応えがあります。
 彼も例外ではなく、会話もかなりつっこんだ内容に。
 夜は、パトリックも呼んで三人で、このギャラリーでディナーを食べることになっていたので、オリヴィエがそのための買い出しに出かける。
 オリヴィエが戻ってくる前に、パトリックが到着。私に見せるために、自分が八〇年代に東京に行ったとき、新宿のカバリエで買ったという、三島剛の画集二種(第二書房の『若者』と、サン出版の『OTOKO』)と、矢頭保の写真集を持ってきてくれた。
 当然これらは私も持っていますが、一緒に見ながらアレコレ語り合っていると、ページの間に雑誌の切り抜きが挟まっていた。フランスのゲイ雑誌の切り抜きだったんですが、それが何と日本のゲイ・エロティック・アートを紹介している記事だったもんだから、私は大興奮。
 切り抜きは、”Gay Pied Hebdo” という雑誌の246号から。今から二〇年ほど前の記事だそうで、Didier Lestrade という記者が、三島剛、木村べん、矢頭保、長谷川サダオ、高蔵大介、林月光、内藤ルネ、武内条二らの作品を、図版入りで数頁に渡って紹介。過去、日本のゲイ・エロティック・アートが、フランスで紹介されていた事例を見るのは、これが初めて。
 やがてオリヴィエが戻ってきて、三人で食事。アート論から下ネタまで、さんざん喋って盛り上がり、深夜を過ぎた頃にお開き。
 オリヴィエとパトリックが帰り、私は就寝。
3月6日
 今日は、個展の設営を手伝ってくれたベルナールから、リュクサンブール美術館で翌日から始まる「ルネ・ラリック展」の、プレス向け内覧会に招待されている。
 朝の九時前、ギャラリーにオリヴィエが迎えにきてくれて、タクシーで美術館に向かう。お天気は、あいにくの小雨。
 美術館でベルナールが迎えてくれる。あいかわらず会話はないけれど、優しい笑顔で併設のカフェに案内してくれて、軽くコーヒーなどを勧めてくれる。パトリックも来ていた。
 一服した後、受け付けでプレス用のセット(カタログ、CD-R、DVDなど)を貰い、会場へ。
 来客は全て、招待された美術関係者だけという贅沢な環境で、ラリックの美しい宝飾品の数々や、ラリックの工房のスケッチ、時代背景を語る古写真や絵画などを見る。解説文は全てフランス語のみだが、オリヴィエやパトリックが意味を教えてくれる。箱根のラリック美術館からも、けっこうな数の作品が来ていた。
 展示をじっくり堪能し終わった頃、ベルナールが「カフェにシャンパンとかがあるから」と誘ってくれる。私は出口の売店を見たかったので、オリヴィエたちに先に行っていてもらい、カタログだのポストカードだのを物色。
 カフェに行くと、ちょっとしたパーティー会場のようになっていた。シャンパン、ワイン、コーヒー、(パトリックの解説によると)有名ブラッセリーの軽食、(やはりパトリックいわく)有名パティスリーのお菓子なんかが、食べ放題、飲み放題状態。試しにマカロンを一つつまんでみたら、これがすこぶる美味い。ついつい続けてパクパク。
 会場の人にオリヴィエが、私の個展のDMを配る。ここいらへんが面白いところで、アートに関して、これはファイン・アートだの、これはコマーシャル・アートだの、エロティック・アートだの、ポルノグラフィーだの、マンガだの、BDだの……といった、区分や敷居が全く感じられない。
 時に日本で、私の作品のフランスでの反応に関して、「アートとして評価された」的な意見を聞くが、おそらくそれは間違いだろう。アートであるなしなんて、たぶんどうでもいいことなのだ。良いと思うかどうか、それが全てのような気がする。ここのところ経験した私の驚き、例えば、大手新聞が作品を掲載したとか、マンガの批評の中にプルーストやロランの名前が出てきたとか、デヴィッド・リンチと同枠のテレビで紹介されたとか、そういったことは、そういったものと私の作品を分ける区分が枠が、そもそも存在していないからなのかも知れない。
 もっとも、帰国後に沢辺さんと話したときは、沢辺さんは私の説にはいささか懐疑的で、やはり層によっては枠は存在しているのではないか、とも言っていた。これに関しては、私もその可能性はあるとは思う。それぞれの消費層の中には、やはりジャンル的な枠の考え方はあるのかも知れない。しかし、とりあえず今回の滞在中に私が交流のあった、美術関係層やマスコミ関係層に関して言えば、やはり前述したリベラルな印象が強い。
 このパーティーには、私のオープニング・パーティに来てくれていた人も何人かいて、挨拶を交わす。それ以外にも、パリ市内のギャラリー・オーナーなどと雑談したり。
 一段落ついたところで、オリヴィエとパトリックと三人で会場を出る。
 小雨の中、メトロの駅に向かう。その途中、美術館から一緒になった知らない人に、道すがらの建物の窓を指さして、「あそこがマン・レイのアトリエだったんだよ」などと教えてもらう。
 オリヴィエは、これから来客の予定があるので、ここでいったんお別れ。
 パトリックはジムに行く予定だけど、まだ少し時間があるというので、それまでどこかでお喋りすることにする。「いいカフェがある」と、クリニャンクールまで連れていかれる。
 パトリックの言った「いいカフェ」の、何が「いい」のかは、カフェに着いたらすぐに判った。アラブ系の肉体労働者のたまり場のカフェなのだ。つまり「眺めがいい」ってこと(笑)。ガタイのいいヒゲ面の、ちょいと目つきの険しい男たちがたむろしてるのを見て、パトリックが「ゲンゴロー・ガイがいっぱいだ」と喜ぶ。まったく、ノンケ好きなんだから(笑)。
 パトリックには「ジムの時間になったら、私のことは気にしないで、適当に切り上げてね」と言ったのだが、「大丈夫」「いや、大丈夫」「もうちょっと話そう」「まだ大丈夫」の繰り返しで、けっきょく、最初は「二〇分くらい」と言っていたのが、小一時間ほども話し込んでしまう。
 ようやく重い腰をあげて、パトリックともお別れ。抱き合って別れを惜しむのも、パリの市街なら違和感なくできるのが良いところ。
 その後は、買い物か観光にでも行こうかと思っていたけど、雨がまだ降っているので、歩き回る気がしない。地下鉄一本で行ける屋根のあるショッピングセンター、フォーロム・デ・アールに行ってみることにする。
 ショッピングセンターで、本屋やCD屋、DVD屋などを物色。昔だったら、ここを先途といろいろ買いまくるところだけど、今はインターネットのおかげで、家にいながらにして海外通販が可能。けっきょく何も買わずに、ギャラリーに戻る。
 今夜は、オリヴィエの友人と、またギャラリーでディナーの予定。
 やがて、その友人二人が来たけれど、申し訳ないけれど名前を忘れてしまった。
 うち一人はクロアチア人、現在はスペインのファッション・ブランドで働いている人。パリコレのショーの演出のために、フランスに来ているところだそうな。オリヴィエとの関係は「掲示板で知り合った」ですと。……ナンパかい(笑)。
 この彼が、トラッシュなものが大好きで、オリヴィエのPCで、そーいったテイストのYouTube映像を、次から次へ見せてくれる。
 中でも最高なのが、ブルガリアで大人気だという、熊系ドラァグ・クイーン演歌歌手、Azis。ビデオ見て、私もイッパツで大ファンになった。この人はマジで好きなので、帰国したらDVD探さなきゃ。
 あと、ペルーのセクシー(?)テクノ民謡とか、クロアチアの超絶早弾き女性キーボード・プレイヤーとか。他にも、「アメリカン・アイドルで落選したオネエさん」とか「ミンクのコートを買って♪と歌うクロアチアのビッチ系セクシー歌手」とか、いろいろあったんだけど、名前を覚えていないので探せず。で、そういった数々を見せられ、五人集まってのオカマノリも手伝って、腹が痛くなるほど笑い転げる。
 かと思えば、前述の Azis の歌が「トルコ歌謡に似ている」という話から、思いがけなくオリヴィエと、ゼキ・ミュレン(トルコの美輪明宏みたいな歌手)やイブラヒム・タトリセス(トルコの熊系オジサン演歌歌手)の話で盛り上がったり。
 けっきょくお開きになったのは、夜中の一時過ぎ。私は、明日の午前中にチュニス行きの飛行機に乗るので、慌てて荷造り。
3月7日
 朝の八時、オリヴィエが来る。ギャラリーの鍵を返し、一緒にメトロの駅へ。
 オリヴィエは、空港行きのRERに乗り換えるガール・デュ・ノールまで、送ってくれる。駅のホームで、抱き合って両頬にチュッチュッと、お別れの挨拶。オリヴィエのマシンガン・トークは、私が乗った列車のドアが閉まるまで続いていた(笑)
 そんなこんなで、パリ滞在はここまで。
 このあと私は、チュニジアのあちこちを一週間ほど旅して、3月14日に日本に帰ったわけです。
 以上をもちまして、帰朝報告、全編の終了。
(終わり)