帰朝報告〜日誌風(1)

帰朝報告、その2。
2月28日
 フィンランド航空を使いヘルシンキ経由で、夜、パリのシャルル・ド・ゴール空港に到着。
 ゲートで、ギャラリー・オーナーのオリヴィエ・セリがお出迎え。前もって写真を貰っていたので、すぐに判りました。写真を見たときから「デカそうなヒゲ熊だな〜」と思っていたんだけど、実際会ってみると、身長は私より頭一つ高いし、ウェスト周りなんか倍はありそうで、ちと圧倒される。オマケに、後になって年下と知って、更にビックリ。
「腹が減ってるか?」と聞かれたけど、機内食でブロイラー状態だったので、ノーサンキュー。そのまま、RER(パリの郊外を走る電車)とメトロ(地下鉄)を乗り継いで、ギャラリーに直行。
 小一時間後、ギャラリー “ArtMenParis” に到着。メトロのストラスブール・サンドニ駅から、徒歩3分ほどという好立地。ポンピドー文化センターやバスティーユ広場は徒歩圏内、主だった観光エリアや文化エリアにも、メトロ一本で数分という便利なエリア。
 因みに、私の宿泊先はギャラリーのロフト……と、オリヴィエは呼んでいたけれど、ギャラリー内の一角をカーテンで仕切った小部屋。オリヴィエは「片づけが間に合わなくて、まだ散らかっている」と、しきりに詫びていたけれど、なんのなんの、私の家に比べると百倍は片付いている(笑)。
 お茶を淹れてもらい一服した後で、手荷物で持参した個展用の原画を見せ、展示のレイアウトなど明日の作業に関する打ち合わせ。事前にギャラリーの写真と図面をメールで貰い、展示に関してアバウトなプランは立てていたものの、やはりいざ現物を見てみると、いろいろ変更や微調整の要あり。あと、オリヴィエの英語は、フランス語訛りがきついうえに、かなりの早口でマシンガン・トークなもんだから、ついていくのがけっこう大変。
 それでも何とか打ち合わせも終わり、深夜12時過ぎにオリヴィエは帰宅。ギャラリーの鍵を預かり、表門を開けるための暗証番号も教えてもらう。
 一人残って、バスを使う。時差ぼけが心配だったけど、いつも日本で超夜型の生活なのが幸いしてか、ベッドに入ったらすぐに眠くなりました。
3月1日
 朝、7時頃に自然と目が覚める。頭もスッキリ。やはり時差ぼけの兆候はなし。
 オリヴィエが来るのは1時の約束だったので、ちょいと近くを歩いてみることにする。表門を出て適当にウロウロしていたら、すぐにカフェを見つけたので、入ってコーヒーを注文。あまり食欲がなかったので、朝ゴハンは頼まず。
 コーヒーの後、もうちょっと近所を探索して、9時頃にギャラリーに戻る。で、前日に別便でパリ入りしているはずの、ポット出版の沢辺社長のケイタイに電話。すぐにつながって、沢辺さんたちがギャラリーに来ることになる。ギャラリーの入り口がちょっと判りにくいので、ドアを開けてお待ちする。
 沢辺さん一行(沢辺さん、「日本のゲイ・エロティック・アート2」のアップリンクでのイベントを一緒にやったポットの那須さん、ふみちゃん、みずきちゃんの四人)がギャラリーに到着。一緒にパリ入りしたはずの、タコシェの中山店長の姿は見えず。どうやら、別の約束があったようで。
 ギャラリーを披露した後、しばし雑談。沢辺さんたちの泊まっているホテルは、通り一本向こうなだけの、とても近くだそうな。そして、那須さんのお仕事用英文レターを書くのを、ちょっとお手伝い。
 一服した後、ちょっと外でお茶でもしようと、みんなで外出。ちょっぴり歩いてカフェに入り、慣れないフランス語メニューと格闘しながら、何とかカプチーノを注文。ユーロが高いせいもあって、想像していたよりも物価が高い印象。
 お茶しながら雑談していたら、外を大量のパトカーがサイレン鳴らしながら走り、しかも中には武装警官がぎっしり乗っていたもんだから、みんなビックリ。しかし、道行く人々はべつだん驚いたり慌てる様子もないので、ちょっと安心する。
 そうこうしているうちに時間がきたので、みんなと分かれてギャラリーに戻る。
 ギャラリーに戻ってしばらくして、オリヴィエが来る。サンドイッチを持参してくれたんだけど、なぜかまだ食欲がなかったので、「後で食べるから」と冷蔵庫にしまってもらう。特に胃の調子が悪い感じでもないんだけど、やはり少しナーバスになっているのかな。
 しばらく雑談をしていると、展示作業のお手伝いをしてくれる、またまた立派なヒゲ熊系のニコラが到着。彼もアーティストで、作品の写真を見せてくれるましたが、コンセプチュアル・アートと抽象絵画の中間のような作風でした。
 ニコラがマット切りなどの額装の準備を始め、そのあいだ私は、今回の個展用に制作したエスタンプ(複製画)に、エディション・ナンバーとサインを書きこむことにする。
 エスタンプの種類は二種類。
 まずは、個展用の完全な新作「七つの大罪」連作。
 これは、七枚セットで限定七部のみの制作。印刷媒体等へ発表する予定はありません。ただし、画像はそのうち ArtMenParis のウェブサイトと連動して、私のサイトにも載せる予定ですし、エディション・ナンバーが入ったもの以外に、E.A.(エプルーブアルティストの略で、アーティストプルーフとも呼ばれる、アーティスト用の保存分)を私が所蔵しているので、別の個展なり何なりの際に展示はできます。
 もう一種類は、サイトにも載せている旧作で、「さぶ」の挿絵用に描いた「忠褌」というモノクロ作品。こちらは刷り数も多く、限定25枚。これも、私が所蔵しているE.A.があります。
 これらは、そのうち日本国内でもご披露できるといいんですが。
 サイン入れ作業の最中に、もう一人の助っ人ベルナールが到着。この人はヒゲでも熊でもなく、細身のインテリ風オシャレさん。お仕事は、美術評論家だかキュレーターだかだそうだけど、英語を喋らないので、あまり交流はできず。
 サイン入れも額装も終わり、四人で配置や順番をあれこれ決めていく。みんな積極的にアイデアを提案してくれるので、なんだか文化祭前夜みたいで楽しい。
 窓の外が暗くなり、展示も八割方終わったところで、カメラマンのパトリック・サルファーティが到着。これから、私をモデルにフォト・セッションです(笑)。
 パトリックは、メールヌード写真ではベテランで、何冊も作品集を出している人。コマーシャル・フォトグラファーでもあり、80年代には、キクチタケオやトキオ・クマガイの撮影で来日経験もあるそうな。因みに、このギャラリーで私の前に開催されていたのが、キース・ヘリングが訪仏した際にパトリックが撮影した「パリのキース・ヘリング」という個展でした。
 小柄だけど筋肉はムッキムキで、ちょっとシャイな感じだけれど、笑顔を絶やさない素敵な人。私の作品を絶賛してくれるのも嬉しいんですが、更に、三島剛や矢頭保の大ファンでもあるので、更に嬉しくなったり。オマケに、少し話しただけで妙に波長が合う感じ。
 で、しばらく会話した後、撮影開始。
 幸いなことにヌードではなく、いつも来ている服に手だけバイカー用のような大きな革手袋という、ちょっと不思議なスタイリングでのポートレート。壁に掛かった自分の絵の前で、いろいろポーズをとらされます。指示の出し方が上手いのか、モデルをしていても、意外と緊張しないで済みました。
 でも、初めは「いいかい、ワン・ツー・スリーでシャッターを押すからね」と言っていたのが、撮影に熱が入ってくると、いつのまにか「アン・ドゥ・トロワ」になってたのが可笑しかったな。あと、引きをとろうとパトリックが後ずさりしたとき、ライティングのアシストをしていたオリヴィエにぶつかり、オリヴィエの巨大な腹に小柄なパトリックがバウンドして跳ね返ったもんだから、思わず吹き出してしまった。それから何故か、しばらく笑いが止まらなくなって、申し訳ないことに撮影を一時中断させてしまいました。
 撮影が終わった後も、引き続きパトリックとソファに座ってお喋り。話せば話すほど面白いし、価値観や世界観も共通する部分が多いので、その人柄にどんどん惹かれていきます。
 そうこうしている間に設営も終わり、テーブルの上にはパンやチーズが並べられ、そしてシャンパンのコルクが抜かれ、オリヴィエの「明日の成功を祈って!」という音頭で乾杯。普段はアルコール類を一滴も飲まない私ですが(すっげ〜下戸なんです)、この時ばかりはちょっぴりお相伴しました。
 あとはワインが開けられ、五人でテーブルを囲んで、ギャラリーのキッチンで料理されたピザやラビオリで晩御飯。会話が盛り上がると、たまにフランス語オンリーになっちゃったりするんですが、すぐにオリヴィエかニコラが英語でフォローしてくれるので、さほど置いてけぼりにはならずに済んだかな。
 誰かがかけたCDが、私の大好きなファイルーズ(レバノンの女性歌手で、アラブ歌謡を代表する大歌手の一人)だったので大喜びして、「ファイルーズ大好きで、ちょうど日本を出るちょっと前にも、彼女とベイルートのドキュメンタリー映画を見たばっかりなんだ」とか言ってたら、ニコラはレバノン人だと聞いてビックリ。
 で、「アラブ文化が好きなの?」と聞かれたから、「うん、今回もフランスに来たついでに、チュニジアに寄ってみたいと思ってるんだ」とか答えたら、今度はパトリックはチュニジア生まれだと聞いて、またビックリ。思わず、コスモポリタンとかボヘミアンとかいった言葉を連想して、我ながら古いなぁと思ったり。
 因みにレバノン出身のニコラは、アルコールが入るとだんだんオネエ度が増していきました。そして、去年のベアプライドに女装で参加したところ、シャネル(ニコラいわく「イミテーションじゃないシャネル」)のブレスレットを盗まれてしまった話をして、「いくらベアでも、所詮クィアはクィアね!」とか締めるもんだから、もう大笑い。
 更には、ゲラゲラ笑っている私に「明日のアンタのオープニング、そんときの女装で履いた、ゴージャスなハイヒールで来てあげるわよ!」なんて追い打ちまで。けっこうイケてる熊さんなのに、中身はかなりビッチなんだから(笑)。
 そんな感じで12時を過ぎ、オリヴィエから「これから一緒に、新しいベア&ウルフ・バー(日本でも「オオカミ系」なんて言葉がありますが、外国でもウルフ系ってのがあったんですな)のオープニング・パーティに行かないか?」と誘われたんですが、ちょいと疲れていたし眠くもあったので、申し訳ないけどパス。
 やがて四人は帰り、後は私一人に。
 設営の済んだ無人のギャラリーを、記録用にデジカメで撮影してから、シャワーだけ浴びて、さっさと就寝。この晩も、あっという間に眠っちゃいました。
(続く)