『トリスタンとイゾルデ』

『トリスタンとイゾルデ』(2006)ケヴィン・レイノルズ
“Tristan + Isolde” (2006) Kevin Reynolds
 ワーグナーの楽劇で有名な、中世伝承文学の映画化。ロミオとジュリエットの原型的な悲恋物語ですが、構造的には、アーサー王伝説におけるラーンスロットとグィネヴィアに近いのかな。
 リドリー・スコットがプロデュースとのことで、内容の硬派さや絵的な見応えに、ちょっと期待していたんですが、それらはどちらも見応えありでした。
 絵的な面に関しては、構図の美しさが一見の価値あり。物語の前半、アイルランド王妃の葬送のシーンで、雄大ながらもいかにも荒涼とした風景の中、ちっぽけに蠢く人間たちという、素晴らしいスケール感の対比には思わず瞠目。
 同様に、入り江に浮かぶ船団のシーンなど、ドラマの主役である「人」や「モノ」を極力小さく、しかもセンターを外して配置して、あくまでも「風景」という世界の中の一部として見せる構図の数々が、実に見事で素晴らしい。同じ監督の『ロビン・フッド』のときには、こういった感覚に感心した記憶はないので、これは撮影のアルトゥール・ラインハルトという人のセンスなんだろうか。
 他にも、戦死者を船に乗せて火葬で送るシーンとか、婚礼の場に向かうイゾルデを乗せた船のシーンとか、絵的に「こう見せたい」というのがはっきり伺われる画面が多々あり、映画の「絵を楽しむ」という面では、かなり満足度は大の作品でした。
 ただ、全体的に彩度を極端に落とした画面設計は、重苦しい悲劇の予感としても、寒々とした感覚の惹起という点でも、それなりに面白い効果はあるものの、全てがそれで一本調子なので、ちょいと途中で飽きがくる感もあり。これは、もうちょっと内容の変化に応じてのメリハリが欲しかった。一律に彩度を落としているだけで、低い彩度の中での色彩設計までは気が回っていない感じ。
 内容的には、神話伝説的な要素は極力排除して、リアリズム志向で歴史物的に再構成した、という感じでしょうか。
 ただ、奇妙なことに『トリスタンとイゾルデ』と謳っているわりには、肝心要の恋愛要素がひどくおざなりで、それより各国間の政治的な駆け引きや戦闘シーンといった部分に重きが置かれている。規模は小さいけど迫力はタップリな、えらく気合いの入った戦闘シーンに比べて、主人公二人の恋模様の描写の、何とも気が抜けていーかげんなことよ。正直「……これ、別にトリスタンとイゾルデじゃなくってもいいじゃん」とか、思ってしまいました(笑)。
 演出も、風景や情景や戦闘といった「絵」を見せることに注力するのみで、人物の内面を描くという点がおそろしく不足している。登場人物たちの行動原理は、神話伝説的なシンプルで力強いものではなく、より近代よりの人間的なものであるにも関わらず、そういった内面描写が不足しているのが、何ともちぐはぐで落ち着きが悪い。よって、愛する者への裏切りや、裏切ったものへの赦しとかいった、心情的な部分でのドラマも、頭では理解できるんだけど感情には訴えてこないので、見ていてエモーションが揺さぶられることもない。
 特に、主役二人の内面描写の乏しさは致命的で、しかも外見上の魅力も乏しく、ラブシーン関係もおよそ褒められた出来ではないせいもあって(ラブシーンで「美しい」とか「ロマンチック」と感じさせるような絵が微塵もないってのは、恋愛が鍵となるドラマでは、ちょっとどうかと思うぞ)、悲恋の二人に感情移入するとか同情するとかではなく、逆に「……うっとおしい連中!」とまで思ってしまった(笑)。
 これはドラマの構成にも問題があって、こういった運命的な悲恋ものの場合、恋人たちの意志とは関係なく、にっちもさっちもいかない状況に追い込まれていくからこそ、結果として訪れる悲劇に重みが増すのだが、この映画の場合、主人公たちが「自分たちの意志で選択できたはず」の状況が多すぎる。よって、彼らから受ける印象も、「過酷な運命を辿らざるをえなかった悲劇の恋人たち」よりも、「身勝手に周囲を振り回すバカップル」に近いのだ。
 以下、ちょっとネタバレを含みますので、お嫌な方は次の段は飛ばしてね。
 こうなると、前述したリアリズム志向の再構成という点とも関係するのだが、原典で二人を宿命の恋に走らせる「媚薬」の存在を、映画では完全に排除していまったのが裏目にでてしまう。このことによって、恋人たちの結びつきは、あくまでも二人の意志に異存することになるからである。
 ならばせめてこのカップルに、若気の至り的な同情をさそうような、初々しい魅力があれば救われるのだが、前述したようにそういった要素もない。
 そんな二人の愛について、最後にもっともらしく「二人の愛は国を滅ぼすことはなかった」なんて語られても、つい「そりゃ、結果として『滅ぼすには至らなかった』だけであって、別に『二人の愛が国を救った』わけでもないんだから、他の人からしてみりゃ、やっぱ迷惑なバカップルだったじゃん」とかツッコミたくなるし、そんな愛が至上のものとは到底思えない、ってのが正直な印象。
 ただ、愛の偉大さが、二人の恋愛ではなく、それによって裏切られたにも関わらず、最終的に赦すことができた、マーク王の愛について語られているのだとしたら、それなら納得ですけど。このマーク王、ホントいい人だわ(笑)。
 役者陣は、トリスタン役のジェームズ・フランコとイゾルデ役のソフィア・マイルズは、タイトル・ロールであるにも関わらず、前述したように残念ながら魅力がゼロ。特にソフィア・マイルズの魅力のなさは痛く、この人『アンダーワールド』のときは、脇役だったけど、今回よりもずっとキレイに撮られてたし、魅力もあったから、何だか気の毒な気がします。
 ロミオとジュリエットの伝統に倣って、こーゆー内容の話の場合は、ヒロインは初々しい溌剌とした魅力を最重要視した人選の方が良かった気はします。かつてジュリエットを演じた、スーザン・シェントールやオリビア・ハッセーのように、見ているだけでこっちも幸せになって、おもわず応援したくなるようなヒロインだったら、この内容でもバカップルにはならずに持ちこたえられるから。
 ともあれ、主演二人に関しては、全体的な魅力不足と内面描写の乏しさゆえに、演技力云々とは関係なく、全く感情移入できなかったのが辛かった。
 マーク王役のルーファス・シーウェルは、役柄的にも演技的にも、最も魅力的で見応えもありました。ただ、ちょっと外見が若々しすぎる気も。あと、この人は目の色のせいなんでしょうか、どうしても非人間的で感情が乏しそうだったり、歪んだ内面を持っていそうな印象を受けるので、今回は役柄としては、基本的にあまり合っていないという気も。逆に、『ダークシティ』の主役や、テレビ映画『トロイ・ザ・ウォーズ』のアガメムノン役とか、『レジェンド・オブ・ゾロ』の悪役とかは、けっこうハマってて好きだったんですけどね。
 その他の脇役については、更に内面描写が不足してキャラも立っていないので、外見以外には余り印象に残らず。アイルランド王役の、デヴィッド・パトリック・オハラって人は、ちょっとタイプでした(笑)。でもまあ、私の場合、こーゆー出で立ちでこーゆー髭面だったら、どんな男でもプラス30点増しくらいにはなるんですけどね(笑)。
 そんなこんなで、ちょいとバランスは悪いけれども、基本的には地味で真面目に作った歴史映画という味わいなので、西洋史劇が好きな方だったら、お楽しみどころもタップリです。
 前述した構図等の画面の見応えに加え、セットや美術やコスチューム等も、歴史的な重厚さを感じさせる出来映えで、かなり上質。それ系が好きな方だったら、そういう満足度は高いでしょう。
 アクション系も、前述の迫力のある戦闘シーン以外にも、姫を勝ち取る競技大会のシーンが、全体をまるでボクシングの試合のように見せたり、石の札で対戦相手を決めていくとか、細かなディテールがいろいろ凝っていて面白いので、古代戦闘好きの方に加えて、ファンタジー等の設定マニアの方にもオススメかも。
 逆に、古典ロマンスを期待しちゃうと、ちょっと裏切られちゃうかもしれません。『トリスタン・イズー物語』好きやワーグナー好きの人は、別物と割り切って見た方が吉。特に、ワーグナーの楽劇は好きだけど、史劇には興味がないというクラッシック好きの方は、この映画にはワグネリズム的な要素は皆無なので要注意。
 あ、あと、アン・ダッドリーによるスコアも、個人的にはけっこう気に入りました。派手にエピック風に盛り上げるのではなく、情感を押さえて静かに流れつつ、ところどころでトラッド風(そういえば、楽曲提供のクレジットには、アフロ・ケルト・サウンド・システムの名前もありました)や古楽風の要素も入ったりして、なかなかいい感じでした。
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