『ファイアー・アンド・ソード』

ファイアー・アンド・ソード [DVD] ファイアー・アンド・ソード(1999)イェジー・ホフマン
“Ogniem i mieczem” (1999) Jerzy Hoffman

 ポーランド映画。17世紀中頃、ポーランド人とコサックの内戦で荒れていくポーランド王国を背景に、若い男女の恋愛や、多彩な人物の愛憎渦巻く交錯を描く、壮大な大河ドラマ。
 原作は、前に書いた『クオ・ヴァディス』と同じヘンリク・シェンキェーヴィチ。監督のイェジー・ホフマンという人は初耳ですが、調べたらどうもポーランドでは50年代から活躍しているベテラン監督らしいです。
 主演はミハウ・ジェブロフスキー。で、実は私、以前同じポーランド産のファンタジー映画『コンクエスタドール』を見て、この人に一目惚れしておりまして(笑)。その彼が主演で、しかも大好きな歴史劇ときたから、もう問答無用、ロクに中身も確かめずにDVDを購入してしまいましたとさ(笑)。
 ヒロインはイザベラ・スコルプコ。他の出演作に『サラマンダー』と『エクソシスト ビギニング』があって「ああ、あの人か」と納得。なかなかの美人さんです。

 物語は、私がこの頃のポーランドの時代背景に疎いせいもあって、正直かなり判りづらい印象。
 基本的にはポーランド人とコサックが対立しており、コサックの応援にタタール人が絡んでくるんですが、コサックはポーランド人と対立はしているものの、国王自身は尊敬しており、憎悪の対象なのは実質的な統治権を握っている貴族階級であるとか、国王と議会も、議会の権力が国王のそれを上回っているせいで、対立とまでは言わないまでも芳しくはない関係であったり、或いは対外的にも、前述のタタール人や、ロシア、トルコといった国々が脅威であったり……というように、それぞれの勢力の関係が、かなり入り組んでいる。そこいらへんがいまいち理解しづらいので、映画を見ていても、どことどこが戦争をしているのか、何のために闘っているのか、登場人物の誰がどういう立場なのか、ちょっと混乱してしまう。
 加えて展開のテンポが早すぎて、とにかくぱっぱかぱっぱか話が進むから、何がどうしてこうなったのか、何でこの人がここにいるのか……なんて単純なことすら、良く判らなくなってしまうこともある。それがなければ、物語としてはかなり面白そうな気配がするので、何とも残念です。
 とは言え、美術や衣装は実に素晴らしく、エキゾチック(我々にとっては、ですけど)で豪奢な衣装の数々とか、コサックの荒々しい歌や踊りの魅力とか、重厚な背景とかは、もう存分に楽しめます。戦闘シーンの迫力もなかなかのもの。画像的には、過去や現在の史劇映画の数々と比較しても(……とは言いつつ、この辺りを描いた史劇は、私はユル・ブリンナー主演の『隊長ブーリバ』くらいしか見たことないですけど)全く遜色のない、いや、かなりハイレベルだと言っていいかも。
 あと音楽も、壮大さと哀感や、クラシック的要素と民族音楽的要素が入り交じった、メロディアスにして重厚なスコアで、かなり聴かせます。もしサントラ盤があったら、絶対に欲しい。……なさそうだけど(笑)。
 ってな具合で、とにかく「惜しい!」というのが最初の印象。

 俳優は、まず前述の主役ヤン中尉を演じるミハウ・ジェブロフスキー。ルックスは、クリストファー・ランバートとラッセル・クロウを足して二で割った様で、眼光鋭いなかなかの男前。低めの声もセクシー。でも、実は私、この人が『戦場のピアニスト』にも出ていたと後になって知ったんですが、その時は全く気付きませんでした(笑)。もう一回見れば、どの役だったのか判るかなぁ? 役作りなのか、前述の『コンクエスタドール』よりウェイトが落ちていたのは残念。あと、面積の拡がったモヒカンというか、逆ザビエルというか、とにかくこの時代のポーランド人がそうであったらしい独特なヘアスタイルにも、ちょいと馴染めない。でもまあ、毛皮の帽子を被っているシーンが多いから、そんなには気にならないけど(笑)。
 ヒロインのイザベラ・スコルプコは、前述のような美人さんだし、コスチュームもばっちり決まって、立ち居振る舞いも気品を感じさせるんですが、いかんせん登場シーンが少ない。特に中盤以降は、もう、ほんとビックリするくらい出てこない(笑)。
 他にも恋敵のコサック戦士(何故かこの人だけ、髪型が他のコサックと違うのが謎。他のコサックは弁髪みたいなヘアスタイルなのに、この恋敵はフツーのロン毛なの)とか、怪力だけど信心深い大男・ちょっと情けないけど憎めない大デブ・コサックのカリスマ指導者(皆さんいずれも、カイゼルヒゲが長く垂れたような、独特の口ヒゲをたくわえてらっしゃいます)などなど、色々な人物が出てはくるんですが、ヒーロー&ヒロインも含めて、いまいちキャラが立っていない。
 というのも、これは前述した「とにかく展開が早すぎる」せいもあるんですが、それぞれのキャラクター描写が圧倒的に足りないし、ドラマも物語を追うのが精一杯で「溜め」がないために、例えば友人と再会したり、あるいは仲間同士の絆が育ったり、または悲劇が起こっても、そこにしかるべきエモーションが湧いてこないんですな。感情移入ができない分、感動も薄くなる。
 で、そんなこんなで、ふと疑問に思ったんですよ。「ひょっとしたらコレ、短縮版なんじゃないか?」ってね。
 というのも、以前にも同様の最近作られた史劇をDVDで見て、どうも話の展開が速すぎる、というか、あきらかに所々欠けているとしか思えなかったものが幾つかあり(ピーター・オトゥールとシャーロット・ランプリングが出ていた『ローマン・エンパイア』とか、ニコラス・ローグ監督のデニス・ホッパーが出ていた『サムソンとデリラ』とか)、奇妙に思ってIMDbで調べたら、日本で発売されているのは尺を切った短縮版だった、ということがあったんですよ。
 で、この『ファイアー・アンド・ソード』も調べてみた。そうしたら、案の定。日本盤DVDのランニングタイムは106分。しかしIMDbでは175分とクレジットされている。これで納得。一時間以上も縮めたら、そりゃあ話もブツブツになるわい。12CHの「午後のロードショー」みたいなもんで。

 まあ、普通なら私もココで終わりなんですが、何せこれはミハウ・ジェブロフスキーを拝める数少ないチャンスだし、しかも前述のように「とにかく惜しい!」と思った映画だったから、海外版を入手できないか、ちょいと調べてみようという気になりまして。
 最初はアメリカ盤DVDを調べたんですが、尺はOKだけど字幕の有無が判らない。というより、アメリカ盤だと英語吹き替えのみの可能性も大。ただ、フルスクリーン版で、これはどうやら元々がテレビのミニシリーズであるらしいので、こっちが本来のノートリミングで、私が見た日本盤は劇場公開様に上下にマスクを切ったものらしい。
 そしてもう一つ、本国ポーランド盤DVDを発見。これがもちろんPALではあるものの、尺はOK、しかも嬉しいことに英語字幕入り(他にもポーランド語・ロシア語・フランス語・ウクライナ語の字幕も入ってる)。画面はワイドだけど、スクイーズ収録(日本盤はスクイーズなしのレターボックス)。英語字幕の有無は大きいので、こっちを購入してみることにしました。いやぁ、ポーランドから通販でものを買うのは初体験(笑)。
 で、届いたのがこちらのDVD。
fire_and-_sword
 早速鑑賞したところ、これが前述の不満がことごとく吹き飛んだ!
 とにかくもう、物語が極めつけに面白い。多彩な人物の運命が、絡んでは離れ、もつれては解けていく、大河ドラマ的な醍醐味はバツグンだし、運命に翻弄される恋人同士の、いかにも古典的なすれ違い劇も楽しい。戦闘シーンも、ちょっとした要素が加わることによって、迫力も深みも増している。エピック的な高揚感が増しているのと同時に、戦争の不条理さや哀しさもしっかり描いているのも良い。
 カットされていたシーンの中には、それぞれのキャラクターたちの、大筋とは関係が薄いものの、それでもその内面や魅力を伝える小さいエピソードが多く、もうキャラクターが立ちまくり。感情移入だってバッチリで、倍増して伝わってくる仲間たちの絆の強さなんか、思わず嬉しくなっちゃうし、全く印象に残らなかったキャラも、しっかり人間的な厚味を与えられた好キャラになってるし、極めつけは例の「感動の薄い悲劇」シーンで、今度は見ていて思わず目頭が熱くなったほど。もう、ヒーロー&ヒロインはもちろんのこと、他の登場人物の輝きは倍増以上、役者さんの魅力も全員ズドーンと上昇。
 特に気の毒だったのは、ヒロインのイザベラ・スコルプコちゃんで、実は出演シーンはほとんどカットされちゃってたのね。オールヌードもあったのに。この物語のヒロインはいかにも古典的な受け身の女性で、こーゆーのって最近のハリウッド映画だと、女性差別絡みもあって必ずアクティブに改変されるんだけど、この映画ではそういうこともなく、久々にクラシックなヒロイン像が逆に新鮮でした。美人で、気品もあって、しかも愛らしさもあって、でも芯は強くて。ヒーローと愛し合っているのに、もう映画も終わりに近付いて、ようやくキス。それも、とっても静かで穏やかなキスシーンで、見ていて思わず古典的なロマンチック気分に浸っちゃいました(笑)。このキスシーンは、かなり好きだなあ。
 物語の流れを繋ぐ大きなエピソードが、丸々カットされていた部分も多々あり、短縮盤を見ていて「何がどうしてこうなったのか」と釈然としなかった部分も、なるほど納得、拳をポン。また、話やキャラクターとはあまり関係なくても、目にも楽しい歌舞シーンとか、音楽と映像の効果が絶妙な風景シーンなんかが増えていたのも嬉しい。ベタなユーモアも、また楽し。
 新キャラなんてのもいて、おい、魔女なんか前のバージョンには出てこなかったぞ(笑)! おかげで神話的・伝奇的要素も仄かに香って、ますます私好み。魔女が水車で未来を占ったりするあたり、何となくオトフリート・プロイスラーの小説『クラバート』(カレル・ゼマンが映画化してます)や、イジィ・トルンカの人形アニメーション『悪魔の水車小屋』なんかを思い出して、ちょっと嬉しい気分に。
 時代背景等は、これは私の英語力の弱さもあり、まだちょっと判らない部分は残りましたが、それでも短縮版に比べると遙かに判りやすくなっている。詳細は判らなくても、見ていて「この人が何のためにこんなことをするのか?」といった疑問は湧いてこないので、つっかえたり混乱することはない。
 もう一つ、オリジナル版には信仰に関する描写がいくつかあり、これがドラマの裏に流れつつ、同時に静かで美しい見せ場になっているので、ここいらへんはいかにも『クオ・ヴァディス』を書いた作家さんだなぁと納得。そういえばシェンキェーヴィチは『クオ・ヴァディス』を書く際に、当時ソ連に苦しめられていた祖国ポーランドの状況を重ね合わせていたとか聞いた覚えがあるので、となるとこの『ファイアー・アンド・ソード』も、その後延々と続くポーランドの悲劇の始まりを描いた、なかなか重いテーマを内包しているようにも思えます。
 ちょっとビックリだったのが、短縮版にはあったのに完全版にはないシーンも、一カ所あったこと。となると、元のテレビ版(全4話らしい)には、まだまだ別のシーンがあるのかなぁ。そのテレビシリーズも、どうやらこの後に2作続いて、最終的にはポーランドの歴史を綴った三部作となっているらしいので、そうなるとそっちにも興味を惹かれる。
 とまあ、あんなこんなで3時間以上、もう夢中で一気に見ちゃいました。で、見終わったあとの印象は、う〜ん、これって「傑作」と言っていいのでは? 面白さと見応えという満足感に、画面の良さも加わった、最近見たこれ系の史劇ものの中では、もうトップクラスです。
 まあ強いて言えば、東洋系のタタール人の描写に、やはり一種の偏見に基づくものが感じられたり、その他大勢のタタール人は東洋人の風貌なのに、セリフのある役者はどう見ても西欧人だったりとか、同じモンゴロイドとしてはちょっと気になる瑕瑾もありますが。
 完全版を見るのは難しそうですが、もし日本盤の完全版DVDが発売されたり、あるいは衛星放送か何かでやることがあったなら、ぜひオススメしたい一本です。

 でもって、実は私、このポーランド盤を買ったときに、同じイェジー・ホフマン監督・ミハウ・ジェブロフスキー主演というコンビの、2003年制作の”Stara basn”という神話・伝説ネタらしき映画のDVDを見つけて、思わず一緒に買っちゃったんですな(笑)。まだ見てはいないんだけど、これまた英語字幕付きだし、楽しみにしているところ。
 でも、こーゆーのに限って、そのうちアッサリ日本盤が出たりするんだよなぁ(笑)。(【追記】後に『THE レジェンド 伝説の勇者』という邦題で日本盤DVD出ました)前に買った剣闘士ネタのドイツ製テレビ映画も、今度日本盤が出るし。『ラスト・グラディエーター』という邦題で、これはドイツ語オンリーだったんで、いまいち内容把握に自信はないんだけど、ローマの捕虜になり剣闘士にされた三人の兄弟(うち一人は女)を巡る物語。こぢんまりとしつつも、娯楽作のツボは押さえた佳品という印象でした。訓練所の汗くさい感じなんか、なかなか良かったし。テレビシリーズの『コナン』の主役で、リドリー・スコットの『グラディエーター』にも出てた、ボディービルダーのラルフ・モーラーが、ゲスト出演みたいなチョイ役で出てます。
 そうそう、日本盤といえば、前に『テキサス・チェーンソー』のときに書いた、ジェームズ・ランディス監督・アーチ・ホール・Jr主演の『サディスト』(1962)という白黒映画、今度日本盤DVDが出るらしくって、何だかビックリであります(笑)。

 さて、真面目な感想の後に、不謹慎ネタも(笑)。残酷ネタとエロネタ嫌いの人は読まないように。
 まず責め場ですが、これといったものはないけれど、日本盤もポーランド盤も共通して、ちょっと珍しいところで「串刺し刑」のシーンがあります。血で真っ赤に染まった木の杭をティルトアップしていくと、尻からブッ刺されている腰布一枚のコサック兵が。しかもまだ絶命していないの。うん、映画でこーゆー串刺し刑を見たのは、私は初めてかも。
 あとまあ、ほんの一瞬で、しかもロングショットですが、罪人が村の広場の晒し台に、首と手を枷で固定されて晒されているシーンがあります。着衣だけど(笑)。これも両盤共通。
 日本盤には、絞首刑に処された死体が吊り下がっているシーンがありますが、ポーランド盤では、馬の背に乗せて絞首刑を実行するシーンもあり(西部劇なんかで見るアレと同じ)、吊り下がった死体のシーンもあちこちに増えて4倍増くらい。
 それとね、これはポーランド盤だけなんですが、男のチ××とキ××マが見えるシーンがあってビックリ。『クオ・ヴァディス』のときに、女性の乳首を男が唇に挟む描写がテレビでオッケーなのに驚いた私ですが、いやいや、まだまだ甘かった(笑)。
 しかしこんなことで驚いていると、改めて日本というのは、表現面では文化的後進国だと痛感しますなあ。
 やれやれ。

THE レジェンド -伝説の勇者- [DVD]
価格:¥ 500(税込)
発売日:2011-11-21