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ミュージシャン、ジョン・グラントの日本限定Tシャツの絵を描きました

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 先日、オープンリー・ゲイのミュージシャン、ジョン・グラント氏が初来日した際に、ele-kingの企画で対談させていただいたのがご縁となり、彼が近々再来日する際に会場で販売される、日本限定オリジナルTシャツの絵を描かせていただきました。
 ジョンのライブは、8月20日(土)に開催されるイベント、HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER内で。Tシャツの販売は、HOSTESS CLUB ALL-NIGHTERとサマーソニックの会場、幕張メッセで、8月20日(土)と21日(日)の二日間。価格は3,500円、サイズはS/M/L/XL。
 イベントにお出かけの方は、記念に是非お買い求めを。また、イベント終了後にはオンラインショップで若干枚数を販売予定とのこと。詳細は下記リンク先をご参照ください。
ジョン・グラント、田亀源五郎がイラストを手がけた日本限定Tシャツの発売が決定

*ご縁となった対談記事はこちら。
special talk:ジョン・グラント×田亀源五郎/何を歌い、どう描くか〜ゲイ・アーティストたちのリアリティ

*ジョン・グラントのMV(MVの下がそれぞれの収録アルバム)
ゲイ・サウナでのロケが話題になった”Disappointing”(Feat.トレーシー・ソーン)

[amazonjs asin=”B01BMIRFAQ” locale=”JP” title=”グレイ・ティックルズ、ブラック・プレッシャー”]
膨大な映像の引用で近代のゲイ・ヒストリーを描いて感動的な”Glacier”

[amazonjs asin=”B00ANT2FGK” locale=”JP” title=”Pale Green Ghosts”]

“7 kocali Hürmüz”

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“7 kocali Hürmüz” (2009) Ezel Akay
(トルコ盤DVDで鑑賞、米アマゾンで入手可能→amazon.com

 2009年のトルコ映画。まだ若くて美しい未亡人イュルムズと、その後添えである7人の夫を巡って巻き起こる騒動を描いた、カラフルなミュージカル・コメディ。
 トルコでは有名な作品のリメイクらしいです。

 オスマン時代のイスタンブール。
 パシャ(高官)の未亡人である美女イュルムズは、夫の残した豪邸に暮らしつつ、お金のために5人の男(床屋、夜警、軍人…出征中、綿紡ぎ、強盗…服役中)と結婚しており、さらにもう一人、船長とも結婚するところだった。
 彼女は夫たちに会う日を、それぞれ曜日ごとに決めており、また夫ごとに自分のことを、パシャの未亡人だとかパシャの娘だとかパシャの屋敷の女中だとか、異なる説明をしているので、男たちは皆イュルムズの夫は自分一人だと思い込んでいる。
 そんな中イュルムズは、若くてハンサムな医者と出会って一目惚れしてしまう。そして医者の方も、彼女の誘惑に一発で参ってしまう。彼女の友人で、秘密を分かち合う片棒でもあるお見合い斡旋の女は、イュルムズの恋に協力して、医者との結婚のために6人の夫との関係を清算することにする。
 彼女たちはパシャの身代わりを立てたりして、上手く医者との結婚話を纏めるが、そんな中、服役中だった盗賊の夫が脱獄し、また田舎住まいの綿紡ぎの夫も上京、しかも皆が床屋の夫のところでヒゲを整えるものだから「いったいあの家には何人のイュルムズがいるんだ」ということになってしまう。
 こうして、新しい医者の夫を屋敷に迎えた晩に、6人の夫が入れ替わりたちかわりやってくるのでイュルムズはテンテコマイ。更に綿紡ぎの夫のもう一人の妻も加わって、騒ぎはますます大きくなり……といった内容。

 小咄的な艶笑譚を、カラフルで独創的な衣装や、人工的に作り込んだオールセットの中で、歌と踊りとコント的な笑いを交えながら繰り広げる、肩の凝らないコメディ作品ですが、とにかく衣装やセットの凝り具合が良く、それを見ているだけでもタップリ楽しめます。
 内容的には、最初に出てくるセリフが「夫なんて仕事から帰ってくると丸太みたいに寝てるだけで何の役に立つの?」「昔の強い男を満足させるには妻は4人でも足りなかったけど、今の弱い男じゃ4人かかっても妻を満足させられない」といった具合で、完全に男のダメさを笑い飛ばすタイプのコメディ。
 イュルムズの恋の相手となるハンサムな医師も、いちおう最初はロマンティックに描かれるんだけれど、それでも結局は「女から見た男のしょうもなさ」というところからは逃れられず、結果的に「そんな男たちを操る女の生き様バンザイ」みたいな後味になるのが、なかなか新鮮。
 これはきっと、男性社会で鬱憤の溜まる女性からすると快哉を叫びたくなる話だろうし、イュルムズ役の女優さんもすこぶる付きの美人さんなので、男性から見ても「この美女になら騙されても仕方ないか……」という感じになるだろうから、元々は有名な作品だというのも納得。
 まぁコメディとしては、会話主体のコント的なものなので、私の語学力の足りなさもあって、そう爆笑という感じではなかったです。あちこちクスクス笑えるくらい。また、下痢で何度もトイレに駆け込むとか、床屋の吃音で笑いを取るとか、笑いのテイスト自体が、けっこうコテコテ系。

 とはいえ前述したように、とにかく衣装やメイク、セットといった美術が楽しい。あともちろん、ミュージカル好きならお楽しみどころもいっぱい。
 千夜一夜やカンタベリーからエロスを抜いて、キャッチーな歌とカラフルな美術で、オシャレでポップに仕上げたような作品で、ラスト、全て丸く収まった後に女たちが「でも、5つなんて足りない、7つでもまだまだ、10でも100でもまだまだ欲しい!」と歌い踊るミュージカル・シーンなんかは、個人的にかなりオカマ心を擽られました(笑)。
 予告編。

 女だけのハマム・パーティで「男どもにはナイショよ」と言いながら、「夫なんて犬猫みたいに天からいくらでも降ってくる」と歌い踊るミュージカル・シーン。

 ミュージカル・シーンのハイライト。イュルムズの六人目の夫となる冴えない船長を囲んで女たちが歌い踊る場面や、綿紡ぎの夫の歌、ハマム・パーティ、ラストの「10でも100でもまだまだ欲しい!」などなど。

“Hamam (Steam: The Turkish Bath)”

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“Hamam” (1997) Ferzan Ozpetek
(アメリカ盤DVDで鑑賞→amazon.com

 1997年製作のイタリア/トルコ/スペイン映画。イタリアで活動するオープンリー・ゲイのトルコ人監督フェルザン・オズペテク(『向かいの窓』『あしたのパスタはアルデンテ』)の処女長編。英題”Steam: The Turkish Bath”。

 トルコのイスタンブールを訪れたイタリア人男性が、次第にその地に魅せられていき、そこに同性愛の要素も絡めて描いた内容。
 ローマ在住のフランチェスコは、今まで会ったこともない伯母が亡くなり、その遺産整理のために一人、伯母が長年暮らしていたイスタンブールへと赴く。
 そこで彼は、伯母がハマム(蒸し風呂、トルコの伝統的な公衆浴場)を買い取っていたことを知り、叔母と一緒に働いていたトルコ人一家に暖かく迎えられる。ハマムは既に長年使われておらず廃墟のようになっており、フランチェスコも始めはそれをさっさと処分してローマへ帰ろうと思っていたのだが、自分を家族のように歓待してくれる件の一家や、イスタンブールの空気、伯母が残した手紙などから、次第にその地に惹かれていく。
 やがてフランチェスコは、ハマムを買いたがっている人間が、その旧市街一帯を取り壊して、近代的な都市開発をしようとしていることを知り、売るのをやめて改修することにする。こうしてイスタンブール滞在が長引くにつれ、彼は件の一家の中でも、特にハンサムな息子メフメットと親交を深めていく。
 そんな中、フランチェスコの妻マルタが、ローマからイスタンブールにやってくる。彼女もまた、件のトルコ人一家に歓迎されるが、実はフランチェスコとの夫婦仲は既に冷え切っており、彼女は彼に離婚を切り出すつもりだった。
 しかしマルタは、この地での夫の変わり様に戸惑う。ローマにいた頃とは見違えるように生き生きとして、トルコの地にも溶け込んでいるような夫を見て、彼女は一人取り残されたような気持ちを味わう。
 そんなある晩、マルタがふと目覚めると、自分の隣で寝ていたはずの夫の姿がない。そして彼女は、改装を終えた夜のハマムで、裸になった夫とメフメットが、互いに愛撫しあっている姿を見てしまい……という話。

 ヨーロッパ文化におけるオリエンタリズム的な興味をキャッチとして使いつつ、イスタンブールという街とハマムという場所を寓意的に重ね合わせて、個々の人間の人生というドラマに落とし込んでいく構成は、なかなかお見事。
 前半をフランチェスコの、後半をマルタの視線で描くという切り替えも上手い。
 映像表現や人間描写の繊細さという点では、同監督が後年に撮った『向かいの窓』(2003)や『あしたのパスタはアルデンテ』(2010)などと比較すると、まだちょっと荒い感は否めません。特に心理面での掘り下げは、もうちょっと欲しかったところ。
 ストーリーもちょっと作りすぎの感があり、特にクライマックスが、何というかキャラクターにとって都合が良すぎるという気も正直。まぁ、表現自体が丁寧で繊細なので、鼻白むまではいかないんですが、でもちょっとギリギリかなぁ……というのが、個人的な印象。
 ただ、これがデビュー長編ということを踏まえれば、やはり充分に佳良です。
 映像もおそらく美しいっぽいんですが、DVDのマスターがあまり良い状態ではなく、あまり酔えなかったのが残念。
 伝統音楽にエレクトロニクスを絡めた、ちょっとエスノ・トランス〜アンビエント系の音楽(Trancendental)もなかなか魅力的で、サントラ盤を買いました。
 作家性という面では、主人公より前の世代の逸話や、異邦人、同性愛といった要素が、ストーリーに有機的に絡んでくるのが、前述した2作とも共通していて興味深いところ。監督の背景を考えると、パーソナルな要素が色濃く出ている感があります。

 そんな感じで、モチーフ的に興味のある方ならば、充分以上に見る価値のある佳品かと。

Steam (Hamam: The Turkish Bath) - Original Motion Picture Soundtrack Steam (Hamam: The Turkish Bath) – Original Motion Picture Soundtrack
価格:¥ 1,408(税込)
発売日:1999-01-19
向かいの窓 [DVD] 向かいの窓 [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2007-10-13
あしたのパスタはアルデンテ [DVD] あしたのパスタはアルデンテ [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2012-03-02

最近お気に入りのCD

インス:コンスタンティノープルの陥落 カムラン・インス『トルコの民族楽器と声楽のための協奏曲/交響曲第二番「コンスタンチノープルの陥落」/ピアノ協奏曲/赤外線のみ』
価格:¥ 1,250(税込)
発売日:2011-09-14

 1960年生まれのトルコ系アメリカ人作曲家。幼少期からアメリカとトルコを行き来しながら音楽を学び、長じた後も両国で音楽の教鞭をとるといった経歴の持ち主らしいです。
 しょっぱなの『トルコの民族楽器と声楽のための協奏曲』から、いきなり耳を奪われました。ドンドンと打ち鳴らされる太鼓(キョスやダウルも入っているのかな?)から始まり、そこをつんざくように高らかに絡むズルナ(管楽器)、そして吹き鳴らされる金管、木管、そこに重厚な弦のうねりが絡み……と、まるでメフテル(オスマン時代に端を発するトルコの軍楽)と伊福部昭が合体したかのようなカッコ良さ。
 作曲者本人のサイトで一部試聴ができますので、興味のある方は是非お試しあれ。こちら
『交響曲第二番「コンスタンチノープルの陥落」』も、民族楽器こそ使われていないものの、全体的の感触は似た感じで、やはりズシンと打ち鳴らされる打楽器と、つんざくような管の叫びが印象的。重々しくトラジックで、何ともハッタリの効いたドラマチックな曲調から、哀切で美しいメロウな楽章もあり、かなり視覚的な感じで楽しめます。
『赤外線のみ』は、かなりミニマル音楽寄りの作風ですが、それでもハッタリの効き具合は変わらず。今にも怪獣でも出てきそうな感じでガンガン攻めてくるので、聴いていて実に楽しい(笑)。

マルコプーロス:オルフェウスの典礼 ヤニス・マルコプーロス『オラトリオ「オルフェウスの典礼」〜古代オルフェウス教の詩に基づく』
価格:¥ 1,250(税込)
発売日:2009-03-25

 1939年生まれのギリシャ人作曲家による、1994年度作品。
 古代を思わせる平明でちょっと異教的なリリシズムと、頌歌のような荘厳さが合体した、不思議な清々しさのある大曲。
 ハープやフルートによるエキゾチックでシンプルなメロディや、儀式的なムードを醸し出す鳴り物をバックに、古代ギリシャの神々を讃える語り(この部分は英語)をブリッジにして、バリトン・ソロやソプラノ・ソロやクワイアによる神々への頌歌が、美麗なオーケストラをバックに、ギリシャ語で壮大に歌われるという構成。
 この頌歌部分が、何というかもう「真っ直ぐ!」という感じで、この魅力は何というんだろう……素朴とか牧歌的というのとも、ちょっと違うし……とにかく、ひたすら対象を讃えることで高みに昇っていくような、崇高ではあるんだけれど同時に軽やかでもあるというか……やはり牧歌的というのが近いのかなぁ……。
 とにかく、ロンゴスの『ダフニスとクロエー』を読んだときみたいな、何とも大らかで清々しい魅力があって、すっかり気に入ってしまいました。
 試聴はこちらで可能。

Voice of Komitas コミタス・ヴァルダペット『ザ・ヴォイス・オブ・コミタス・ヴァルダペット』
価格:¥ 1,657(税込)
発売日:1995-08-15

 アルメニア正教の聖職者にして音楽家であったコミタス(1869〜1935)が作曲した聖歌と、彼が収集・編曲したアルメニア民謡を、コミタス本人と(おそらく)弟子であるアルメナク・シャームラディアン(?)が歌っている、1912年の録音盤。
 最近ちょっと、このアルメニアン・クラシック音楽の父と言われている(……だそうです)、コミタスの音楽に凝っていまして、アレコレ色々と聴いているんですが、確かに室内楽曲なんかはクラシック的な雰囲気が濃厚なんですけど、ピアノ曲や歌曲なんかは全体的にとてもシンプルで、旋律のエキゾチックさや、ちょっと神秘的な雰囲気なんかもあったりして、グルジェフの音楽に通じるものがあるような気がしています。
 そんな中でもこの録音は、クラシック声楽家がコンサート・ピース風に歌い上げたり、後代の作曲家達が技巧的に編曲したものとはひと味違う、何というか生(き)の味わいがあるという感じで、個人的には最も魅力を感じた一枚。
 もちろん音質は決して良くはありませんが、それでもノイズリダクションは施されているし、何と言っても無伴奏で滔々と歌うコミタス本人の歌は、一種の崇高さを感じさせる美しさがありますし、シンプルなピアノ伴奏で朗々と歌い上げられるシャームラディアンの歌も、地声に近い力強さや素朴さなどもあって、クラシック声楽家の歌うそれとは、またひと味違う美しさ。
 試聴はここここでどうぞ。

“Badrinath”

Blu-ray_Badrinath
“Badrinath” (2011) V. V. Vinayak
(インド盤Blu-rayで鑑賞、私が利用した購入先はここ

 2011年制作のインド/テルグ映画。
 寺院の守護者となるべく育てられた無双の武芸者と、神を信じない娘とのロマンスを、ブッ飛び級のスケールで描いたアクション大作。

 古来からインドの寺院は、その知識を狙う外敵や、植民地支配を目論む帝国主義者、そして現代はテロリストなどに狙われてきた。
 そんな寺院の守護者を育てるべく、ヒマラヤ奥地の秘寺バルディナースに子供たちが集められ、腕の1振りで百人の敵を倒す古武道が教えられる。中でも抜きんでいたのは、元々は修行者ではないものの「門前の小僧が経を詠む」的にスカウトされた、武芸に秀で信仰にも篤いバードゥリという若者だった。
 ある日バードゥリは、老人が孫娘を連れて寺院にお参りに来る途中、発作を起こして倒れたのを救う。老人は一命をとりとめるが、美しい孫娘のアラカナンダは、幼い頃に眼前で両親が寺院の聖火の事故によって焼死していたため、神を信じることができず、逆に憎んでいた。
 アラカナンダは初めバードゥリと反発しあうが、彼女の心は次第に彼の信仰心によってほぐされていき、やがて彼を愛するようになる。そして結婚を夢見るようになった彼女を、バードゥリの両親も未来の嫁候補として歓迎するのだが、そんな折り、バードゥリのグルである寺院の老師が、彼を自分の後継者にすると決める。
 しかしそれは即ち、バードゥリは妻帯が許されなるということも意味していた。アラカナンダの気持ちを知っているバードゥリの両親はそれを嘆くが、人並みの人間の幸せを越えたグルになるという名誉もあり、その申し出を受諾する。老師は、このことはバードゥリには教えるなと命令し、その結果アラカナンダも、自分の恋心を彼に伝えるきっかけを失ってしまう。
 しかしアラカナンダは、この寺院が冬の間は雪に閉ざされ、寺院の扉も封印されるのだが、その封印時に祭壇に供えられた灯明が、再び扉が開けられる半年後にまだ燃えていたら、灯明に供え物をした願掛けが成就するという話を聞き、そこに望みを託すことにする。彼女はバードゥリに、好きな相手と結婚できるよう願掛けしたいと、その相手がバードゥリ自身であることは伏せたまま、彼の助力を得て寺院に備える秘境に咲く花を取りに行く。
 その一方で、地方の悪辣な有力者と結婚しているアラカナンダの叔母が、悪党と結婚したことで親族から縁を切られ、また、以前公衆の面前でアラカナンダに侮辱されたことを根に持って、彼女を自分の息子の嫁にすることで、屈服させ跪かせようと企んでいた。密かに紛れ込んでいたスパイによって、アラカナンダがバードゥリに恋をしていると知った叔母一家は、彼を殺して彼女を強奪するよう、息子に命令する。
 更にもう一方、寺院の僧侶たちの中にも、バードゥリがアラカナンダを愛しており、彼らの仕える神を裏切って娘を選んだのではないかと疑いを持っており、その話はバードゥリの老師の耳にも届いてしまう。
 果たして二人の運命はいかに……? ってな内容です。

 いや、これは面白かった!
 特に今あらすじを説明した前半までは絶好調。スペクタクル、アクション、ロマンス、歌と踊りが、ジェットコースター・ムービーばりのテンポで次々と展開していき、息をもつかせぬ面白さ。
 まぁストーリーとしては、比較的シンプルな予定調和もので、もうちょっと大きな仕掛けがあってもいいかな……とは思うんですけど、それでもストーリー的な「この後どうなる?」要素が、ヒーローとヒロインのロマンス、それによる信仰と世俗愛の相克、ヒーローと老師の間の信頼や誤解、ヒロインと悪い近親者の間の因縁……などなど、上手い具合に複数要素を絡て引っ張っていくので、全体の牽引力や「目が離せない!」感は上々。
 そこに加えて、暴れ出す象だの、秘境に咲く花だの、善人だけが打たれることの出来る滝だの、閉ざされた寺院の中で点され続ける灯明だの、神の力が宿った土塊だのといった、細かなガジェットやエピソードを色々入れてくるので、それらがテンポの早さとも相まって、なかなかの効果に。
 ただ、後半はちょっとテンポが悪くなり、クライマックスも尻すぼみ感があるのが惜しい。
 前半では比較的控えめだったお笑い場面が、後半の、よりによって事態が逼迫してきた状況下で、しょっちゅう挿入されるもんだから、どうしても見ていてイライラするし、インド映画的には問題なくても、やはりそれがテンポを殺してしまっていることは否めない感じ。ふんだんに入る歌と踊りも、ちょっと後半は多すぎるかなという気も。
 とはいえクライマックスは、ヒーローとヒロインとヒーローの老師という3者の関係を、ヒロインの恋情と共に揺れ動く、信仰心の喪失/復活/再喪失といったモチーフに絡めながら、エモーショナルにグイグイ盛り上げてくれるので、展開自体は上々。前述した尻すぼみ感というのは、悪役が最後を迎えるシーンに映像的な外連味や盛り上がりが乏しいのと(まぁそれ以前が色々スゴ過ぎたので、それらと比べるとどうしても見劣りしてしまう……という要因もありますが)、ハッピーエンド後の余韻が乏し過ぎるので、あくまでも「気分的な盛り上がりが物足りない」という話であって、ストーリーの決着や、それに持っていく作劇自体は、充分以上に佳良だと思います。

 映像的な見応えとしては、まずスペクタクル面で、ヒマラヤの秘寺の大セット。色鮮やかな美術、いかにもインド映画らしいモブと小道具大道具の物量作戦、自然の雄大さ、プラスCG合成による「ないわ〜w」ってな光景……などなど、スケール感と目の御馳走感がバッチリ。
 アクションは、ワイヤー系のアクロバティックなものですが、寺院を占拠したテロリスト軍団やら、恋敵の差し向ける刺客軍団などを相手に、マッチョな肉体美ヒーローが独り剣を片手に、バッタバッタとなぎ倒していくという塩梅なので、これまた文句なしにカッコいい。
 血飛沫は派手に飛び散り、腕や首が飛んだりもするんですが、後者に関しては、一瞬見せてホワイトアウトというパターン。最初は効果のうちかと思ったんですが、後に白いマスクで画面の半分が隠される場面もあったので、どうも検閲とかそっち系の要因らしいですな。
 歌と踊りは、寺院のセットを使った大群舞あり、MTV系のカッコいい(……多分)セットを使ったヒップホップ系あり、ヒーローとヒロインがいきなりスイスだかどっかの雪山や古城にワープして歌い踊るとゆーお約束もあり、テルグ映画っぽいテンポの早い泥臭い系もあり……と、どれも楽しく、これまた大満足。
 音楽自体も上々です。

 主人公バードゥリ役のアル・アルジュンという男優は、私は今回が初見ですが(オープニング・クレジットでは『スタイリッシュ・スター』というキャッチコピーがw)、なかなかのハンサム君で肉体も見事、アクションと踊りもバッチリ(ただし踊りに関しては、動きの速いコレオグラフィーが連続すると、ちょっと息切れ感が見える部分もあり)で、こういう映画のヒーローとして文句なしの百点満点。
 特に肉体美はかなりのもので、しかもテロリスト相手の大殺陣の見せ場では、何故か上半身裸にハードゲイ風のレザーのハーネスなんか着けてたりして、かなりのお得感が(笑)。一緒に見ていた相棒も、横で大喜び(笑)。
 アラカナンダ役のタマンナ・バディア(?)は、個人的に高評価のタミル映画”Paiyaa“などでヒロイン役をやっていた女優さんで、私はこの人、美人だし、気品もキュートさもあるし、大好きです。老けメイクで老師役を演じているプラカシュ・ラジも、タミル映画の親分役や悪党役でよく見るお顔。

 というわけで、前半=文句なしの面白さ、後半=ちょい弛緩あり、ってな感じで、前述したように締めがもう一つ惜しい感もあるんですが、それでも、とにかく見所は盛りだくさんだし、インド映画に馴染みがあってもなくても、たっぷり楽しめる快作だと思います。

予告編。

“Omkareshwari”〜寺院のセットや絢爛たる色彩美による、冒頭の群舞シーン。こーゆーのって見てるだけでも嬉しくなっちゃう(笑)。

“Nath Nath”〜いかにもテルグ映画っぽい、テンポの速い楽しい系。歌詞がテーマソング的で、エンド・クレジットもこの曲でした。

“Nacchavuraa”〜ロマンティック&セクシー系のミュージカル・シーン。う〜ん、いい曲。大好き。映像的には、ずぶ濡れになったり、見晴らしのいい場所や外国にワープはお約束だけど、雪山系はいつ見ても、風邪ひきやしないか心配になりますな(笑)。

“Dabangg”(ダバング 大胆不敵)

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“Dabangg” (2010) Abhinav Kashyap
(インド盤Blu-rayで鑑賞、米アマゾンで入手可能→amazon.com

 2010年製作のインド/ヒンディ映画。肉体派サルマン・カーン主演。義賊気取りの腕っ節の強い警官を主人公にしたアクション映画。タイトルの意味は「恐れ知らず」。
 数々の記録を塗り替えた大ヒット作品だそうで、同国フィルムフェア賞で作品賞を含む6冠を獲得。

 主人公は幼い頃父親を亡くし、母の再婚相手の義父や、後に生まれた弟とは上手くいっていない。やがて成長した彼は、腕っ節が自慢の警察官になるが、義父や弟との関係は改善されていなかった。
 ある日主人公は銀行強盗を一人でブチのめすが、義賊を気取って、取り戻した金は自分が着服してしまう。弟はある娘と恋に落ちるが、彼女の家の貧しさが障害となって、両方の親から結婚の許可を貰えない。思い詰めた弟は、兄の隠していた金を盗んでしまうが、それを母親に見られてしまう。
 一方の主人公も、捕り物中に出会った娘に恋をするが、そんな中で母親が急逝してしまい、それを切っ掛けに主人公と義父との亀裂は決定的なまでに拡がってしまう。更に主人公が、弟の結婚式を横取りするような形で、自分の結婚式をあげたことによって、兄弟関係も更に悪化する。
 それを件の銀行強盗の黒幕の悪徳政治家が利用し、弟に兄を殺させようと仕組むのだが…といった内容。

 これは確かに面白かった!
 正直ストーリー的には新味はなく、ド派手なアクション、歌と踊り、家族の確執と再生、ヒーローと美女のロマンス、政治家のパーティーが絡んだ陰謀、お笑い……等々、古いタイプのインド映画のお約束要素がテンコモリなんですが、3時間越えも珍しくないそういったタイプの映画に比べて、本作はテンポ良く2時間でスッキリとまとめているのに、何よりも感心。
 クリシェのさばき方も上手く、例えば歌と踊りにしても、いきなり海外ロケというお約束を、主人公たちのハネムーンという設定にしていたり、また、お色気サービスで入るダンスも、ギャングの宴会に主人公率いる警察隊が潜入するという、エピソードの繋ぎとして上手く活用していたり、古くからのお約束ごととしての定型を守りつつも、それを構成上無理がないようにする工夫が見られるのが、個人的にはかなりの高評価。
 ド派手なアクションシーンも楽しく、蹴られた人が数メートルも吹っ飛んで壁をブチやぶるなんてのはお約束ですけど、クライマックスにどっかんどっかん爆発を持ってきて、その後に、上半身裸になったマッチョ同士の対決を、エモーショナルな盛り上げとシンクロさせて持ってきたりして、これまた構成の組み方や見せ方の工夫が巧み。
 で、そんなアクションや歌舞シーンが、なんかヒンディ映画というよりタミル映画っぽかったので、てっきり南インド映画のヒンディ版リメイクなのかと思っていたら、さっき調べたらそうではなかったのでビックリ。
 主人公が単なる正義感やマッチョ一本槍でなく、金をくすねたりユーモラスな一面もある、人間味を感じさせるキャラなのも効果的。ヒロインはこれがデビュー作らしいですが、まあ次から次へ美人が出てくるもんだなぁと、これまた感心。
 感動要素が過度にベタベタしていないのも佳良。
 音楽も踊りも、主題歌的な男っぽい”Udd Udd Dabangg”を筆頭に、全体的にゴキゲンな仕上がり。ただ正直、サルマン・カーンの踊り自体は、少し動きのキレに欠けるかな〜という感あり。

 というわけで全体のノリとしては、クラシックな要素をモダンな感覚で再構築したみたいな良さがあります。いろいろテンコモリでトゥーマッチな楽しさもありつつ、かといってそれほど強引な感じもせず、コンパクトで見やすく後味も良しで、「あ〜、満足満足」って感じ。
 インド映画ファンでもあまり馴染みのない方でも、痛快娯楽作が好きな方だったらタップリ楽しめること請け合いの、広くオススメしたい一本。

“Udd Udd Dabangg”

【追記】『ダバング 大胆不敵』の邦題で、2014年7月に目出度く日本公開されました。

“Band Baaja Baaraat”

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“Band Baaja Baaraat” (2010) Maneesh Sharma
(インド盤Blu-rayで鑑賞、米アマゾンで入手可能→amazon.com

 インド/ヒンディ映画。タイトルの意味は「ウェディング・ミュージック・バンド」。
 恋愛抜きの約束で組んでウェディング・プラン会社を立ち上げた、大学を出たての若い男女の仕事と恋の顛末を、若者向けのフレッシュでポップな味付けで、タイトル通り音楽タップリに描いた作品。

 デリーの大学を今年卒業する主人公は、特に将来の展望もなく、出会ったカワイコチャンにコナをかけたりしているがそれも不振。そんなとき家族から、卒業したら田舎に帰れと言われる。
 実家で彼を待っているのは、サトウキビを刈り取る農作業なので、それは嫌だと、何とかこのまま都会で仕事に就こうと考える。そこで先日ソデにされた、卒業したらウェディング・プランの会社(会場の手配や飾り付けや食事や余興と行った、結婚式&披露宴の演出を請け負う)を立ち上げるというカワイコチャンに、一緒に仕事をさせれくれと頼み込む。
 最初は警戒していた彼女も、初めての仕事のトラブルで毅然とした態度をとった彼を見直し、恋愛抜きのビジネスパートナーという約束で共に会社を立ち上げる。
 二人の始めた会社は、少ない予算の結婚式でも、アイデアと真心で立派なものにし、そんな二人の心意気に惹かれた仲間も増え、口コミで評判も呼んで順風満帆。次から次へと仕事も舞い込み、遂には今までにない大規模で大予算の結婚式の演出も手掛けることになる。
 順調な仕事と並行して、二人の関係もどんどん接近、そしてついに一線を越えてしまうのだが、果たして恋のパートナーと仕事のパートナーは両立するのか、その両方の行方はいかに……? といったような内容。

 とにかく元気いっぱいな内容。
 フレッシュで溌剌とした主演俳優二人、動的なカメラワークと早いカット割りでテンポよく進む展開、若い感性が手掛ける結婚式ということで、まるで下北沢の雑貨屋みたいな、カラフルでキラキラでポップな映像の数々、ゴキゲンな音楽……と、前半戦は文句なし。
 ただ後半、フォーカスが恋愛と仕事の問題に移ると、展開面がいかにもなクリシェに偏ってしまって目新しさに乏しいのと、それと並行して、前半で見られたような青春ドラマ的なフレッシュな魅力が薄れていってしまうのが残念。
 例えば、二人の関係がギクシャクしていったところに、ヒロインに金持ちの男との縁談話が持ち上がるなんてのは、いかにも類型的に過ぎて興ざめするし、仕事の上でも袂を分かった二人が、それぞれ相手を蹴落として自分が注文をとろうとするあたりは、フレッシュでひたむきだった前半のキャラの魅力に、かなり翳りを落としてしまっている感じ。
 こういった要素は、やはり展開をお約束に頼り切ってしまった弊害だと思うので、最後は予定調和でいいにせよ、そこに至るまでは脚本にもう少し、工夫やひねりが欲しかったところ。全体の出来が上々なだけに、何とも残念。

 とはいえ、これは一種の音楽映画でもあるんですが、そういう面はかなり上手くできています。
 なんと言っても、楽曲が良い。まだ学生時代の主人公たちの日常描写に併せてBGM的に流れる、凝ったコード進行とアレンジによるロック/ポップステイストの”Tarkeebein” 、予算が少ない結婚式の余興に自分の友達のバンドを呼んだものの、ロック風の音楽にお客の反応が悪いので、ヒーローが自らそこにインド風味を加えて、更にヒロインを巻き込み、身体を張って盛り上げようとする、モダンなロック風の要素とバングラ・ビート的な要素をミクスチャーした”Ainvayi Ainvayi”、大規模な結婚式の大物ゲストの代わりに、自分たちがステージで歌い踊って見せる、やはりロック的なテイストとインド的なテイスト、そしてヒップホップ風味もある”Dum Dum”あたりは、音楽的にも映像的にも大きな見所。
 全体の中での音楽シーンの配置の仕方、ストーリーの中への溶け込ませ方なども、良く考えられていて成功している印象。
 また、予定調和的とはいえクライマックスはしっかり盛り上げてくれるし、オマケに前出の”Ainvayi Ainvayi”にブラスセクションを加えた変奏による、エンドロールのキラキラでポップな楽しさは一見の価値ありで、これのおかげで全体のお株もぐぐっと上昇した感あり。
 もちろんサントラは速攻でゲットしました(笑)。

 そんなこんなで、若干の惜しい部分はあるものの、全体的にはフレッシュな魅力に溢れていて、後味も良く、鑑賞後の満足度も高い一本でした。
 インド映画好きにも、インド映画には馴染みがない方にも、どちらにもオススメできる佳品だと思います。
 逆に、インド映画に「ヘンなもの」を期待する方には、まったくオススメしませんが(笑)。

“Tarkeebein”

“Ainvayi Ainvayi”

“Dum Dum”

“Ainvayi Ainvayi – Delhi Mix”(エンド・クレジット)

“Остров (Ostrov / The Island)”

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“Остров (Ostrov)” (2006) Pavel Lungin
(ロシア盤DVDで鑑賞、米アマゾンで入手可能→amazon.com、米盤DVD→amazon.com、英盤DVD→amazon.co.ukもあり)

 2006年製作のロシア映画。英題”The Island”。『タクシー・ブルース』、『ラフマニノフ ある愛の調べ』“Царь (ツァーリ)”のパーヴェル・ルンギン監督作品。
 北の孤島にある修道院と、罪を抱えながらも聖人として崇拝されている修道士の姿を通して、人間の罪や赦しとは何かを静かに問う、寓意的な作品。
 二次大戦中、石炭運びのタグボートがドイツ船に拿捕され、一人の船員が、殺されたくなければ船長を撃てと強要される。辛うじて生き延びたその船員は、以降40年近く、外界から孤絶した修道院で、ボイラー室に寝起きしながら、釜にくべる石炭を運んで暮らしている。
 何故か未来を予知したり、病を治す能力を持つようになった彼は、いつしか聖人と崇められるようになり、その救いを求めて遠方からはるばる修道院を訪れる人も少なくない。修道士の中には、彼を擁護する者も反発する者もいるが、彼自身は自分の抱えている罪の重さに常に苦しんでいる。
 そんな彼のことを、真に理解できる者はいない。擁護する者も反発する者も、彼と触れあうことで改めて自身の信仰と直面することになり、奇跡を求めて訪れた人々も、それぞれの内面を問われることになる。
 そしてある日、一人の父親が精神を病んだ娘を伴い、聖者による救いと癒しを求めて修道院を訪れるのだが……といった内容。

 まず、極上の映像美に圧倒されます。
 雪深い北海の孤島の自然を捕らえた、まるで水墨画でも見るかのようなモノクロームに近い、詩情あふれる映像がとにかく素晴らしい。そして、淡々と進む静かな話を控えめに彩る、音楽(Vladimir Martynov)の深みのある美しさで、映像美もまた相乗効果に。
 主人公を演じるPyotr Mamonov(同監督の”Царь (ツァーリ)”でイヴァン雷帝を演じて圧倒的だった人)の存在感と演技もマル。滑稽な老人、苦悩する人間、聖者のような風格など、一人のキャラクターの様々な側面を自在に演じ分けることで、セリフも動きも少ないストーリーに、見事なメリハリと緊張感を与えています。
 テーマ的には、これは神の実在を前提とし、その前での人間の罪や赦しや信仰とは何かを問うというものなので、非キリスト教文化圏の人間には、いささか敷居が高いです。奇跡は奇跡のままとして描かれ、合理的な説明がなされたりはしない。
 しかしそれらを踏まえて見れば、深く静かな感動が訪れます。
 全編に渡ってストーリーは、俗世と隔絶した孤島のドラマとして描かれ、ソヴィエト体制下での宗教弾圧等の話は出てきません。鑑賞前は、ひょっとしたらソロヴェツキー修道院の悲劇なんかと似た展開もあるのかと想像していましたが、そういった要素は皆無でした。
 というわけで、おそらくこれは寓意的な内容だと思った次第。

 宗教色が濃い内容なので、見る人を選ぶタイプの映画だとは思いますが、淡々としつつユーモラスな描写もあり、ストーリー自体のドラマチックな仕掛けもあり、それに何と言っても前述したように、その詩情溢れる映像美だけでも素晴らしい一本。
 信仰について、特にロシア正教におけるそれに興味のある方にオススメです。

 Vladimir Martynovによる、美しく叙情的で、ちょっと感傷的なテーマ曲。

“Veda”

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“Veda” (2010) Zülfü Livaneli
(トルコ盤DVDで鑑賞→amazon.com

 2010年製作のトルコ映画。トルコを代表する大音楽家であり映画監督でもある、スリュフ・リヴァネリ監督作品。タイトルの意味は「farewell (さらば)」
 近代トルコ建国の父、ムスタファ・ケマル・アタテュルク(ケマル・パシャ)の生涯を、幼馴染みの側近Salih Bozok(サリフ・ボゾク?)の目を通して描いた作品。

 1938年のイスタンブール。ドルマバチェ宮殿でアタテュルクは危篤状態にある。アタチュルクの幼馴染みであるサリフは、彼が死んだら自分も殉死すると誓い、テッサロニキで共に育った少年時代から、現在に至るまでの彼との思い出を、残す自分の息子に宛てる手紙として綴り始める…といった内容。
 死の床にあるアタテュルクを見守るサリフの姿と、テッサロニキで過ごした少年時代から青年期、壮年期に至るまでを交互に配し、イタリアートルコ戦争、バルカン戦争、第一次大戦、トルコ革命、イズミール奪還、アタチュルクの結婚などを、点景的に綴っていく構成。

 画面等のスケール感はタップリ。
 ただしドラマのフォーカスは、歴史劇的なダイナミズムではなく、その中におけるキャラクターの心情などのディテールにあるので、歴史劇的な見応えを期待してしまうと、ちょいと肩すかしになります。政治やパワーゲームといったものよりも、母子関係や三角関係といった、人情劇やメロドラマ的な要素の比重のほうが高い。
 にも関わらず、アタテュルクの人物像は理想化された英雄像そのままで、ダーティな部分や人間的な弱みを見せたりはしないので、どうも全体的に「きれいごと」に留まってしまっている感じ。また、タイムスパンを長くとった内容にも関わらず、尺が2時間弱というせいもあってか、アタテュルク以外ののキャラクターも、それぞれ掘り下げ不足の感は否めない。
 内容的にはエモーショナルで面白いものの、人間ドラマとして見ると、いまいち薄味で食い足りない感じはします。

 ただし映像的な見所はタップリ。
 スペクタクル面では、まずスローモーションだけで描く一次大戦の光景が、迫力、スケール感、映像的な面白さなど、実に見事な見せ場に。あちこちCGを交えながら再現された、当時の風景の数々も大いに魅力的。
 また、母と息子、悲劇の恋人との出会いと別れなどの、感傷的でエモーショナルな情景など、身の丈サイズの見所も多々あり。クライマックス、幼少時代から晩年までを一気に俯瞰するロマンティックで幻想的な仕掛けは、ちょっと感動的でもあります。
 衣装、セット、美術などは、説得力も重厚さも美しさも兼ね備えており、ほぼ満点。

 また、監督が大音楽家のリヴァネリだけあって、音楽が巧みに使われているシーンが多いです。
 それは劇伴だけではなく、酒場で演奏される音楽と踊り、蓄音機で奏でられるSPレコード、恋人のタンブール(リュートのような撥弦楽器)を爪弾きながらの歌、妻となる女性のピアノの弾き語り、合唱する軍人たち、パーティの歌と踊り……といった具合に、ドラマの要所要所に印象的な音楽を奏でる場面が配されるので、トルコ音楽好きにはそこだけでも大いに楽しめるかと。
 私は、見終わってすぐにサントラ盤を探して購入しました。

 というわけで、叙事は絵解きで叙情がメインと割り切れば、映像的なクオリティ自体も高く、感動的な場面や史劇的な目の御馳走も多々あるので、モチーフに興味のある方ならば、お楽しみどころは多々あり……といった感じです。

『Veda』の、感傷的で叙情的な美しい主題のテーマ曲。

『Veda』から、レトロな感じのピアノの弾き語り曲。映画ではこれに男性陣(軍人たち)が唱和して合唱になっていくのが良かったんですが、残念ながらCDに収録されているのは女声ソロヴァージョンのみ。